第5話「思い出のベンチ」
――2020年7月。
『隣町に海が見える公園があって、そこのベンチで眠ると、異世界へと行けるらしい』
少し前に、そんな不思議な
高校生の僕は、ずっと異世界を夢見ていた。だから、ここのところ、学校帰りに隣町まで足を運び、その公園を探していた。
そして今日、やっと それらしい場所を見つけることができた。
僕は、今 山の中に続く階段を見上げている。
この上に、噂の公園があるはずなんだ……。
最後の一段を駆け上がると、一気に視界が
目の前に広がる景色を見て、僕は
風が吹き抜けていく。汗をかいた身体に心地よかった。
そこは、小さな公園だった。遊具はブランコだけ。そして海に向かってベンチが一脚置いてあった。
“思い出公園”
錆びついた小さな看板にそう書かれている。
公園には、誰もいない。
僕は、ゆっくりとベンチへ歩んでいった。
「ブランコには、絶対に乗っちゃいけないんだよね」
噂によると、ブランコに乗ると、墓地から死者が
僕は、ベンチに腰かけた。見渡す限り、夏色の海と空が広がっている。
「よし!寝よ」
リュックを枕にして横になる。胸の前で指を組んだ。
「異世界では、チート能力で無双できますように!可愛いヒロインと出会えますように!……よし!おやすみ!」
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「ハッ!?」
どのくらい寝ていたのだろうか。僕は、深い眠りから目覚めた。
「ヤッバ、寝すぎたかも」
頭がすごくスッキリしている。
あわててスマホを見る。数時間ほど寝ていた体感――実際は、十五分しかたっていなかった。
お~♡
お昼寝の際に、たまに体験する不思議でお得な時間感覚になるアレである。
僕は、海を見ながら背伸びをした。
どうやら『異世界に行ける』というのはデマだったみたいだ。確かに、僕調べでも、“異世界転生”するには、
ま、別にいいや。こんなに景色がよくて、お昼寝に最適な場所も見つけられたし。
僕は、家に帰ることにした。
帰る途中、道行く人たちの視線が
「ただいま~」
誰もいない我が家へ帰宅する。両親は、まだ仕事でしばらくは帰ってこない。
僕は、リュックをリビングのソファに放ると、冷蔵庫から麦茶を出した。
「なんだ、この水玉のコップ?母さんが買ったのかな?」
食器棚の見慣れないコップを見て首をかしげる。
自分がいつも使っているコップもなかった。仕方なく、水玉のコップに麦茶をそそいだ。
「ん?」
ソファに座ろうとして、動きを止める。今度は、お気に入りのクッションの柄が違っていた。
そこで何かが おかしいと気がついた。
よく見ると、リビングのあちこちに飾ってある小物類も今朝までとは違っている。
まるで自分の家なのに自分の家ではないような不気味な違和感が大きくなってくる。
サイドボードの上に写真立てがあった。そこに父さんと母さんが写っていて少し安心した。でも、二人と写っているのは僕ではなくて見知らぬ女の子だった。
ガチャッ。
玄関が開く音がする。
「ただいま~。お母さん もう帰ってたの?それとも今日はテレワークだっけ?」
そんな声と共にリビングのドアが開いた。
「「え?誰??」」
その子は、僕と同時に声を発した。
顔に、なぜかマスクをしている。でも 服を見ると制服だった。しかも 僕の通う高校の女子の制服である。
「「いや、あなたこそ誰ですか?」」
僕らはまた、同時に相手に
「「僕(わたし)は、この家のものですけど?」」
「「いや、ここは僕(わたし)の家ですけど?」」
「「はぁ??」」
パニックだ。絶妙にハモるし。
僕が黙ってると、その子は ため息を
「あの~、警察呼んでいいですか?てか、取りあえずマスクしてください」
「いや、警察は こっちのセリフだよ。……それとさ、なんで みんなマスクしてんの?」
帰り道、道行く人たちの視線が妙に気になった。
でもそれは、僕自身も、その人たちのことを、どこか
なんで、みんな 夏なのにマスクしてんだ?暑くないのかな?
道行く人の多くがマスクをしていて、僕は、それを
「は?コロナ対策に決まってるじゃないですか」
その子は、さも当たり前のように言った。
「コロナって何?」
「何って……」
その子は、
『今日、これまでに発表のあった新型コロナウイルス感染症者数は、……、空港の検疫と合わせると、全国で……。
また世界の感染者数は、累計で……』
そこには、信じがたいニュースが流れていた。
僕は、なんだか頭がくらくらとしてくる。顔から血の気が引いていくのが分かった。
「だいじょうぶ?」
その子が、マスクを外してそう
彼女の顔は、どことなく僕と似ていた。
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