『インスタント・ストーリーズ~カップ麺ができるまで』

さんぱち はじめ

第1話「トラベルライター」

 トラベルライターの俺は、山奥にある旅館へ取材に来ていた。


 人里離れたその旅館は、竹林に囲まれて ひっそりとたたずんでいた。まさに秘境の隠れ宿である。

 江戸時代から続く歴史ある宿のようだが、テレビや雑誌などの取材は、基本的に受けていないらしい。だが粘り強い交渉の末に、今回 どうにか取材させてもらうことができたのだった。

 客室数はたったの四つで、すべて母屋から渡り廊下で繋がれた離れになっている。

 政治家や芸能人などの顔が知れた有名人が他人の目を気にせずにくつろぐには もってこいの場所である。もしかしたら、取材NGの理由は、そんなところにも あるのかもしれない。


 ――夜、俺は、パソコンに向かって記事を書いていた。


「よし、できた」


 ひと息ついて顔を上げる。年季の入った柱時計が時を刻んでいた。時間はちょうど丑三つ時だった。


 この柱時計も、俺が生まれるずっと前から、ここで時を刻んでいるのだろうか。

 そう思いながら、湯呑ゆのみで茶をすする。


「そろそろ寝るか」


 バッグに収納しようと、パソコンを持ち上げた。すると何かがはらりと落ちる。


「なんだこれ?カード?」


 トランプより一回り大きいくらいのカードだった。どうやら パソコンの後ろにり付いていたようだ。

 黒紫の地に黄色い格子柄のカードはくすんでいる。まるで昭和のミステリー小説にでも出てきそうな代物である。


くち?」


 カードをひっくり返すと、大きく一文字、そう書かれていた。もとは白かったのだろうが、黄ばんでいて、ところどころに醤油しょうゆでも飛び散らせたようなシミもできている。


「ま、いいや。寝よ」


 すでに敷いてあった掛布団をめくる。すると、その中から またカードが出てきた。


「うわっ、まただ。今度は、ヨ、か」


 カタカナで[ヨ]と一文字書かれている。カードを持ったまま、無言で部屋を見渡した。


「もしかして、まだあるのかな?」


 ほかにも同じようなカードがないか調べてみることにした。

 すると……。


「こんなとこにも(驚)」


 掛け軸の裏から、カタカナが一文字書かれたカードを見つけた。

 俺は、宝物でも探すように夢中で調べていった。


「おっ、またあった(嬉)」


 押し入れからも一枚見つけた。


「ここにはあると思ってたよ(笑)」


 飾り棚に置かれた壺の中からも一枚見つけた。


「ハイハイ(笑)」


 照明の傘からも一枚見つけた。


「ほうほう(感心)」


 柱時計の裏からも一枚見つけた。


 その後も しばらく探し続けたが、もうカードは見つからなかった。

 見つかったカードは全部で七枚。それをテーブルに並べてみる。




          [ヨ]


     [ウ]       [ロ]



     [ル]       [シ]


        [ニ] [イ]




「最初に見つけたカードはくちじゃなくて、カタカナの、ロ、だったんだな」


 しかし一体これは何を意味するのだろうか。


「よろしい。煮る、?ちょっと意味わかんねぇな」


 そこで カードを並べ替えてみる。


「牛、夜にいろ?な訳ねぇか」


 もう一度 並び替える。


「牛色、煮るよ……。違うか」


 俺は、膝立ちになってカードを眺めた。


「…………。イーグル・アイッ!!」


 引いた視点で、全体を俯瞰ふかんしてみる。


「あれっ!シミが、つながってる?」


 イーグル・アイによって、あることに気が付いた。カードを汚している醤油のシミがパズルのようにつながるものが何枚かあるのだ。

 これをヒントに並び変えていく。


「!!」


 並び替えている途中、浮かび上がってきた文章。

 その意味を知り、俺は息を呑んだ。と同時に、何かがウシロニイル気配に気づいて振り返る。

 激しい痛みが走り、俺の意識はそこで途絶えた。


 意識が切れる寸前、俺の中から噴き出した液体が飛び散り、カードを濡らす……音が、遠く……聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る