第2話 ”金”色の糸


 神官の元に来ていた来客が、腕を前に交差させて頭を下げる。その仕草は精霊を信仰するこの国の挨拶の仕草ではあるが、優雅ではなくやり慣れていない感じである。

 対する神官は慣れた仕草で返した。


「あなた達に精霊の加護があらん事を」


 その言葉に思わせぶりな微笑を返し、客は帰って行った。

 神官カイトは溜息をつく。


「俺の知ってる事なんて、たかが知れているんだが」


 引き返そうと振り向いたところ、ハッと足を止める。目前の神殿の入り口の横に眼鏡の男が壁にもたれるように立っていた。


「いつの間に」

「さぁな」

「あいつらは、おまえの仲間なのか?」

「さあ?」


 薄く笑って、明言を避けられて、カイトは鼻白む。

 それに構わずダグラスは扉を開け、神官の帰りをいざなった。静かに神殿の中に神官は入り、その後をダグラスがついていき扉を閉める。


「どんな条件を提示してもらったんだ?」


 供え物のブドウをひと房だけ手に取り、その粒を口に運びながらダグラスは神官に問う。

 神官は反射的に、嬉しそうな顔をした。


「あちらで建てられる事になる神殿で、大神官の地位を賜る事ができるようだ。ラザフォード国のような、ただ儀式を仕切る作業員ではなく、精霊に次ぐ地位と尊敬を得られる立場に」

「ほう?」


 男は返事はしたものの全く興味がなさそうに、中途半端に実を失ったブドウを供え台に返し置く。


「だが肝心の、種子が見つからないようじゃないか」

「あるのは確かなんだ……! 封印を施したのは宮廷魔導士に間違いないのだが、気軽に聞ける間柄ではない」

「ふ、水晶木すいしょうぼくの種子はどこですか? なんて気軽に聞くだけが方法だと思っているのか」


 馬鹿にされているとカイトは感じた。


「他に知っていそうなのは、その時に現場にいた騎士団員ぐらいだ。あれだ、おまえのお気に入りの少年騎士」

「……最近ずっと、姿を見ない……」

「城外の任務についているんじゃないか? たまに外の仕事はある」

「……」

「まあ大抵、大切なものは宝物庫にあるだろう。さっきのやつらには、鍵の場所だけ教えてやった。とりあえず俺としても、早く種子を見つけて欲しい」


 ピクリとダグラスの片方の眉が上がった。同時に殺気めいたものが吹き付けて、カイトは体を揺らす。


「な、なんだ」


――つくづく、頭の悪いやつだと思っただけだ。どいつもこいつも。


 その言葉は口にしない。

 この頭の悪い神官に付き合っていると、こいつの失脚に巻き込まれそうだとダグラスは思った。

 そんな態度を見せるダグラスに対し、カイトも思う所はある。


「おまえ、一体何をやってるんだ? 学友だったよしみで医務室の仕事をくれと、最初はそれだったのに。国外で長く暮らしていたとは聞いていたが。続けて持ってくる話は物騒なものばかりだ」


 そう言いながら神官は蝋燭を吹き消して、帰り支度を始める。


「だいたいさっさと、おまえがあのフェリス家の子供を捕らえて、力の解放だとかいうのをやっておいてくれればこんな苦労は……」


 言いかけて、睨みつけられて縮こまる。

 そしてその一般人ではありえない眼力に、神官の知識に思い当たる事があった。


「そうかおまえ、暗殺と諜報を得意として、チームを組んで金で雇われるという傭兵団の一員か!? 烏羽根からすばねの旅団とかいう。色々な国の出身者で構成されて、金次第でいかようにも動く、今はドアナの犬……ひっ」

 

