第7話「かわいい亀さん」

 彼は上機嫌だった。

 まだ昼間だというのに、テーブルには、カラになったお酒の缶が何本も乗っていた。


「飲みすぎじゃない?」


 隣にいる女があきれて笑う。

 二人は、ずいぶんと親密な関係のようだ。女は、どうやら彼の彼女カノジョらしかった。


「平気、平気。明日休みじゃん。それにしても、アカリちゃんって ホントに かわいいよね。なんで そんなに かわいいの?」


 彼は彼女にり寄った。


「もう、ヤダ」

「それに すごくいい匂いだし~」


 そう言うと、首を亀のように伸ばして彼女の体臭たいしゅうぐ。


「ちょ、ダメだったら」


 彼女が、やんわりと彼を押し返す。


「いいじゃん、いいじゃん!ホレホレ」

「ちょっと、くすぐったいよ」

「ね?ね?こっち来なよ」


 彼が抱き寄せようとすると、彼女は「ダメ」と言って立ち上がった。


「今日は、そういうんじゃないからさ」

「…………」

「わたし、帰るね」

「は?泊ってけよ」

「ごめん。今度、ね?……それじゃあ、またね」


 バッグを手に持つと、玄関の方に足早に歩いていった。

 彼も、それをドタバタと追っていく。



「いいじゃん!明日休みっしょ?」


 そんな彼の不機嫌そうな声が、玄関から聞こえた。

 彼女を引き留めようとしているらしい。が、大きくて長い ため息のような音が聞こえた後、声はんだ。


 パタリと玄関ドアが閉まり、小さく舌打ちの音が届く。



 一人 部屋に戻った彼は、崩れるように座り、また大きくて長い ため息を吐き、舌打ちをした。ねた時、彼は こうなるのである。


「んだよ、そういうんじゃないって!俺の家に来るってことは、そういうことだろ!」


 しばらく イライラしていたが、スマホを取るなり、誰かに電話をかけ始める。


「あ、ユイちゃん?俺!声聞きたくて電話しちゃった。今、何してんの?……あ、そう。ところでさ、夜ってヒマ――?」


 別の女のようだ。別の、彼女カノジョ、であろうか?

 夕食ディナーに誘っているようだ。


「お~う。なら、またラインするね。じゃあね~♪」


 機嫌よく電話を切る。

 どうやら ユイという子と遊べるようになったらしい。

 彼は、鼻歌交じりに天をあおぐと、お酒を流し込んでいる。



 コト………。

 コト……。

 コト…。

 コト。


 両足投げ出して くつろぐ彼の目の前で、ゆっくりとクローゼットの引き戸を開いていく。


 ワタシは、今どんな顔をしているんだろう?

 クローゼットから出てきたワタシを見上げて、彼は、真っ青な顔をしてる。


 隙間から、全部見ていたよ?



 彼は、今どんな顔をしてるんだろう?

 うつぶせの彼の表情は見えない。


 でも。

 ふふふふ♡かわいい亀さん。

 背中に乗られてロープで首絞められて、ひっくり返った亀みたいに手足をバタバタさせてるよ。

 大好きなワタシのカレは。

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