第11話 TAKE ME HOME



それから、研一とかなでは毎日昼休みを雑木林で過ごした。


雑木林には、いつも奏が先に来ていた。

研一が着くとトタン板はずらされていた。

そして、クヌギの樹の下にはビニールシートが敷かれていた。


研一は尋ねた事がある。


「どうして君はこんなに早く来れるの ? 」


奏はマジメな顔つきで言った。


「先輩と少しでも長くこの場所に居たいからに決まってるじゃないですか」


と。



2人はお昼ご飯を食べながら当たりさわりの無い会話をした。

それは研一が話題をそのような方向へ持って行ったからだった。

初めて喋った日の奏の話の内容は研一には重すぎるものだった。


自分はただの高校生で親の庇護ひごもとで生きている。

自分がコミュ障である事も自覚している。

そんな自分が奏の為に出来る事は何だろう ?


結論としては、奏のパニック障害を少しでも緩和かんわさせてあげたいと思った。

奏の家庭の事、特に父親との事はとても気になったが今の自分に適切な事が出来るとは思わなかった。

自分自身がもっと成長しなくては。


そんな研一の考えは奏にも伝わったようだった。

奏は家庭内の事は話さなくなった。

奏も研一に寄り添い研一の支えになりたい、と願ったからだった。



「・・・ところでさぁ」


ある日の昼休みに研一はさりげなく切り出した。


「何ですかぁ ? 」


奏は卵焼きを頬張ほおばりながら研一の方を見た。


「えっと、その」


切り出したのは良いが何と言うべきか言葉に詰まってしまった。


「えー。気になりますよぉ ? 」


奏は卵焼きを飲み込んで研一の言葉を待った。


「・・・その、君のパニック障害の事なんだけど」


「あぁ。その事ですか」


奏があっけらかんと言ったので研一は拍子抜けした。


「いや、その事って」


「それが不思議なんですよねぇ」


奏は雑木林を見つめていた。


「先輩と出会ってからパニック障害には殆どならなくなっちゃいました」


「はぁ ? 」


これには研一も少し呆れたような声を出した。


「あたし、自分で自分を追い込んでたのかも知れません」


「追い込むって ? 」


奏は少し微笑んでいた。


「両親の離婚とか、母の精神が病んだ事とか、父の事とか。全部、あたしが悪いんじゃないかって」


「そう、なんだ」


これは研一が最初に感じたものと同じ考えだ。


奏は「うーん」と両手を伸ばした。


「あの日、先輩に心の中に押し込めてたものを全部吐き出して何回も泣いて」


「・・うん」


研一もあの日の事を、これまでに何回も思い出していた事を考えていた。


「先輩はあたしの事を受け止めてくれました。受け入れてくれました」


「僕は君の役に立てたのかな ? 」


研一は少し自嘲気味じちょうぎみに言った。


「当たり前じゃないですか!」


奏は立ち上がると少し怒ったように言った。


「あの日からずっとあたしと昼休みを過ごしてくれてるし。先輩はもっと自分に自信を持って下さい!」


研一は唖然あぜんとした顔で奏を見ていた。

人からこんな事を言われたのは初めてだった。

奏は少し頬を染めてプイと横を向いた。


「・・・それだけじゃ無いんですよ」


「え ? 」


奏はボソッと呟くように言った。


「あたし、少しでも不安になりそうになると先輩の事を考えるようにしたんです。先輩の顔、先輩の声。そうすると不安がウソのように消えていくんです」


「そ、そうなんだ」


研一は何と答えて良いのか判らなかった。


「あー、もう!自分で言ってて恥ずかしいじゃないですか!」


奏は耳まで赤くなってむくれている。

研一は中学生以降は親しい女子の友人などは居なかったので、どう対処して良いのか判らなかった。

自分も、もっと色々な経験をして成長しなければ。


「とにかく」


奏は何回も深呼吸しんこきゅうをして自分を落ち着かせてから研一の隣に座った。


「先輩はあたしにとって重要な存在なんです」


奏は照れくさいのか横を向いている。


「僕もそうだよ」


「え ? 」


奏は思わず研一の顔を見た。


「ここに来て、君の顔を見て、君と話して」


研一は続けた。


「他人の中に居る事を前ほどには苦痛には感じなくなった」


「それって、あたしが先輩の役に立っている。って事ですか ? 」


研一は奏の顔を見てうなずいた。

そして、微笑んだ。


「先輩!」


「うわっ」


奏は研一に抱き着いて来た。

研一は両手で彼女を支えた。

この子の身体の感触も久しぶりだな、と思った。


「ありがとうございます!先輩」


「お礼を言ってるのは僕なんだけど」


奏は大きく首を振った。


「あたしは先輩の役に立っている、と言う事が嬉しいんです」


「そっか」


研一は優しく奏の頭を撫でた。


