第28話「猫っ魂〈ねこったま〉:後編」
〈みゃお〉という鳴き声で我に返った。
やべ、心ん中で自分語りしてた……。
気がつくと、わたしは、見知らぬ公園に足を踏み入れていた。
こんな公園、この
不審に思いながら白猫の後について行く。
茂みの中に白猫が飛び込む。草をかき分けると、泥で汚れた白い猫が丸まっていた。
びっくりして駆け寄る。恐る恐る手を伸ばして白猫に触れた。ぐっしょり濡れていて、冷たい。
「嘘でしょ……」
〈みゃお〉
半透明な白猫が、冷たくなった自分の体の前で悲し気に鳴いた。
やっぱり助けを求めてたんだ。けど、まさか こんな深刻な状態だったなんて……。
わたしは、ほわほわした空想の世界から、一気に現実に叩き落された。
「間に合わなかったの?」
〈みゃお〉
「もっと急げばよかった……。ごめん」
わたしは その場にへたり込んだ。冷たくなった白猫の体を抱きあげる。
「何をしている!」
急に後ろから声が飛んできた。
色褪せたボロボロの服を着た おじいさんが、わたしの真後ろに立っている。毛糸帽の下から くすんだ白髪が伸び、その奥で つぶらな瞳が輝いていた。
わたしは、小さな悲鳴を上げて尻もちをついた。腕の中の白猫をかばいながら、腰を抜かしたまま後退るように逃げた。
「こんな嵐の夜に、若い
あれ?しゃがれ声だけど おばあさんだ。
それに気がつくと、わたしは少し安堵した。体の
「おや、ソラ。こんなところに おったんかえ?」
おばあさんは、わたしの腕に抱かれた白猫を見てそう言った。
「あ、あの。おばあさん、この子のこと知ってるんですか?」
「その子は、ここによく遊びに来てくれる白猫なんで。名前はソラ」
おばあさんがそう言うと、半透明の白猫は〈みゃお〉と挨拶するように鳴いた。
「おや、ソラ。お前、猫っ魂を吐き出してしまったんかえ?」
おばあさんは、今度は、半透明の白猫を見て驚いたように言った。
「ねこったま……?あっ!おばあさん、それってコレのこと?」
ポケットから、あのビー玉を取り出す。淡く光を放つ玉を見て、おばあさんは うなずいた。
「猫が毛玉を吐くのは知っているでしょう?ときどき そそっかしい猫がいてな。毛玉じゃなくて
猫の魂。だから
「助けられますか?」
「うん。口から突っ込んでやったらええ」
わたしは、ソラを抱いたまま、猫っ魂をソラの口に入れた。
「もっと。ぐぐっと奥に押し込むんで!」
「は、はい」
苦しそうだなと思ったけれど、ここで
ごくん──。
あ、喉が動いた。
〈みゃお〉
半透明のソラは、嬉しそうに鳴いた。そして、ゆっくりと消えていった。
「みゃお」
腕に抱いていたソラが起き上がって、空色の瞳で わたしを見つめた。
よかった。
わたしはソラを抱きしめた。ぬくもりを感じる。冷たい わたしの頬を温かな雫がつたう。ソラが、そんな わたしの頬をなめる。くすぐったかった。
おばあさんとソラと一緒に、わたしは、茂みから広場へと出た。
「ひどい」
公園には、山のように色んなものが積み上がっていた。机や椅子、壺や傘……ほかにも色々。そのせいで遊具はほとんど見えない。
「不法投棄されてるんですね」
「捨てられたんじゃない。流れ着いたんよ」
おばあさんは、その山を見て呟いた。
「川や海に淀みがあるように、町にも そんな場所がある。ここは、ガラクタ公園。居場所を失った色んなものが流れ着く場所よ」
「居場所を失った?」
「見てみ。みんな色褪せちょるでしょ?」
そう言うと、おばあさんは、わたしの顔を見上げた。
「あんた、早うお
「おばあさん」
「わかるやろ、うっ──!!」
苦悶の表情を浮かべて、急に おばあさんがうずくまる。
「おばあちゃん!」
わたしは おばあさんに駆け寄った。背中をさする。
「大丈夫ですか?」
「なんとなく わかっとるやろ?ここには人も流れ着く。おばあちゃんみたいなのが……。今は嵐に怯えて、みんな物陰に隠れちょるけどな。あんたは、もうここへ来たらいかん。早う帰り」
「でも……」
「おばあちゃん、もう長くないんよ」
「えっ?」
「好き放題生きて来て、たくさんの人たちに迷惑もかけて、そのくせ、人や世の中を恨んで、気づけば ここに流れ着いちょった。ここの住人になったら、もう、どこにも行けん」
そう言うと、おばあさんは、わたしを突き放した。
「ここに来れたちゅうことは、あんたにも似たようなところがあるんやないかい?」
その言葉に、ドキリとした。
「いや、ええ。ええから、もうお帰り」
「わ、わかりました……。なら、この子を」
わたしは、おばあさんにソラを預けようとした。おばあさんは、受け取ろうとして手を止めた。
「あんた、ソラのこと お願いできんかえ?」
「えっ?」
「体から抜け出してでも あんたに会いに行ったんだから、ソラも あんたんとこに行きたいんよ。わたしは、もう十分と言うほど その子には世話になった。ずっとそばにいてくれた。だから もういいけん」
「でも……」
そんなことしたら、おばあさんは独りになってしまう。そう思うと悲しかった。
わたしの気持ちを察してか、おばあさんは笑いながらうなずいた。
「さ、行きなさい。帰り道はソラが教えてくれるけん。ホラ」
おばあさんが、わたしの背中を押す。
「また会えませんか?お礼がしたいです」
「礼なんていい。もう来たらいけんよ」
「……わかりました。あの、ありがとうございました」
「わたしこそ ありがとう。元気でね」
「はい……」
公園の端に、斜面にできた つづら折りの階段があった。ソラが、そこをするすると登っていく。
こんなところ通ったっけ?記憶がない。
登り終えて、後ろを振り返る。ガラクタ公園には霧がかかっていて何も見えない。夜の闇に染まり、霧は墨のように黒かった。町にできた ぽっかりとした大きくて寂し気な淀み。
わたしは、ソラと家に帰った。
「なに?」
家の周辺が騒然としている。パトカーと消防車が見えた。
フラフラと近づいていくと、お父さんとお母さんが、わたしを見つけて飛んできた。
「
「あ、え~っと、ちょっとコンビニに」
「危ないじゃないか!こんな夜遅くに」
お父さんが急に怒鳴る。お父さんの顔も引きつっていた。
「ご、ごめんなさい」
あ~ぁ、久しぶりに お父さんに怒られちゃった。へこむ。
「でも何があったの?これってうち?」
そう訊いたわたしを見て、二人は互いの顔を見合った。
表に回ってそれを見た時、心臓が止まった。
強風で近所の木の枝が飛んできて、わたしの部屋の窓ガラスを突き破っていた。
「びっくりして部屋を覗いたら あんなふうになってて、でも あなたの姿も見えないし、だから警察も呼んで……」
お母さんは、疲れたように大きなため息を吐いた。
「ま、深夜に一人で外出なんて感心しないが、今回は それで命拾いしたわけだ」
お父さんも、ホッとしたようにそう言った。
後で分かることだけど、割れた太い枝の先端はすごく尖っていて、椅子の背もたれを粉々にしたあげく座面に突き刺さっていた。
「ね、お父さん、お母さん」
二人を見て、わたしは、横にいるソラを抱きあげた。
「この子、飼ってもいい?」
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