第22話「48都道府県」
「──と、このように工業が盛んな場所を工業地帯と言います。ここまで いいですね?」
チョークを下ろすと、先生は、生徒たちに向き直った。生徒たちも顔を上げる。
ここは小学校。五年二組の教室である。今は社会の授業中だった。
「とくに三大工業地帯は、テストなどでも よく出題されます。ちゃんと頭に日本地図をイメージして憶えてくださいね。たとえば
そこまで言うと、先生は、言葉を区切って生徒たちを見渡した。
「ところで みんなは、もう都道府県名は憶えてる?」
その問いに 生徒たちは、目をそらして何も答えなかった。いつものことである。
「なら、都道府県が全部で いくつあるか くらいは知ってる?」
「ハイ!」
一人の男子生徒が手を挙げた。お調子者の村田くんである。
「お、村田くん。わかる?」
「20」
「おいおい……、えらい少ないね」
先生はズッコけて笑ってみせた。生徒たちからも笑顔がこぼれる。村田くんも、満足げに頭を掻いている。
「じゃあ50!」と別の誰かが言った。
「また大きく出たね。そんなにないです」
教室の空気が軽くなって、数人が手を上げはじめる。
「はい」
「青田さん」
「45」
「おしい!」
「はい!」
「はい、鈴木くん」
「バナナはおやつに入りますか?」
「今関係ないですね、それ」
「ハイ!」
「林さん」
「じゃあ、週末に地区の草むしりがあるので、草刈正雄を連れて来ていいですか?」
「もう何言ってっかわかんねぇよ。第一、じゃあってなんだ?」
先生が ため息を漏らす。
「みなさん……。もう五年生ですよ?せめて都道府県が いくつあるか くらいは憶えましょうよ。誰か、正解がわかる人はいないの?」
そう言われて、満を持したように、すっと白い手が上がった。学年一の秀才、赤い眼鏡の赤坂さんだった。
「47都道府県です」と彼女はよどみなく言った。
赤坂さんは先生からの「正解です」を期待し まっすぐに先生の顔を見ていたが、先生は、小さく口を開けて言葉を迷わせていた。
「違うぜ?48だぜ?」と、先生よりも先に誰かが口を開く。
学年一のヤンチャ少年と噂の、左眉の上に絆創膏を貼った黒木くんだった。
「はぁ!?何言ってんの、都道府県は47です」と、赤坂さんは、眼鏡を指で押し上げつつそう返した。
「いや、48だって。なあ?」と、黒木くんも負けじと食い下がり、周囲に呼びかける。
それを皮切りに生徒たちの言い合いがはじまり、教室が喧騒に包まれる。
「47だよ!塾で習ったっ!」
「いや、48って聞いたことがあるよ!」
「いやいや、47が正解だと思う!」
「赤坂さん、シュキ♡(ボソッ)」
「お父さんが48だって言ってたもん!」
「はいはい!そこまで!」
先生が手を叩いて声を遮った。
「ホラ、やっぱり!」
赤坂さんが、声が止むのと同時に言い放った。机に突っ伏していた顔を上げると、何かを頭上に
「資料集にも、ちゃんと47都道府県って書いてあるじゃない」
赤坂さんは、ぶすっとしてそう言った。そして 訴えるような目を先生に向けた。
「うん。確かに、資料集には47都道府県って書いてあるね」と先生はうなずく。「けれど、なにか おかしなところはない?」
続けて先生はそう問うた。
「あ!
「えっ?」と赤坂さんが戸惑う。
「本当だ!須府県がどこにも書いてない」
「マジじゃん!なんで?」
生徒たちが目を丸くしている。当然である。自分たちが住んでいる県が載っていないのだから。
「もう皆さんは上級生ですからね。じきに お家の人からも話があるでしょうが、良い機会です。須府県の秘密を教えておきます」
そう言うと、先生は、おもむろに教科書を閉じた。
「この国には、全部で48の都道府県があります。ここ、須府県も含めて48ですね。けれど 県外の人は、須府県のことが認識できないんですよ。だから教科書などでは表向き47都道府県となっていて、それで通っています」
「それじゃあ、旅行やお仕事で県外から須府県に来た人はどうなるんですか?」と赤坂さんが訊いた。
「そうですね。毎日通勤通学などでも往来がありますし不思議に思うかもしれません。けれど不思議なことに、県外出身の人は、この地を訪れると、すんなりと須府県を受け入れるんです。そして この地を離れると、やがて須府県のことは忘れてしまいます」
「なんでですか?」と口々に生徒はそう言った。
「理由は分かっていません。諸説あるようですが、事実、ずっと昔からそうなんですよ。みなさんも、早ければ数年後には県外へ出て行く人もいると思います。田舎ですからね。進学や就職で、ほとんどの人は、一度は県外へと出ることでしょう。そこでもし、都道府県の話題になった場合には、周りに合わせて47都道府県で通すことをオススメします。でも あんまり心配しなくても大丈夫ですよ。会話で都道府県が いくつあるか なんて話題には、まずなりませんから」
先生はそう言うと笑って、再び教科書を開いた。
「脱線が長くなったね。授業に戻ります」
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