 空気の揺らぎすら感じなかった。

 数歩先にいたはずのその男が自分の真後ろに立ち、その首に短剣を添わせる。


「犬か。面白い事を言う」

「す、すまん。本意ではない」


 短剣が離れた事に息をつき、冷たい鉄が触れた首元をせっせとさする。


「おまえと、さっきのやつらは指揮系統が違うのか」

「雇い主は、どうやら俺達の腕を信じていないようだ。そしてバカがバカなりに、何かしようとして、俺達の足を引っ張ってる事にも気づかないというな」


 余計な事を、と思う。こちらに任せてくれれば、さっさとあの少年を使って種子のありかを付き止められていただろうに。

 女王暗殺未遂という余計な事をしてくれたおかげで、警備は厳しくなり、あの少年も姿を消した。本当にろくでもない事をしてくれたと思う。

 あんな出所のわかりやすい毒を使って、とも。


 効果を確認するために自分も試しに使った事が、裏目に出そうだ。こうなってしまうならフェリス家の子供かどうか不確かな段階でも、あの時に少年を攫っておくべきだった。


 おかげで自分の身も危うい。


 例の少年は聡そうである、もしかしたら同じ毒であることに気付くかも知れないのだ。


 あの豪奢な豚が、何か適当な命令を出しているのは間違いなかった。とりあえず女王を殺せば国が揺らぐと簡単に考えたのだろう。


――狙うべきはあの宮廷魔導士だ。今、動かしてるのはあいつだ。

  そんな事もわからないのか。


 バカバカしくなってくる。

 これは仕事だとわかってはいるが。

 雇い主の意図に縛られるのは、気分のいい物ではない。


 精霊の支配する国を出て、自由になったと思っていた。

 だが、生きるためには金がいる。雇われ者になるのは仕方のない流れではあった……。だが、金という名の糸に縛られ、操られ続ける人生など。本当の自由を得るためには、誰の命令も聞く必要のない地位に就く必要がある。


 例えば国王のような。


 あんな愚鈍な無能者でさえ、あの地位にあるだけで誰の命令も聞く必要もない自由を持っている。


 一介の医者、金で雇われた傭兵には得られない自由……。

 チャンスは訪れているのだ。手を伸ばせば、その自由を得られる場所に。

 親友が、その罪の告白と共にダグラスに話した先代女王の……フェリス家の秘密。その時は聞き流したが、青い瞳を持つ子供がいたとなるなら話は別。


――誰にも、邪魔させる物か……!


 とにかく、あの少年が欲しい。

 基本的な見た目は先代女王に似ているが、真っすぐ前を見据える表情は、少年時代のヴィットリオを思い出させていた。間違いなく、二人の子供であるはずなのだ。


 居場所を調べていて、少年が宮廷魔導士を保護者として同居している事を知り、どうやらあの金色の目の男に先手を打たれたのだと気付く。


――あの男、つくづく目障りだ。


 ヴィットリオの息子が、その目ざわりな男と一緒に暮らしているという点も、気に食わない。 


――あの少年に触れるのは、俺だけであるべきだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ピアが帰宅すると、リビングから明るく楽し気な笑い声が聞こえる。きゃっきゃと幼い姉弟のように、笑い転げる少年少女の姿。すっかり仲が良くなった二人は、男女の関係になりそうな気配から随分遠くなってはいるが、じゃれあって子犬と子猫が戯れて遊んでいるかのようだ。


「あはは、フィーネったら、もう。笑いすぎて息が苦しいよっ。だめだってもうやめて、無理無理、ってあれ? ピアさんおかえりなさい」

「おかえり兄様!」


 笑いすぎて息が切れ、涙目になっている少年と、悪戯っぽい金色の瞳の少女がピアの方を向く。


「何をやってるんだお前達は」

「フィーネのピアさんの物まねがそっくりで」

『少年なら、ボクの意図を汲んでくれると思ってた』


 腕を組んで、飄々とした表情で口調を真似るフィーネ。それを見て再び笑う少年。


「ボクは、そんなのなのか」


 苦笑しながら上着をハンガーにかけていると、少年がぱっとソファーから立ち上がる。まだ笑いがおさまっていないようであったが。


「晩御飯、温めてきますね」

「頼む」


 カートは台所に行き、フィーネはさっきまでカートが座っていたソファーにとさっと腰を下ろす。

 ピアは荷物を置きながら、その頭を通りすがりにくしゃっと撫でた。


「ねえ兄様、魔法を教えて」

「お前が使える魔法なんて、たかがしれてるぞ?」

「何でもいいから」


 魔力の少ないフィーネが、その少ない魔力だけで発動させられる魔法は多くない。そのいくつかの魔法から、ピアは一つ選んだ。


「では、伝書の魔法を教えてやろう」

「やったぁ、どうやるの」


 ピアは本を片手にフィーネの隣に座り、そのまま本を開くと少女は寄り添うように横から覗き込む。キラキラと好奇心に満ちる金色の瞳が、美しかった。


「あれ? 何やってるんですか」


 台所から、ぴょこっと少年が顔をのぞかせる。


「魔法を教わってるの」

「少年も気に入りの、小鳥の魔法だ」

「わ、いいなあ」


 エプロンで手を拭きながら、少年も上から本を覗き込む。


「僕も魔法が使えたらいいのに」

「少年は魔力が全くないからな、さすがに」


 と言いかけて、笑っていたピアの表情が固まる。


「ピアさん?」

「どうして今まで、気にしなかったのだろう。そうだ、カートにはなぜ魔力がないのだ?」

「はい?」


 きょとんとするカートと、驚愕の表情を浮かべるピアを、フィーネはキョロキョロと交互に見比べた。


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