「それと、この場所にも感謝しないとね」


研一は雑木林を見つめた。

新緑の季節は過ぎて林の中は静かではあったが生命力に満ちあふれていた。

野鳥達はひなの巣立ちの時期を過ぎてこちらも静かにはなっていたが、時おり聞こえる鳴き声は力強さを感じさせた。


「・・・本当にそうですね」


2人は自分達を引き合わせてくれた樹々と鳥達に深く感謝した。





それから季節は梅雨に移った。


その日も朝からしとしと雨だった。

昼休みの時に研一は「これからは毎日は難しいかも知れないね」と言っていた。

奏は土砂降りでも構わないと思っていたが午後からも授業があるので、そうも言ってられない。


「あーあ」


奏は1人きりの夕食を済ますと自室のベッドの上に寝ころんだ。


「先輩の言う事も最もだけど」


奏は少しふて腐れていた。


「先輩もメールぐらいくれれば良いのに。先輩ってそういうトコは融通ゆうずうきかないからなぁ」


奏は自室の天井を見ながら呟いた。


「ま、そう言うトコが先輩の良い所とも言えるんだけど」


そんな独り言を言いながら奏は微笑んだ。

でも、さっきの天気予報だと明日はかなりの大雨になりそうだ。

明日は金曜日だから明日の昼休みに会えないと3日間は先輩と会えなくなる。


「ごちゃごちゃ考えても仕方ないか」


奏はお風呂にでも入ろうとベッドから立ち上がった。


その時、奏のスマホの着信メロディが鳴った。

通話のメロディだった。

特に何も考えずにスマホを手にした奏は固まってしまった。


スマホの画面に「研一先輩」と表示してあったからだ。


研一からの通話なんて初めての事だ。

え ? 何かあったのかしら ?

奏は思考が停止しかけたが、ハッと我に帰ってスマホを操作した。


「はい。奏ですが」


「あっ、えっと高見研一ですけど」


あぁ、先輩の声だ。

自分の部屋で聴く先輩の声は、いつもと違う親密さを感じた。

いや、今はそんな事を考えてる場合じゃ無い。


「先輩!何かあったんですか!」


「え ? 明日の昼休みの事なんだけど」


研一の答えに奏は安堵したが少し嫌味いやみを言ってやりたい気持ちになった。


「もう、ビックリするじゃ無いですか。先輩に何かあったんじゃ無いかって」


「僕は特に何も無いけど。そんなに驚かせてしまったかな ? 」


「だって緊急事態以外はメールも通話もしない、って言ったのは先輩じゃないですか」


「ああ、そうだったね。心配させてしまってゴメンね」


どうやら研一は本当にすまないと思っているようだ。

奏はこれを「チャンス」だと捉えた。


「先輩はあたしを心配させた事を反省してますか ? 」


「うん。悪いと思ってるよ」


「それなら明日はあたしを Take Me Home して下さい」


「え ? 何 ? 」


「Take Me Home ですよ」


研一はしばらく考え込んでいた。


「えっと、君を家まで送って行く。って言う事 ? 」


「はい。実は今、出張で父は家に居ないんです」


「出張って何処に ? 」


「ヨーロッパです。主にイギリスに居ると思いますけど」


研一はまた考え込んでいた。


「君のお父さんはいつ頃に帰国予定なの ? 」


「うーん。あと2週間くらいはかかると思います」


「その間、君は家に1人きりなんだ。心細いよね」


「はい。心細いです」


奏は即答した。

父親の出張はよくある事なので、奏はもう慣れっこだったのだが。


「先輩が通話して来たのは明日は大雨になりそうなので昼休みに会うのは止めよう、って事ですよね ? 」


「うん。そうなんだ」


「先輩はあたしに何かあったら助けに来てくれますか ? 」


勿論もちろんだよ」


奏はたたみかけた。


「それなら、あたしの家の場所を知って頂きたいんです」


しばしの沈黙の後に研一は言った。


「判った。君が家で1人きりと言うのも心配だしね」


「ホントですか」


「あぁ。明日は君をTake Me Home するよ」


研一は笑いながら言った。


「ありがとうございます!それじゃ明日の下校時の段取りを決めたいんですけど。先輩は2人で一緒に校門を出る事には抵抗がありますよね ? 皆が見てるし」


「うーん。確かにちょっと抵抗はあるかなぁ」


「そうですよね。あたし、ちょっと飲み物を取って来るので10分後くらいにあたしの方から先輩のスマホに電話しても良いですか ? 」


「うん。そうしてよ。僕も飲み物を取って来る」


一旦いったん、スマホを切った奏は我ながら大胆な事を言ってしまったかなと思っていた。



でも後悔はしていない。

あたしと先輩は不器用な人間だから。

そして、2人の魂は寄り添っていると信じているから。






つづく



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