第8話「隣にいる妙な人」

 困っています。みょうな人に つきまとわれているのです。


 彼の名は田中と言い、私は、心の中で彼を“ヨコヤリ”と呼んでいます。なぜかと言うと、私のやることなすことに横やりを入れてくるからです。

 ヨコヤリと出会ってしまったのは、高校生の頃です。それ以来、私は、ずっと彼に つきまとわれているのです。もう十年以上になります。


 彼は、常に私に粘着ねんちゃくし、私の言動をイチイチ訂正ていせいしてきます。自分の価値観を押し付けてきたり、私の行動を制止することもあります。時に、それは暴力をともなうことさえあるのです。


 皆さん。想像してみてください。

 自分のやりたいことを妨害ぼうがいされたらどうですか?相手に考えを押し付けられて それを強制されたらどうでしょう?

 私は、それを高校以来ずっとやられているのです。参っていますよ。


 でも この十年、人生のすべてが暗澹あんたんとしていたかというと そうでもありません。人生は±0で、帳尻ちょうじりが合うように できていると言う人もいますが、私の場合もそうでした。


 私は、高校生になるまで独りでした。コミュニケーション能力が低かったのだと思います。それまでは、友だちができても長続きしなかったり、気づけば周りから孤立したり していましたから。

 なので 私は、ひそかに おしゃべりの特訓をしていたのです。その努力が、高校生になって実を結んだのです。どうやら 私のおしゃべりには、人々を笑顔にしたり、気づきや学びを与える能力があるようなのです。


 それからというもの こちらから挨拶をしていないのに「おはよう」とか「おう!中田!」と声をかけられるようにもなりました。あ、中田とは私の名前です。

 それに、中学までは まったく接点のなかった女性の方々にも「中田くんって、実は面白い人だったんだね」なんて、笑顔を向けられるようになって……、ふふふ。

 あ、失礼。そんなわけで、この開花した“おしゃべり能力”によって、私には多くの友人ができました。まあ、その横に、いつもヨコヤリが したり顔で立っているのが嫌でしたけどね。


 今 私は、自分のおしゃべり能力を活かして、それを仕事にしています。

 困ったことに、その仕事にもヨコヤリは つきまとってくるのです。あまりにずっと一緒にいるため、仕事でお世話になる方々からも、二人一セット扱いを受けてしまっています。トホホです。

 この前「一人で仕事をしたい」と申し出たら、「それは、ちょっと」と断られました。ハァ……、まったく。


 まあ、落ち込んでばかりいられません。今日もお仕事です。私の言葉を待っているお客様をガッカリさせるわけには いきませんから。


■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 たくさんの拍手に迎えられ、私は、明るい照明のもとへ出て行きます。

 すると、私の横にいたヨコヤリが(ええ。ええ。当然、今日も つきまとっていますよ……)「どうも~!」と急に笑顔を振りまいて、小走りに、私を追い抜いていきました。


「ちょっと お前、遅いよ!早く来いよ!」


 ヨコヤリが、私に向かって そう言っています。

 自分勝手に先に行っておきながら、これですよ。私は、自分のペースで歩きます。


「なんだ、その歩速ほそく歌舞伎かぶき重鎮じゅうちんか、お前はっ!」


 ――なんですか、それは?


 私は、お客様の前に立ちました。今日も多くの人たちが集まってくれています。すべて、私から学びや気づきを得んがために集まってくれた方々です。


 ――それにしても……。


 私は、私のために用意されたマイクを見やりました。

 センターマイクが一本。その前に立ちたいのですが、ヨコヤリがいて邪魔です。


「あの。邪魔なのですが?」


 私は彼を見てそう言いました。


「なんでだよ!早く横に来なさいよ」


 ――やっぱり、今日もこうなるのか……。でも、まあいいでしょう。お客様も笑っているみたいですからね。


 私は、ため息をついて彼の横に並びました。

 すると彼が、また わざとらしい明るい声で言いました。


「はい、どうも~!。こいつが中田で僕が田中。二人合わせて“ナカタナカ”って言うんですよ。おぼえて帰ってくださいね~」


 これ。彼は、高校の時からやっているのです。私の名前がヨコヤリと接着するなんて、悪寒がしま――ッ!――。

 私は、私目がけて飛んできた何かに驚いて、それをかわしました。となりにいるヨコヤリと ぶつかってしまいました。


「うわっ!ちょ、急にどした?びっくりすんだろ」

「失礼。虫がいたようです」

「いいよ、虫は。ほっときなさい」


 私は、私の周囲を執拗しつように飛び回る虫を視界に捕らえました。

 それはハエだったのです、皆さん。


 ――待ってください。今日は確か……。


「あの。今日は27日でしょうか?」


 私がくと、ヨコヤリは「そうだよ」とうなずきました。


 ――2月27日にハエが飛んでるということは……、なるほど。


「今日ハエが飛んだってことは、今年のクリスマスは12月25日なのですね……」

「関連性ねぇよ、そこ!クリスマスはいつも25!」


 ほら来ました。お得意の横やりを入れて、からの訂正です。

 しかし お客様が笑っていますね。なぜでしょうか?


「ツバメが低く飛んだら雨が降る的な言い方してっけどよぉ。なんの関係もないんだよ」


 ――どういう理論ですか、それは……?


 まあ、いいです。私は私で、お客様の相手をしなければ。彼の相手をする暇はありませんからね。


「この前、私は菅将暉すがまさきさんに会ったのですよ」


 私は、お客様に語りかけました。


「若手俳優のスガくんね。番組で一緒だったもんね」


 私はお客様にしゃべっているのに、彼が横やりを入れてきます。無視です、無視。


「それで 私、彼を見て とってもおいしそうだな、食べたいなぁって思――」

「ペヤングじゃねぇよ!あれは、アフロ!確かに、髪がチリチリしてたけど、ファッションなの。アレがカッコいいの!あるいは、映画とかの役作りかもしれんし。どっちにしろ、お前は何を食おうとしてんだ!」


 出ました。価値観の押し付け……。ウンザリです。


 ――それに。


「ペヤングなんて思ってませんよ」

「じゃ、なんだ?」

「イカスミ焼きそばです」

「どっちでもいいわ、そんなこと!」


 ――滅茶苦茶です、この人。


「あのな?じゃあ、なんで 俺がペヤングって思ったのか教えてやろうか?お前、今その右手に持ってんのはなんだ?」


 そう言われて、私は、自分の手元に視線を落としました。


「……ペヤング」

「だからだよ!」


 鬼の首を取ったかのように そう言うと、ヨコヤリは、私の肩を叩いたのです。

 見ましたか、皆さん!?暴力です!!


「て言うか、なんで ペヤング 舞台に持って来てんだ!今、漫才中!ソース充満じゅうまんさせやがって!そら、ハエも寄って来るわ!」

「お昼ですからね」

「終わってから食え!10分か そこらで終わんだから!ペヤング持って舞台立つな!」

「……ハァ」

「ハァ、じゃねぇよ!」


 こんなヨコヤリとの毎日は、まだ しばらく続きそうです。

 どうしたら この妙な人に つきまとわれなくなるのでしょう?困ったものです。

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