第16話「消失した魚の切り身に関する考察」
わたしは困惑している。
目の前にあるのは、白いトレー。スズキの切り身が3切入っている。
そう、3切なのだ。どう見ても、どんなに目を凝らしても、3切しか入ってないのだ。
まな板の前に立ち、わたしは、折りたたんだラップをもう一度広げた。トレーを包装していたラップ――値段や食品表示の四角いシールが貼られていて、
『スズキ 切り身 4切』
ってちゃんと大きく書いてある。なのに、トレーの上には、やっぱり3切しか乗っていない。
不可解だ。不可解極まりない。だけど、現象には必ず原因がある。
もしかすると、もともと3切しか入っていなかったのかな?スーパーの店員さんが入れ忘れたとか……?
調理をしながら、わたしの脳は、数時間前にタイムリープする。
🕔 🕓 🕒 🕑 🕐
本日13時、わたしは、スーパーに買い物へ出かけた。お魚の特売日で、スズキの切り身が特にお安かった。
だから――これだけ分厚かったら一切一食分になるし、4切も入ってるなら、月曜まで足りるね――と思って、スズキの切り身を買ったのだ。
そして、ここが重要なんだけど、その時に手に取っていたのが、まさに このトレーだった。要するに、その時に、目視で4切入っていることを確認したってこと。だから、3切しか入っていなかったっていう線は消るんだ。
じゃあ、その後、家に帰るまでの間に、切り身が消失するような出来事があったかっていうと、特に何もなかった。
近所だから“歩き”だったわけだけど、野良猫ちゃんに襲われたとか、切り身専門のスリに遭ったとか、そんなこともなく、無事にマンションまで帰ってきた。
なら、家で消えたってこと?
家に帰って、食材は、すぐに冷蔵庫に入れたよね。まさか、冷蔵庫の中で消失したとか?
……いやいや、それって どういう理屈?
買い物から帰った後は何してたっけ?
たしか、ミルクティーを飲みながら本を読んで、少し眠くなったから、ちょっとお昼寝してたんだよね。
なにかあったとしたら、その間かな?わたしの意識が途切れた時間は、お昼寝していたその時だけだ。まさか、切り身専門の泥棒でも入った?
わたしは、その場面を想像して鳥肌が立った。
調理を中断し、急いで、金品や下着類が盗まれていないか見て回る。
よかった。何も盗まれてなかった……。
まあ 第一、このマンションは防犯もしっかりしてるし、玄関も窓もちゃんと鍵をかけてるんだから、泥棒が入るなんてこともないもんね。そもそも、魚の切り身一切だけ盗んでいく泥棒なんているわけないか。
だけど、それじゃあ一体何が原因なんだろう?スズキの切り身の身に一体何が起こったっていうんだろう?
猫ちゃんでも迷い込んでるとか?て、ンな訳ないか。それとも幽霊?いやいや、考えが飛躍しはじめてるよ、もっと現実的に論理的に考えて、わたし。
「あ」
ひとつ突拍子もない仮説が浮かんだ。
それは、少し前に都市伝説系のサイトで見た記事で、“この世界は実は仮想現実なのだ”というものだ。
もしも、それが本当だとしたら、切り身が一切だけ消失した謎が解ける。仮想現実を作り出しているマシンのバグかなにかで、現実ではありえない消失の仕方をしたという仮説が成り立つのだ。
そもそも、なぜ『現実ではありえない』ってわたしたちが思うのかっていうと、それは姿・形を伴う物質が突如 消え去るなんてことはあり得ないと考えるからである。
水のように固体⇔液体⇔気体と変化する物質もあるが、少なくとも、ラップのかかったトレーの中、冷蔵庫の中という密閉された空間から魚の切り身が消失するようなことはありえないのだ。
と、誰もがそう思っている。
だけど、この世が仮想現実であれば、そもそも、物質なんてものが存在しないわけで、目に見えるすべての物体に実体などないことになる。だとすると、この不可解な現象にも説明がつく。
スズキの切り身が消失した謎に対する解。
でたらめなSF的な発想だけど、かのシャーロック・ホームズも「全ての不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実である」って言っている。
世界のバグやエラーか。または、世界の創造主による、この
日常に起こった取るに足らない、でも ありえない現象は、もしかしたら、その類のことなのかもしれない。そして、実は、わたしたちのすぐそばで いつも発生していて、わたしたちは、ただ それを見過ごしているだけなのかもしれない。
🕐 🕑 🕒 🕓 🕔 🕕
わたしは、タイムリープから戻ってきた。
気づけば、スズキの塩焼きと豆腐とわかめのお味噌汁とレンコンと人参の甘辛炒めが完成していた。
時計を見る。
18時か。先にお風呂に入ってから夕食にするか。
シャワー浴びている時、背中に何かが落ちて来た。
「ひいぃ!」
その感触に悲鳴を上げた。虫だと思ったのだ。
あわてて顔の水滴をぬぐって、虫を探す。でも虫はいなかった。かわりに床に妙なものが落ちていた。
細長い半透明な何か。
「骨?」
魚の骨のようだった。
シャワーの音が浴室に響く。
「……」
わたしは、ゆっくりと、真上を仰いだ。
天井に
「「…………」」
シャワーの音が、浴室に響く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます