第一章 家族、魔導士の血筋
第1話 兄と妹
同居人が帰宅したと、いつものように出迎えのために玄関の扉を開けた少年の目線の先に。
ボサボサの黒髪。
猫のような金色の瞳の。
……見知らぬ女の子と、見知った青年がいた。
「えっと……」
どうしたらいいのかわからず、口ごもりながらカートはその青空のような瞳を、青年の方に向けた。男はその真っすぐな瞳から視線を逸らすと、気まずそうにポリポリと誤魔化すように頬を掻く。
十五歳のカートより若干の年上だろう黒髪の少女は、随分と痩せていて貧相なほどだが、かつてのアーノルドのように腕を組んでふんぞり返り、好意の欠片もないキツイ視線を少年に向けたままで、同じ容姿を持つ青年とは大きく態度を異にする。
カートは困惑しながらも、笑顔を作ってみせた。
「僕は、カート・サージアントと申します。ピアさんに、この家でお世話になっています」
「ただの居候って事ね?」
「あ、はい……」
少しバカにしたような口調。目は笑っていないが、口角は上がる。釣り目気味の、悪魔的な容姿も相まって、邪悪に見える。
「あたしは、フィーネ。ピアの妻よ」
「妻?」
「違う! 妹だ!! この見た目でわかるだろ? だいたいこいつはまだ十七歳で結婚できん」
いつも飄々として、大声を出す事のないピアが、両手をバタバタと振りながら、慌ててカートの頭上に浮いてる”妻”という単語を打ち消そうと躍起になるが、それなら最初からそう紹介すればいいだけで。しなかったという事は、ただの妹ではないという事である。
「訂正するわね、未来の妻よ。十八歳になったら結婚するの」
「婚約者、という事でしょうか」
「そうなるわね」
ピアは、右手を額にあてて、まさに頭を抱えている様子だ。どうやら彼には対処しかねる理由もあるように見受けられ、少年は冷静に対応する事にした。
「玄関で立ち話もあれですし、とりあえず中にどうぞ」
「居候のくせに偉そうね。まあいいわ」
彼女はツカツカと家に入っていく。扉を押さえたまま、その後に続くピアを少年は見た。彼は普段見せる事のない疲れ切った顔でカートを見ると、大きく溜息をつく。
ソファーに座り、周囲をキョロキョロと見回すフィーネ。
台所でお茶の準備をするカート。
所在なさげに、立ったままで本を開いたり閉じたりするピア。
「フィーネさんはどうしてこちらに?」
お茶を出しながら、とりあえず話を聞く姿勢を見せるカートに、少女は呆れたような表情をした。
「婚約者の家に、婚約者が来るのがそんなにおかしい事かしら?」
「い、いえ……」
カートはピアの方を向く。結婚もしていないし、婚約者もいない。そういう話をしていたはずだったのだが。
ピアは観念したように、どさりと力なくソファーに腰を下ろし、上目遣いで少年を見ると、仕草で「おまえも座ってくれ」と懇願した。カートはそれに従って、ピアの隣に腰を下ろす。
「カート。引かずに聞いて欲しいんだが……」
「はい」
「フィーネは実の妹なんだ。だが、結婚する事になるかもしれない」
「はい?」
少年は混乱した。兄妹の結婚も、遠い過去には血脈の維持のためにあったというが、近すぎる濃い血はその子供に問題が生じやすく、昨今は血縁者との婚姻は基本的にはないはず。だが、この国の法律で禁じられている訳ではないから、実際、しようと思えば可能ではあった。
「全ては、母の変質的な程の魔力信奉からはじまっているんだ……」
「話せば長くなるのだが」と、彼は前置きをしたうえで、静かに語り始める。
魔導士の魔力の強さや量は、血筋として遺伝する。そのため、元々近しい血縁での婚姻は多く行われてきた。魔導士としての地位は魔力の強さと量で決まるから、外部との婚姻も条件は相手の魔導士としての素養であった。本人の意思に関係なく、家として相手を決めて行くのが定石になっているという。
