第20話「朝のごみ出しラ・ラ・ランド~ショートアレンジ」【ファンタジー】

【はじめに】


 よく読んでいただいている皆さん、いつもありがとうございます。この話がはじめての方は、はじめまして。作者のさんぱち はじめです。


 今回の作品は、自作『朝のごみ出しラ・ラ・ランド』(短編読み切り)をアレンジしたものです。


 フルバージョンは、愛と笑いと感動(?)のコメディ・ミュージカルになっていますが、こちらは、100%おふざけに走っています。


 色々と大変な世の中ですが、ただただ笑っていただきたい。そんな感じの作品です。


 それでは。



♪♬ 🎺🎺 🎷🎷 🥁🥁 ♬♪



「行ってきまーす」


 スーツ姿の僕は、大きなごみ袋を抱えて玄関を出た。

 歩こうとして一歩目でつまずく。靴紐がほどけていた。靴を見て僕は驚いた。


「あれ?ランニングシューズじゃん!」


 変だ。革靴を履いたつもりだったし、第一、ランニングシューズは靴箱の奥にしまっていたはずだ。無意識でも間違うはずはなかった。


 その時だ。足が、バタバタと自分の意思に反して動き出した。


「ちょ、なんだよ、コレ?」


 危うく転びそうになって、玄関ドアに手を突いた。


 よく分からないけど、靴のせいなのか?


 僕は急いで靴を脱ごうとした。


 すると……、シャキーン!


 全身に電気が走ったような感覚がして、背筋をまっすぐに伸ばしていた。


 カチカチ、カチカチ♩カッチカッチ、カチカチ♪


 見事なタップダンスを披露する。誰も見てはいないが。


 僕は、息を呑んだ。


 身体が、乗っ取られた。そんな気がした。




 僕は、ミュージカル映画よろしく踊りながら通りへと出た。通勤途中のサラリーマンに出くわす。ひょろ長い50代くらいの男性だった。


 見られた……(恥)。


 おっさんは、一瞬ぎょっとするも、すぐに目を伏せて見て見ぬフリして通り過ぎようとした。 

 そんなこと、この僕が許さない!ステップを踏みつつ、そのおっさんを追い詰める!進路を見事にふさいだ。


「ちょっ、なんすかぁ?」


 不機嫌そうにおっさんが後退る。そんなおっさんの目の前で、僕は見事なタップダンスを披露する。

 すると……、シャキーン!今度は、おっさんの足がワナワナと動き出したのだ。


「!?」


 タタタタ、タタタタ、タッタ、タッタ、タタタタ♪


 おっさんが、タップのリズムを刻んだ。おっさんは慌てていた。


 自分の意思に反して踊り出す身体……。愕然とするおっさんは、その哀れな目を僕に向けた。


 カチカチ、カチカチ♩カッチカッチ、カチカチ♪

 タタタタ、タタタタ、タッタ、タッタ、タタタタ♪


 僕らは、呼応するようにステップを踏んだ。やがてタップのやり取りを終えると、僕は、持っていたゴミ袋とバッグを放り投げた。

 指先が顔に伸びる。マスクのゴムに指をひっかけると、マスクも脱ぎ捨てた。


 おっさんもバッグとマスクを捨て去る。僕らは互いに肩組み合って、ラインダンスのステップで住宅街の道を進んでいった。




「おや、朝からご機嫌だねぇ」


 近所の鈴木のおばあさんが落ち葉掃きしながらそう言ってきた。


「ち、違います。身体が、靴が勝手に……」

「靴?あっ、ああああ」


 シャキーン!


 鈴木さんも、手にした松葉帚を人に見立てて急にダンスを踊り出した。


「あれま、どうしましょ?ど、どうしましょ?」


 そう言っているけれど、止まらない。止められないのだ。その気持ち、痛いほどわかる。


 箒を投げ捨てると、急に高くジャンプして「ダッ!!」と短く叫び仁王立ちした。


「「!?」」


 僕とおっさんは、踊りつつ、何事かと鈴木さんを注視した。彼女は、何を思ったのか片手を股間に当て、もう一方の腕を高く上げる。

 そのシルエットに、僕は見覚えがあった。


 そして……、おばあさんが素早く股間を前に突き出す!


「ポゥッ!」の咆哮!


 見事な足捌きで踊り出した。


「おお!これは……」


 おっさんが感心している。どうやらおっさんも、心得ているらしい。


「マイケルですね」と僕も応じた。見事な静と動。そう、それは紛れもなくマイケルジャクソンのダンスだった。


「やだ、どうしましょ?どうしましょ?……アウッ!!」


 なんて言いつつ咆哮、見事なムーンウォークを披露する。

 やがて 鈴木さんも、僕らと肩を組んでラインダンスを踊りはじめた。


「「「っハイ!ハイ!ハイ!」」」


 なぜだか足を上げるたびに声が出る。


 踊りながら僕らは住宅街を進む。通勤通学で道行く人々が、僕らを不審者扱いして避け……否!!そんなこと、僕らは許さない!!




