番外編 

【番外編】ぼくらは友達だから


 季節は冬、空は快晴。


 常春の国ラザフォードも気温が低めになる時期はあって、この日は珍しく冷たく強い風が吹いている。空気は澄み切っているから、城を囲う城壁に立つとかなり遠方まで見渡せた。


「アーノルド、気を付けて頑張れ!」

「はっ……ハイ……!」

「そろそろカートが来てしまう。急げ」

「……ハイッ!!」


 ストロベリーブロンドの三つ編みを揺らし、少女人形は城壁から身を乗り出して必死に手を伸ばす金髪巻き毛の少年に声援を送る。人形の中身はもちろんピアである。


 少年が手を伸ばす先には国旗を掲揚するためのポールが水平に突き出しており、そのポールの先には緑色のラザフォード国旗と、白いフリルとリボンがふんだんに使われた乙女度の高い女の子の下着が引っかかっていて、この少年は必死にそれを取ろうとしているのだ。


 事の起こりは今朝。


「先輩、あの……相談に乗ってもらってもいいですか?」


 珍しく青い瞳の少年の方から、そばかす糸目の少年に声をかけて来た。普段はアーノルドの方から絡んでいくのが常なので、カートから声をかけてくる事は滅多になかったから、相談を持ち掛けられた事に先輩少年は鼻息荒く胸を叩いて返事をする。


「なんだ? 俺に任せろ」

「……女の子へのプレゼントって何がいいんでしょう」

「女の子へのプレゼント?」


 頬を赤らめ、少し上目遣いの彼こそ女の子のようであるが、先日話に出た年上の好きな子への贈り物なのだろうとアーノルドは気づく。


「はい、もうすぐ誕生日らしくて。指輪はまだ早いですよね」

「そりゃあ、指輪はプロポーズとセットだろう」

「花だと枯れてしまうし。初めての贈りものなので、残る物をプレゼントしたいのですが、思いつかなくて……」


 アーノルドはふむふむと腕を組んで年長者らしい余裕を見せたが、内心はとてつもなく焦っていた。


――女の子への贈り物なんて、俺もわからん!


「よし! 親友のおまえのために俺がひと肌脱ごうじゃないか。最高のアイデアを用意してやるから午後、城壁で会おう」

「本当ですか!? わぁ、楽しみにしてますね」


 こうしてその場の返答を避けたアーノルドであったが、やはり何も思いつかず、カートと別れた後にこそこそと宮廷魔導士の部屋の扉を叩いた。


「魔導士閣下、すみませんお伺いしたい事が」

「何だ?」

「女の子の喜ぶプレゼントって何でしょう?」

「は?」


 思いもよらぬ質問をされピアは面食らったが、カートの相談であると聞いてしばし考える。

 結果、ピアの脳裏に閃いたのはカートに対する悪戯である。あの少年をからかうと大変面白く、時折質の悪い悪戯をしかけては反応を楽しむというひねくれた愛で方を、この黒髪の男はしていた。最近はすっかり警戒されるようになって失敗が続いていたが、アーノルドに対しては警戒心がないはずである。


「面白い事を思いついたのだが、どうだ乗らないか?」


 ニヤリと悪戯者の猫の瞳が細まり、アーノルドはそのたくらみを耳打ちされ、それが面白そうで、ついついカートをからかう計画に乗ってしまったのだ。


 それが女の子の下着である。


 「これをあげると喜ばれるぞ」と綺麗に畳んで渡せば、カートはそれが何かを確かめるために広げるはずである。広げてそれが下着だと知ったとき、彼がどんな反応を示すのか見ものであった。


 アーノルドは意気揚々と約束の時間前に城壁に行き、ピアは人形に入って隠れ、それを見届けるつもりで。


 が、兼ねてより吹いていた冬の強風は、アーノルドの手からその下着を攫い取り、ポールの先に引っかけたというわけだった。



「あともうちょっと」


 ぷるぷると震える指先が、下着を捕らえようとした瞬間。


「先輩? ピアさん? 何してるんですか」


 背後からカートの声がして、ビクッっと体が跳ねたアーノルドは思いっきり乗り出していたためバランスを崩し、慌ててピアが腰のベルトを掴むが非力な少女人形では逆に引っ張られる形となり、ピアも城壁から引きずり落ろされる形になったところ、カートが助けようと手を伸ばし……。


 三人仲良く城壁から落ちた。


 アーノルドの「ひゃぁあぁああ」と情けない悲鳴と共に堀に向けて落ち、三つの大きな水しぶきが立ち上がる。


 最初に体が水に浮く少女人形のピアが水面に上がり、続けてプハッと大きく息を吐いてアーノルドが水面に顔を出す。


「大丈夫かアーノルド」

「はい……、あれカートは」

「……っ!」


 いつまでたってもカートが水面に上がってこない。二人は顔を見合わせると、アーノルドは大きく息を吸い、ピアはそのままで再度水中へ赴き、必死に少年の姿を探す。堀の底にたまった泥が巻き上げられ視界が悪いが、金茶の髪が光を反射していたのでなんとか見つける事が出来、底に沈んだ彼を二人で必死に助けた。


「はぁはぁ、おいカート!」


 陸に引き上げた少年の頬を、軽くぺしぺしとアーノルドは叩く。ピアはカートの顔を覗き込むと、表情は変わらないが不安そうな声を出す。


「呼吸をしてなくないか? 水を飲んでる気がする」

「本当だ、どうしましょう」

「おまえ、救命講習を受けただろう。人工呼吸のしどころだ」

「えっ」


 カートの顔を見て唇に視線を向けると、変にアーノルドは意識してしまい躊躇を見せたが、ピアにせっつかれる。


「ボクは人形だからやれない。おまえがやるしかない、いそげ!」


 アーノルドは必死に記憶を掘り起こし、見様見真似のつたなさで、人工呼吸をカートに施した。

 何度目かの空気の吹きこみにカートが反応し、咳き込みながら水を吐きだして、アーノルドとピアは安堵の溜息を漏らす。

 何度も何度も咳き込み、苦し気にする少年の背中を、アーノルドは必死にさする。


「大丈夫か、カート」

「けほっけほっ」

「医務室に連れて行った方がいいな」


 冷たい水に冷たい風。着替えも急がねばならなかった。

 アーノルドはカートを背負おうとしたが、少年は体を起こすのも辛そうな状態で上手くいかず。

 しばし考え、そっと背中と膝裏に腕を入れると力強く抱き上げる。


「きゃっ」


 青い瞳の少年は、思わず女の子のような悲鳴を上げた。

 お姫様抱っこというものは、される側は案外怖いものである。カートはアーノルドの首に腕をかけて必死にしがみつく。アーノルドはカートを取り落とさないように強く抱きしめたものだから、お互い照れて真っ赤に。


「何やってるんだおまえ達は」


 そんな二人を見て、呆れたようにピアが言う。


 医務室に行き服を借りて着替えると、カートは大事を取ってベッドに体を横たえ、毛布にくるまったアーノルドはそんなカートを心配そうに覗き込む。


「大丈夫か? おまえ泳げないんだな」

「はい……」


 溺れた少年の体調が落ち着いた様子だったので、ピアがそろりそろりと足音を立てないように医務室から逃げ出そうとしていたのを、カートは見咎める。


「ピアさん」


 鋭く名前を呼ばれて、ビクッと体を震わせて人形は立ち止まる。


「あそこにいた理由、聞かせていただいても?」


 彼にしては珍しいジト目でピアを見ていて、振り返った少女人形は斜め上に目を逸らす。

 ギリギリまでしらばっくれようというピアだったが、良からぬ企みをしていたことはカートの迫力に押されたアーノルドが早々に自白をしたので、ニコニコとした表情だけど目は笑っていないカートに本当に情けないといった風情で切々と説教をされた上で、最後は二人共医務室から追い出された。


 言葉遣いが丁寧過ぎて距離感が生じやすいカートには、こんな悪戯をしようとするほど親しい友人は今までいなかったから、慣れていなくて腹も立つが、あの二人はとにかく憎めなくて。


 アーノルドもピアも、自分にとっては大切な友達としての絆があると、感じてはいる。


「本当にもう、二人して子供っぽいんだから……」


 毛布を首元に引き上げながら、ため息交じりに独りごちるカートだったが、ふと気づく事があって指でそっと唇に触れる。


 カートは、男にキスされた思い出が三つに増えてしまっていた。


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