第19話「あやかしアプリ」※PC⇒横組み推奨/スマホ⇒縦組み推奨
5月の半ば、あり得ないほど早く梅雨が来た。観測史上2番目の早さらしい。
いつもは、エアコンが不要になるこの時期にフィルターの掃除をするんだけれど、今年はその暇もなかった。
そんなわけで、しばらく雨の日が続いたんだけど、今日、外は久しぶりに青空が広がっていた。梅雨の晴れ間。数日は天気がよさそうだ。
「この天気を利用して、エアコンの掃除と冬物布団の衣替えをすませちゃお」
腕まくりをすると、僕は椅子につま先立って、エアコンのカバーに手を伸ばした。
すると、急にエアコンが小刻みに震えはじめた。カタカタとした微小な振動は、次第に大きくなり、次の瞬間、僕の目の前で、エアコンカバーの筋がぱっくり裂けると、ギザギザの歯が並ぶ大口が開いた。
エアコンが壁にくっついたまま暴れ出す。大きな口は、僕に噛みつかんばかりにバクンバクンと音を立てて開閉を繰り返した。
驚きのあまり、僕は、悲鳴を上げて椅子から転げ落ちた。
「どどど、どうなってんの?」
エアコンを見上げる。いや、果たしてあれはエアコンなのだろうか?
ガタガタと音を立てながら、上下左右に身をよじっている。そして、メリメリと壁から自分自身を引きはがすと、そのままの勢いで僕に飛びかかってきた。
「うあぁっ!!」
僕は、這うようにしてその場を逃れた。台所へと避難する。エアコンの化け物には、手足などがなく、小さく跳ねまわりながら、本棚やカーテンやテレビ台など、触れるものすべてに噛みつき、体当たりをかましている。
僕は、あわてて
「なんなんだよ、あれ」
全身汗だくになって、ため息を漏らす。
「あ、そうだ!」
あることを思い出して、尻ポケットからスマホを取り出した。
「こんな時のために、確かダウンロードしてたはず……。あった、あやかしアプリ!」
僕は、一年前、都会からこの田舎の町へ引っ越してきた大学生だ。去年の春、市役所で転入の手続きをしていた時に、市役所の人からダウンロードすることを勧めらたのが、この「あやかしアプリ」だった。
『特に県外から移住される方にはアプリのダウンロードを推奨しています。いろいろ慣れないことも多いと思いますので、役に立つと思いますよ。まあ、使わないに越したことはないんですけど、もしもに備えて、ダウンロードはしておいてくださいね』
そう言われてダウンロードはしていたものの、結局、それ以来使う機会はなかった。まさか一年経って使うはめになるとは……。
アプリを起動する。カメラ機能になっていて、スマホの画面が切り替わった。画面中央に丸いリングがついている。
「ええっと、この丸いのがターゲットか。画面中央に検知対象を映すってことだな……」
襖の向こうのお化けエアコンは、ガウガウ言っているものの、今は大人しくしている。僕は、襖を少し開けると、スマホのレンズをかざした。
画面の中央にお化けエアコンを映すと、レーザーのようなものが照射された。中央のリングの色が、白から青に変わっていく。対象をスキャンしているようだった。
やがてスキャンが終わり、画面が切り替わった。
「出た。『化かし箱』って言うのかアイツ」
スマホ画面を覗き込む。
▕▔▔▔▔▔▔▔▔▔▔▔▔▔▔▔▔▔▔▔▔▔▔▔▏
▕ 10:45 ▄▆▉▼🔋 ▏
▕ ▏
▕ ▏
▕ 【化かし箱〈危険度B〉】 ▏
▕ ▏
▕ ■箱型のあやかし。古くは
▕ ▏
▕ 衣装ケースに化けて人を襲っていました。 ▏
▕ ▏
▕ 性格はとても凶暴で攻撃的です。出会った際は ▏
▕ ▏
▕ 注意が必要です。 ▏
▕ ▏
▕ ▏
▕ ■なおヨーロッパの迷宮内に生息し宝箱に化 ▏
▕ ▏
▕ けることで有名なミミックはその仲間です。 ▏
▕ ▏
▕ ▏
▕ ■また、まれに巨大な親玉も存在し、家に化け ▏
▕▁▁▁▁▁▁▁▁▁▁▁▁▁▁▁▁▁▁▁▁▁▁▁▏
「どうしよ……。業者さん呼んだほうがいいのかな?」
迷っていると、アプリがまた何かを検知しはじめた。
「えっ?まだほかに何かいんの?」
画面の中でレーザーが伸びる。壁や床一面をスキャンしている。同時に、家が小刻みに揺れはじめる。
「な、なんだ、地震!?」
■■■■■■
――その日の夕方。
「続いて県内の主なニュースです。本日正午過ぎ、○○町において民家が一戸、丸ごと消失する事件が発生しました。
たまたま家の前を通りかかった住民が通報、その時には、すでに家ごと消えていたということです。また近隣住民からは、午前11時前後に大きな物音と地響きがしたと言う証言もありますが、関係性はわかっていません。
消失した民家は、移住者向けに空き家をリフォームして作られた住宅で、現在、ここに住んでいた県内の大学へ通う男子学生と連絡が取れません。警察は事件と事故の両面から調査を進める一方、あやかしの関連も指摘されることから、現在、あやかし対策課も捜査に動いているとのことです。
続いてのニュースです――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます