第6話 毒

 

 この日の朝、カートはピアよりも早く城に向かった。城内で何かあったらしく、全騎士団員に招集がかかったのだ。


 城内は普段とは違う雰囲気を醸し出しており、多くの兵の行き来が見える中、カートは他の少年騎士らと合流しつつ団長室へ。


「女王陛下の食事に、毒が混入された」


 ヘイグの口から発せられたその言葉に、一同は騒然とする。


「陛下はご無事なんですか!?」


 カートは思わず叫んでしまった。


「すぐに吐かせたので、大事には至らなかった。警備の強化と不審者の捜索、毒の種類の特定が必要だ。これより担当を指示する」


 テキパキとヘイグが采配を振る。

 カートはアーノルドと共に、毒の特定を担当する事になった。


「毒の種類なんて、どうやって調べたらいいんでしょう」

「陛下の症状からある程度は推測できるのかな? 飲み込んで、わずかな時間で呼吸が出来なくなる麻痺が出たらしいが」


 二人の元に、細身の少年が駆け寄って来る。


「厨房のかまどの灰の中に、不審な小瓶が見つかったという事で、預かってきました」


 証拠隠滅のために投げ込まれたようだが、火勢が弱く損傷せずに燃え残っていたらしい。見つけた兵士はお手柄だ。

 ハンカチにくるまれた親指程の大きさの硝子瓶。ほんの少し、緑色の液体が残っていた。それを光に透かして見る。


「匂いを嗅ぐとか、舐めてみるのは危ないですよね」

「当たり前だろ、バカかおまえ」


 しかし色だけで判断のしようがない。


「これは専門家に見てもらうしかないですね」

「薬屋……そういえば、腕のいい薬屋が城下にあるな。若い女性店主らしいが腕と知識が確からしくて、庶民だけでなく貴族間でも評判なんだ、って父上が言ってた」

「デルトモント公爵閣下が?」


 アーノルドの父親は、庶民を見下す事で有名な貴族びいきの公爵である。民間からの選挙で宰相を決める事に反対する勢力のトップだ。そのような人物が認めるなら、相当である。


「行ってみましょう、場所はご存知なんですか」

「俺様が、たかが街の一店舗なんて知ってるはずがなかろう」


 アーノルドは自慢にもならない事を胸を張って堂々と言い放ったので、カートの緊張が少し緩んだ。

 それほどまでの評判の薬屋なら知っている者も多いだろうと、顔なじみの兵士の一人に声をかけ、場所を教えてもらうと二人は早速その店に向かう。


 商業区のはずれ、小さめの店舗の立ち並ぶ区画にやって来ると、賑やかな一画が目に入った。


「この辺ですね、あ、あれかな?」

「すごい行列だな……」

「とりあえず、店員さんに事情を話します」


 カートが外で行列の整理をしていた店員に声をかけにいった間に、アーノルドは店の中を覗き込む。

 ストロベリーブロンドを編み上げた、女性が見える。あれが噂の店主かな?と更に目を凝らした。

 そして、目が離せなくなった。


「先輩?」

「……」

「先輩ってば!」

「……はっ」

「どうしたんですか? 裏手にまわりましょう、店主の方が会って下さるそうですよ」

「おう」


 混雑する店頭を避け裏の勝手口の方から入らせてもらい、小さな応接間で店主が来るのを二人は待った。


「このお茶、美味しいですね」

「うむ」


 そこに、エプロンを外しながら店主らしき女性が入って来たので、二人は慌てて立ち上がった。地位的にはアーノルドから挨拶をすべきだったのだが、彼はぽーっとしてしまい、カートに脇をつつかれても無反応なので慌てて少年から挨拶をする事にする。


「お時間を割いてくださり、ありがとうございます。騎士団員のカート・サージアントです」

「あ、アーノルド・デルトモントだっ」

「私で力になります事でしたら」


 ニッコリとほほ笑む女性は、二十代後半といったところ。ストロベリーブロンドはカートに馴染のある少女人形の髪色であるが……なんだろう、顔立ちも似ているような気が?

