第6話『ディアボロクエスト』

 世界征服をもくろむ悪魔帝あくまていドルマは、勇者トトとその仲間たちによって倒された。世界を救う旅を終え、勇者とその仲間たちは、それぞれの故郷へと帰還した。


 悪魔帝討伐の知らせは、またたく間に全世界に知れ渡り、世界中の町や村で、盛大な祝宴が開かれた。世界は、最も華やかで心躍る めでたき一日を迎えたのである。


 花で飾られた馬車の中、トトは、これまでの冒険と これからの日々に思いをせていた。


 今日、トトは、幼馴染の村娘メルと、王都にて、国王主催の元、結婚式にのぞんでいた。悪魔帝を倒したあかつきには結婚を約束していたのだ。

 王都での結婚式を終え、二人を乗せた馬車は、もうすぐ、二人の生まれ故郷 最果ての村に着く。明日から、メルとの穏やかな生活がはじまるのだ。


■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 陽の光を感じて、トトは目を開けた。


 ――あれ、ここは?


 トトが起きると、そこは、王城の来賓用らいひんようの部屋であった。


「おや、トト様。お目覚めですか?昨晩は よく眠れましたか?」


 白髪を きれいにまとめたメイドがそういてきた。昨日、トトたちの世話をしてくれたメイド長である。


「なぜ僕はここに……?」

「本日のトト様とメル様の結婚式のお世話ができること わたくしは誇りに思います」


 彼女は そう言って笑う。


「何を言ってるんですか?結婚式は昨日終わりましたよね?」


 トトが問うと、彼女はおかしそうに笑った。


「でも、朝食は早くすませてくださいね?その後は、さっそく婚礼衣装こんれいいしょうに着替えていただかなければ。今日は忙しいですよ?」


 ――どういうことだ?夢でも見ていたのか?


 トトはそう思った。しかし あれが夢なら、その日、トトは、夢と全く同じ一日を過ごした。

 不可解に思いながらも、晴れやかな式は進み、花飾りの馬車で、再び王都から村へと戻る。



 そして 次の日、トトは、三度みたび 王城で目が覚める。結婚式の当日に。

 底知れぬ恐怖が心を支配する。だが トトは、数多あまたの修羅場をくぐってきた勇者である。冷静に、この不可解な現象を考察する。


 ――まさか悪魔帝の仕業だろうか?いや、悪魔帝は、確かに倒したはずだ。ならば手下の生き残りかもしれない。彼らは、古代の魔神の血を引いている。闇の魔術に長けたものも多かった。

 もしや時を操る魔老婆まろうばバーバ・ヤーガか?ヤツは、人の行動を遅くしたり速くしたりできた。しかし、世界の時そのものを操るなんてことができるのか?

 あるいは、ここは夢か幻の中で、僕は、そこに囚われているのかもしれない。


 トトは、この悪夢から抜け出すために、何回も試行錯誤を繰り返す。しかし、どうあがいても同じ日から抜け出すことはできなかった。

 恐ろしくなったトトは、助けを求めて光の神殿に駆け込んだ。


 各地の町や村にある光の神殿は、聖神せいしんグローネリアを祭っている。魔神の血を引くものは、この聖域には手出しができないのだ。だとしたら、神殿内では、この現象も干渉できないかもしれない。


「神官ファーネリア様!」

「勇者トトよ。見事に悪魔帝ドルマを倒し、世界に平和をもたらしましたね。今日は世界が最も光に満ちた日です。あなたにグローネリアの祝福を」


 ファーネリアは優しく微笑ほほえんだ。


「神官様、聞いてください……」


 トトは、自分が置かれている状況を話した。


「あなたにグローネリアの祝福を」


 彼女の返事はこうだった。


「ファーネリア様?」

「あなたにグローネリアの祝福を」

「ファーネリア様、おふざけに ならないで下さい!」

「…………」


 トトの剣幕に、ずっと柔和にゅうわな顔を保っていたファーネリアは、鼻から息をくと困ったように笑った。

 そして奥に引っ込んでいく。


「ふぁっ、ファーネリア様?」


 彼女は、黙ったまま、トトに手招きをした。半信半疑 後ろからついて行く。


 石畳の廊下で、彼女が、タペストリーのひとつをめくる。すると、タペストリーの裏に通路が隠されていた。


 ――こんなところに隠し通路が……。これは、タペストリーを「調べる」しても、「とくに何もないようだ」だろうな。


 そう思いつつ、トトは、真っ暗な入り口から中に入った。

 中は、深淵のように暗く 何も見えない。ファーネリアが、手持ちのロウソクに火を灯す。彼女の顔が闇に浮かび上がる。


「今日が終わらなくて戸惑とまどっているのね?」

「そ、そうなんです。何かおかしいんです。もしかして、悪魔帝たちの仕業ではないかと思って」


 彼女がまともに口をいてくれたので、トトはホッとした。

 要件がない限り、人というのは「話す」をしても同じ内容を繰り返す。それは自然で当たり前のことだ。けれど、こんな場合は別なのだ。


「違います。敵は皆、あなたたちが倒しましたから」


 彼女は微笑んだ。


「それじゃあ、この現象は一体」

「よいのです、これで」

「いいって、いいわけないじゃないですか?」

「よいのですよ。この世界は、この日を迎えるために動いていたのですから」

「どういうことですか?」

「全クリです。ここはゲームの世界。そして、このゲームはすべてクリアされ、エンディングを迎えたのです」

「そんな……」

「でも あまり落胆らくたんしないでくださいね?よく考えてください。世界を恐怖におとしいれていた悪魔帝たちはいなくなり、世界中の人々は喜びに満ちています。明日への希望、明るい未来を思い描いています。

 あなたも、ずっと好きだった人とやっと結婚ができました。まさに人生の春。

 世界は、春の陽ざしの下にあり、この一日は、この世界が最も光に満ちた日なのです。その日が終わりなく永遠に続くのです。考えようによっては、最高にハッピーなことじゃない?」

「いや、でも……」

「あ、でも、どうにもできない、わけでもないですよ」

「なにか、解決策があるのですか?」

「このゲームが人気になってツーが発売されるのを祈るのです」

 そう言って、ファーネリアはパチリとウインクした。

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