「いや~、無理です無理ですぅww」と、逃げようとしたスーツの女性も

「朝からラインダンスですか?あ~れ~」と、朝刊を取りに庭先に出ていた主婦も

「…………」な高校生たちをも巻き込んで、僕らのラインダンスは、同じ色のぷよぷよが親和性を持って連結するがごとくにくっ付いていった。


 その後も、道行く人々を巻き込み、今や僕らの列は十人以上をなしていた。





「「……「「っハイ!ハイ!ハイ!」」……」」

「「……「「っハイ!ハイ!ハイ!」」……」」

「「……「「っハイ!ハイ!ハイ!」」……」」


 リズミカルに足を振り上げながら、とうとう表通りへと出てしまった。途中、十字路で、別のラインダンスの列と合流した。この現象は僕らだけではなかったのだ。


 よく見ると、ほかの住宅街からも次々とラインダンスの列が出てきている。町中の人たちが肩を組んでダンスしていた。

 そして我らラインダンサーズは、次々と、車道へとなだれ込んでいった。


 通勤ラッシュの時間帯。なのに車はどれも停車していた。信号待ちではなかった。ボンネットや車の屋根ルーフで、人々がブレイクダンスやらロボットダンスやらを踊っている。


 ああ、ここもなのだ。


 いや、ここだけじゃない。よく見ると、沿道のあっちゃこっちゃで人々が踊っている。


 🎺パラララ~ラ、パラララ~ラ、パララララララ~♪

 🎷フォンフォン、フォンフォン♩

 🥁ドッドドー、ドッドドー、ドッドドッドドー♬


 どこからか、軽やかな楽器の音が聞こえてきた。


 なんだ?


 現れたのはマーチングバンドだった。演奏しながら、一糸乱れぬ動きで隊列を組み車道に出てくる。

 演奏されているのは映画『シンデレラ』より、定番の「ビビディ・バビディ・ブー」だ。


「「……「「ハイ☆ハイ☆ハイ☆」」……」」


 弾むメロディーに合わせて、僕らもステップ踏み踏み足を上げる。


「あ、ソーラン!ソーラン!」

「「……「「ソーラン!ソーラン!」」……」」


 こ、今度は何!?


 また別な集団がやって来た。小中学生たちだ。身体を大きく振り回して、ソーラン節を踊っている。


「あ~、ドコイショー、ドッコイショッ!!」

「「……「「ドコイショー、ドッコイショッ!!」」……」」

「あ、ソーラン!ソーラン!!」

「「……「「ソーラン!!ソーラン!!」」……」」


 なんだ、このカオス??




「お願い、もう止まって」

「アタシの四十肩がーっ!」

「うおぉ!?俺の五十肩がーっ!」


 方々でそんな声が上がる。踊りつづける僕らは、限界に達しつつあった。


 そんな願いが通じたのか、ふいに身体が楽になって、僕らは踊ることから解放された。マーチングバンドの音色もピタリと止んでいた。

 肩を組んでいた僕らは解けていった。


 疲れてしゃがみ込もうとして、僕は気がついた。 身体の自由が利かない。

 嗚呼、まだ終わってはいなかったのだ。


「ヤバいのが来るぞー!!」と、古龍をも狩れそうなオーラを持つ青年が叫んだ。


 僕たちは、一斉に膝を曲げて、低く腰を落とした。身体の前で腕を組んで、片足ずつ前へと突き出す。それを素早く繰り返す。


「コ、コサックダンス、キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」


 全員でコサックダンスを踊りはじめる。


「「……「「ハッ!ハッ!ハッ!ハッ!」」……」」


 すぐに足腰がつらくなってくる。


「「……「「ハッ!ハッ!ハッ!ハッ!」」……」」


 それでも、止められない。


「も、もう無理ぃ!」

「誰か、助けてー!」

「もう踊りたくないいっ!」


「「……「「ハッ!ハッ!ハッ!ハッ!」」……」」


「ぁ……、ぁば……」


 鈴木さんが泡を噴き始めた。


「お、おばあさん……、しっかり」

「ぅぽ、ぽ」

「じいさん!しっかりしろよ!」


 お年寄りを中心に、遂に限界が来てしまった。


「だ、誰か助けてやって!」

「よし、みんなで支えましょう!」

「身体をくっ付けろ。負担を分散させるんだ!」

「うおーーっ!!」

「まさに、逆境!!!!」

「発動しろ、俺の不屈――っ!!」

「闘魂じゃーーいっ!!」


 僕らは絶叫した。


 ……!

 …………!!

 ………………!!!!




 どのくらいの時間が経ったのだろう。

 道路で。車の上で。歩道で。庭先で。駐車場で。無数の人々が、文字通り大の字に横たわっていた。


 僕たちは、限界の先へと行けたのだっ!!


 僕は足元を見た。靴は、もう動くことはなかった。


 十代の子たちが、早くも立ち上がっていて僕は驚愕した。


「これが、若さか……」


 脱力して天を仰ぐ。


 話し声が聞こえる。


「あれま?いつの間にかウォーキングシューズを履いてたよ」

「あ、自分もだ」

「変だな。一年以上使ってなくて、押し入れに収納してたんだけど」

「アタシのランニングシューズ!どこにやったかも忘れてたのに、なんで履いてるの??」


 僕は思った。今日のこの騒動は、ずっと使われずに忘れ去られようとしていた運動靴たちが起こした奇跡(?)なんじゃないかって。


『外へ出よう。太陽の光を浴びよう。汗を流そうよ』


 なんてね……。


 僕は身体を起こした。膝が、と言うか全身が笑っている。


 これからも、色んなことがあるだろう。自分もこの世界も変化し続ける。悲しくて起こってほしくないことだって、きっと起きる。そうだとしても、こうして手を取り合えば逆境を乗り越えられる。


 そうだ。まだ終わりじゃない。僕らはこんなもんじゃない。こんなもんじゃないはずだ。僕らは、まだやれる。


 僕は、久しぶりに両手を青空に伸ばして、マスクなしで大きく深呼吸をした。

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