第4話 神官の罪


「陛下はこちらに」


 グリエルマを部屋の奥に庇うようにいざなう侍女は、先ほどまでの不安気な様子は消し飛んで、騎士らしい目に戻っていた。続けて誰何すいかする。


「誰? フィーネなの?」


 見知った人物の立てた音をまず疑ったが、その問いかけに返事はない。

 彼女は今、ピアの元にいるはずであったし。

 女王を後ろに庇うようにしながら、スカートの下に隠した短剣を抜く。

 周囲に目を向けても何もない。


 ふと上を見ると、天井の板がずれている!


 次の瞬間、黒い影と銀色の刃が侍女に向かって繰り出された。

 カートはそれを反射神経で弾き返す。


「何者だ!」


 答えるはずもないが。

 相手も短剣。

 スカートが足にまとわりついて動きにくい。

 打ち交わす剣の、焼けた鉄の匂い。


「侵入者です!」


 なんとか叫んで扉の外の兵を呼ぶと、即刻彼らは扉をあけて駆け込んで来てくれた。舌打ちした賊は同時に壁際の花瓶を掴み、カートに向かって投げる。反射的に両手で体を庇うが、散る水と花に視界を奪われる少年の脇をすり抜け、男は女王に向かって。


「しまった」


 しかし男はグリエルマに目もくれず、その背面の壁にかけられた大きな鍵を掴み取りそのまま窓を砕いて外に逃げ出した。


「あっ、宝物庫の鍵が」

「あの鍵……」


 水晶木すいしょうぼくの下で見たあの幻影。焼けた鉄の匂いに鍵の姿。あれは、精霊が少年にこの危機を伝えてきていたのだと気付く。


――なんで精霊の思いが、僕にわかったの……?


 動物たちが伝えて来る感覚と、あれは似ていた。精霊も実際のところは、動物と同じなのかもしれない。思い返せば黒い水晶木すいしょうぼくの精霊の気持ちだって、あの時わかってしまっていたではないか。

 自分には何かある。それだけがはっきりして、少年は自分で自分に怯え、賊の後を追う兵士達を見送るように、そこにしばし立ち尽くしてしまった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 多くの兵が出たが、鍵を強奪した不審者の捕り物は思いのほかすぐに終わる。威勢よく窓を割って飛び出したものの、その後バルコニーをつたって逃げようとして足を滑らせ一階まで転げ落ち、足を痛めたらしく、あっという間に兵が取り囲んだ。あまりにもお粗末であった。


 縄をかけたのはアーノルド達。

 ぐるぐる巻きで芋虫のように転がされ、剣を突き付けられての尋問が始まる。


「どうやって侵入した」

「警備の隙をつくなど、容易たやすい事よ……!」


 目の前の石畳に、剣が突き立てられ、火花が顔の前に散る。


「ひっ」


 仲間や情報提供者を庇おうという気概までは、この賊にははない様子であり、そして今は間近に迫っている恐怖が忠誠心より勝っているのは明らかだった。


「間者に使うなら、南国訛りのないやつを選べばいいのに。おまえは生きてるだけで情報が駄々洩れじゃないか」


 アーノルドすら呆れた。


 ヘイグは腕を組み、床に転がる男を見下ろす。


 思いつきの適当な人選。いつまでも海の民との戦いを終わらせる事が出来ない、愚かな隣の国王を思い出す。あの混乱が収まらないのは、指導者が無能すぎるからだ。目先の利益に振り回され、思いつきを精査せずに行き当たりばったりに行動している。


 女王暗殺も、とりあえず国のトップを殺せば混乱し、つけ入る隙が出るだろうという短絡なアイデアで実行されたように思う。


「し、神官だ、あいつが抜け道を教えてくれた!」


 騎士団長は目を細める。カートから報告が上がっていて、監視していたあの神官。証拠がなく拘束できなかったが、これでやっと捕らえる事が出来そうだ。


「一応、宝物庫の鍵を奪った理由を聞いておこうか」

「種子を……種子をさがしていたんだ」

「種子?」

「精霊の宿る木の種子があると聞いて。国に持ち帰り、植えるつもりだった……すでに一本あるんだからいいじゃないか。持ち帰らないと一族が俺の代わりに処罰されてしまう、頼む! 分けてくれ」

「……そのような物はない」

「え?」

「不確かな情報に踊らされたな。そんなものはない」

「そんな」


 ヘイグは無表情に言い切った。


 しかし内心は複雑だ。思いのほか情報が洩れている。今までは精霊が、この国に仇成す者を見つけてくれていたが。おそらく今、内部に何人も潜入していて、内通者も多い。この国の今までの欠点として、努力しても報われないという部分、精霊が認めない事は出来ないという不自由。

 それに不満を抱いていたものは存外に多いのかもしれない。努力すれば報われる、自分のやりたい事が出来る自由をちらつかされると、心が動く者がいたという事だ。これらの問題への対策も、今後の課題であろう。