 もちろん彼女は大人の女性だし、胸なんてもう、たゆんたゆんといった豊かさで……という感想が頭を巡って、カートは思わず頭を振った。先日の情報詰め込みのせいで、どうにも思考がおかしい方に向いてしまう。


「こちらが、その不審な小瓶なのですが……」


 カートは早速、ハンカチに包み込んだそれを取り出した。

 女性はそれを手に取ると、色を確認する。光に透かし、透明な中に混ざる不純物の痕跡を見た上で、蓋を開けて匂いを確認しはじめた。


「あ、危ないですよ」

「慣れてますので」


 匂いの嗅ぎ方にも色々あるようで、彼女は最初は手で仰ぐ程度に、そして鼻を直接近づけるよう、段階を踏んだ。


「うーん、この独特の青臭さ。これはヘルアダリアという植物の葉の抽出物に、何種類かの毒草を混ぜ込んでいますね。匂いだけではそれらの詳細は不明ですが、主として使われているヘルアダリアは神経毒です」

「神経毒?」

「体が麻痺します。一滴程度なら、一時的に手足が動かせない程度ですが、この小瓶一杯分ですと、呼吸が止まります」

「まさに、その症状でした」

「と、なると……少々お待ちいただけますか」


 彼女はそう言うと、応接間の端の小さな薬棚からいくつかの薬草と薬液を取り出し、小さな机の上でそれを計量し合わせ始めた。歌うような呪文、魔法を練り込む美しい風景が広がる。


――あれ? ピアさんが妖精の小瓶を作る時に似てる……?


「こちら、解毒剤です。もし後遺症で舌に痺れが残っているようなら、五滴程をそのまま舐めさせるように飲ませてください」

「わざわざありがとうございます」


 このやり取りはカートと店主だけで行われ、アーノルドはぼんやりと、彼女の顔を見ているだけだった。


 勝手口まで見送ってくれた彼女は、最後にカートに耳打ちをする。


「ヘルアダリアは南方の植物で、ラザフォード国にはありません」


 カートはうなずきで答えた。

 城に戻る道すがらも、アーノルドはぼんやりだ。


「惚れた……彼女こそ理想の女性だ」

「え!?」

「結婚してるのかなぁ」

「十歳ぐらい違いません?」

「愛があれば年の差なんて! おまえだって、年上彼女だろ」

「え、あ、まあ」


 それにしても。あの店主の女性は、ピアより若干年上のようではあったが、見た目は少女人形のモデルと言っても差し支えがないほど、特徴が合致していた。それに、合成の魔法の所作。もしかしたら、二人は過去に出会った事があるのかもしれない。


――まさかピアさんの初恋って?


 そして自分の考えに、苦笑が漏れた。


 もしそうだとしたら、ピアとアーノルドは好みが完全に一致するという事になってしまう。この考えは少年の心に永遠に秘められる事になった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 城に戻り、毒についての報告をアーノルドと共に行い、解毒剤をヘイグに提出する。


「まさか解毒剤まで。後で改めて礼に伺わねばだな」

「その際はぜひ、自分にご用命ください!」


 アーノルドが間髪入れずに立候補したので、カートは笑った。少年の笑い方が以前のような微笑的な大人しさではなく、年頃の少年の明るいものだったので、ヘイグもそれが嬉しく目を細める。

 嬉しい変化である。手がかかったとしても年相応でいて欲しい。泣いて笑って、元気でいてもらえたら。少年達はこの国の未来である。大切に育てたい。


 とは思うのだが。


 ヘイグは咳払いをして場の空気を引き締めると、カートに少し申し訳なさそうな顔を向けた。


「次の仕事なのだが、カートには陛下の身辺警護の任に当たって欲しい」

「え、僕がそんな重要な役目を?」

「このどんくさ野郎に務まりますかね」

「騎士団員では、カートしか出来ないというか……」


 ヘイグは机の方に戻りその足元にあった紙袋を手にすると、カートに差し出した。


「?」

「なんだそれ」


 アーノルドに促され、取り出して広げたそれは侍女の制服。


「兵も配置するが、より身近な部分も警護が必要で……ピア……魔導士閣下の発案なんだ。俺じゃないぞ」


 アーノルドはプププと、笑いを噛み殺しながら、カートの背中を叩く。


「頑張れよ、女装だぞ」

「ぼ、僕がですか」


 少年はとても情けない顔をした。

 これからフィーネのために、男らしくなろう! と決意をしているのに、まさかの仕事である。


 だが、暗殺の可能性があるとするなら、かなり近い位置での警護が必要なのは確かであった。

 賊の侵入でもあれば、普通の侍女では対応できない。


「団長って時々、使える物は何でも使おうって所、ありますよね」


 そういう部分が、ピアと親友になれた要素なのかもとカートは思う。この点で二人はとてもよく似ているのだ。いわゆる、類友。


「合理的だろう。で、やれそうか?」

「わかりました、頑張りますっ」


 その宣言は少し、上ずってしまった。


 

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