ピアの実家であるキッシュ家も、代々そのように魔力を高めてきた家系で、ついに父の代で宮廷魔導士の地位に到達したのだ。そんな父が伴侶として選んだのがピアの母であるが、このような家系では珍しく恋愛結婚を貫き通した。
だがしかし、そんな二人の第一子長男のフォルは魔力が少なく生まれてしまった。
「魔力が全くないという訳ではないが、魔導士の家系ではなかった母は、周囲から随分と責められてしまったんだ。おまえの家の悪い血筋が出たのだとね」
「え、ひどいですね」
「それでも父は母と兄を愛していて、兄を跡継ぎとして育てていた。そこに続いて産まれたのがボクだ。魔力の塊のような、ね」
「本当にすごいのよ! 歴代の魔導士の中で、魔力量が一番なのよ」
フィーネがまるで自分の事のように、鼻高々に自慢する。それを見て、ピアは表情を隠すように、
彼女がスヤスヤと寝息を立て始めたのを確認してから、次の句を継ぐ。
「母はそれでやっと、自分が役目を果たした実感を得たんだろうね。親族も、跡継ぎはボクにすべきだという流れになって、山のように家庭教師をつけられた。だけど父は、兄を跡継ぎにすると押し通したんだ。フォルはそのつもりで今まで生きて来たのだから、それを取り上げる事はしないと」
「いいお父さんですね」
「優しい人だったよ。でもその優しさは、弱さでもあり、誰に対しても良い顔をしてしまう矛盾もはらんでいた。親族から母を守り切れず、兄のために、僕へ目をかける事を露骨に避けたから、それを差別と感じたボクと兄の間には溝ができたし」
ちらりとカートを見る。少年にも優しさゆえの弱さの片鱗が見て取れるのが、ピアはずっと気になっているが、それは口に出さず、目線を再び手元に戻すと話を続ける。
「その頃の母の心は、すでに壊れていたんだと思う。彼女の中では、魔力の少ない兄は……もはや存在しない扱いだったから。何故自慢の息子を跡継ぎにしないのだ、とね」
ピアの言葉に、やりきれない辛さの感情が乗っている。手には力が入っているようで、関節が白く見えた。
「そこで彼女は方向性を変えた。自分の力で、更に上を行く魔導士を作り上げるという目標に。その目的のために産まれたのが、フィーネだ。ボクとは父親が違うが、確かに母の子で、妹であるのは間違いない」
「父親が違う?」
「母は父に、次は女の子を産んで見せるから、その子とボクと
「無茶苦茶じゃないですか」
「彼女の目には、もう魔力という存在しか見えなくなっていたのだろう。それをきっかけにして離縁となり、彼女は貧しい実家に帰された。もう彼女の生きがいは、生まれた娘と、ボクを結婚させる事だけになってる」
ピアのこんな沈痛な表情を、カートは初めて見た。
親族や母親と疎遠な人だとは思っていたが、こんな環境であったとは。
「フィーネは悪い子じゃない。ただ、そんな母に育てられたんだ。かなり歪んでると思う。生まれた時から、ボクと結婚する事だけを目標に生きてきたようで、それ以外を知らないんだ」
「それで、どうして今、ここに?」
ピアはカートに、
「どうもボクがカートと暮らすようになって、母はボクがそちらの趣味に傾倒したと思ったみたいだ。焦って、一年早いが送り届けて来たって感じだな」
「僕、もしかして、ピアさんの家族には恋人と思われてるんですか!?」
「そうらしい」
「ま、まさか、ピアさん……」
火のない所に煙は立たぬ。
少年は、ソファーから立ち上がり、ピアから少し距離を取る。
「ボ、ボクは、美少年を愛でる趣味はないっ!」
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