 そのような内心を持つ裏切り者を見つけ出す術は、人の力だけでは難しい。これからは情報は漏れる事を前提として、機密は扱わねばならぬ。


 ヘイグは、これまでと違うという事を改めて肝に銘じる。


 この国は他国には魅力的なのだ。常に魔の手が忍び寄ってると思って間違いがない。木はまだここにあるが、自らの手で国を守る戦いはすでに始まっているのだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ひぃっ」


 赤毛の神官は頭を庇うようにしゃがみ込み、騎士や兵士に囲まれ必死に助命嘆願をし始めた。


「俺は何もしていない、まさか陛下に毒が盛られるなんて思ってなかったし。俺がやったのは、この国が精霊を手放す事を決めたという情報と、種子が在る事を教えただけだ」

「それだけじゃないでしょう」


 時間を置いて駆けつけた侍女姿のカートは、カイトに向けて厳しい口調で問いただす。


「そりゃあ、宝物庫の鍵の場所も、教えはしたが」

「それだけでも十分重罪ですよ」

「ドアナと通じてるのは俺だけじゃない、俺だけじゃないんだ」


 叫びながら拘束されていく神官を少年騎士は見送るが、国内に裏切り者がいるという現実を目の当たりした事で、ヘイグ同様に気を引き締める。


「陛下に盛られた毒は、ドアナ国の物と考えて間違いなさそうですね。とすると、大元は隣国」

「だな」

「僕……あの毒を持ってる人間が、もう一人いた事を思い出したかもしれません」

「ん? 誰だ」

「医務室のあの医者……」


 侍女は上目遣いで、アーノルドをじっと見る。


 アーノルドの脳裏に、医務室で動けなくなったカートの事が思い出された。あの毒は一滴程度だと、身体を一定時間麻痺させると薬屋の店主は言っていたではないか。


 これまで思い出さなかったのは迂闊だった。


「陛下が危ないかも。僕は陛下のおそばに戻ります」

「俺は聞き込みに行く。あの医者を捕まえる。他にも賊が残っているかもしれないし」

「先輩、お願いします」


 数人の取り巻きに指示しながら、アーノルドは捜索に向かう。その姿は凛々しい。カートと出会った頃の彼と比べるまでもなく、すさまじい成長だ。大人の騎士も彼の行動力に舌を巻いたし、普段から取り巻きを仕切ってるだけあって指揮力も高いようだ。


 少年騎士達に負けてはいられないと、大人の騎士達も次々に兵に指示をして捜索に加わる。


 医務室にダグラスの姿はなかった。


 特徴ある顔立ちというわけではないが、ミステリアスな雰囲気でそれなりに目立つ男。誰か姿を見た者がいないかを丁寧に聞き込みをしながら、彼らは分担して捜索を続ける。


「地下通路の方も見ておいた方がいいか」

「侵入した賊は、あいつだけなんですかね」

「油断するな、神官の元には五人ほど来ていたらしいぞ」

「あと四人いる可能性があるという事ですね」

「少なくとも、四人だ。四人だけという思い込みはするな」


 キリっとアーノルドは取り巻きに言う。


 取り巻き達はかつては貴族として高位の彼に仕方なく付き従ってきていたが、最近のアーノルドは上に立つ者といった風格を漂わせてきていて、取り巻き達はそんな彼をかっこいいと思い憧れを持つようになり、今はもう自主的について行く。


「地下通路は広い、三人一組に別れて捜索しよう」


 アーノルドは細身の少年と太目のいつもの面子を選び、地下通路を目指す。途中の聞き込みで、怪しいフード姿の四人の男の目撃情報があった。なのに医師の方を見かけた者がいないのは不自然。全く見かけた者がいないのは明らかにおかしい。やはりあいつは只者ではない。


「賊の方はあまり手練れている感じじゃないが……」

「アーノルド様、どうしましょう」

「手練れていなさそうとはいえ、俺達だけで大人四人の賊を相手するのは、危険かもしれない。そうだな、おまえ、応援を呼んできてくれ」


 地下通路の入り口を前にして太目の少年が頷き、走り行く。

 そして細身の少年が素っ頓狂な声をあげた。


「あっ、申し訳ございませんアーノルド様」

「なんだ」

「俺、帯剣してませんでしたっ」

「おいおい、いくらなんでも騎士がそんな」

「重いからつい……。取ってきます~」


 慌ててバタバタと走り去る。

 同時に、駆け行く少年の足音とは逆方向から聞こえる不自然な足音。


「ん?」


 地下道を走る等、そうある事ではない。

 一瞬躊躇した。自分一人で追うのは得策ではない。だがここで見失うのも危険な気がする。


 アーノルドは足音を追って、地下道を倉庫の方面に向けて走り出す。


 相手は通路に詳しくなく曲がり角のたびに立ち止まっていたようで、少年騎士は自分が想像していた以上に早く、彼らに追いついてしまった。

 角を曲がった瞬間に、アーノルドと四人の賊は出会いがしらにぶつかったのである。


 お互いが驚いたが、アーノルドの方が反応が早く、腰に下げた煌びやかな剣を抜き切った。



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