第4話「ナンにこだわるカレー屋さん」【ナンセンス】

 カレー作りに情熱を注ぐ男がいた。


 彼は、おいしいカレーを作るために日夜研究を重ね、その一方で、ナンにもこだわりを持っていた。日々、世の中のあらゆるナンと自分のカレーの相性を試しつづけ……。


 その果てに出会ったのが「ナンセンス」である。


 ナンセンスのナンの部分にカレーをつけ、一口頬張ほおばった彼は、雷に打たれたような衝撃を受けた。


「これだ!俺が求めていた味は、これなんだ!!」


 こうして彼は、自らの店で、渾身こんしんのカレーにナンセンスのナンをえて提供ていきょうしはじめた。

 ナンセンスのナンのカレーは、またたくく間に評判となり、店は大いに繁盛した。そして一年もたたぬうちに、都内に数店舗を構えるまでになった。また、その人気にあやかって、全国のカレー屋も、同じように、ナンセンスのナンのカレーをメニューに加えた。



 ――そして、現在。


 ところ変わって、河川敷を、二人の男子高生が歩いていた。


「テレビで見たんだけどさ」

「うん」

「最近、ナンセンスがヤバイらしいな。数が急激に減ってるって」

「……ん?何言ってんの、お前」

「いやさ。なんか都内のカレー屋さんが、ナンに使ってるんだって、ナンセンスを」

「あー、いつも行列ができてる あの店か」

「うん。それで、全国のカレー屋さんもナンセンスを使いはじめたから、不足してるんだと。それで政府が今日、緊急事態宣言を出すらしいよ。もう出てんじゃないかな?めったなことで、ナンセンスを消費しないほうがいいらしい。今また言っちゃったけどさ。こうやって会話で使うのも、控えたほうがいいみたいだね」

「へぇ。ならさ……」

 少年はニヤリと笑う。土手の上から、家並みを見下ろして叫ぶ。

「ナンセンス!ナンセンス!ナンセンスー!」

「やめた方がいいって。マジやばいから!」

「へっへっへ。無駄にナンセンスを消費してやったぜ。ナンセンス消費してやったぜ」

「知らないよ」


 すると、どこからともなくサイレンが聞こえてきた。


「「なんだ?」」


 土手の下にパトカーが急停車する。中から、警官が二人 転がるように飛び出してきた。階段を駆け上がって こちらへ来る。


「君か?今、無駄にあの言葉を消費したのはッ!」


 ゴリラみたいな警官が、叫んでいた少年に詰め寄る。


「ご近所から通報があったんだよ」


 ネコみたいな警官がそう言った。


「よし、ミケ子くん確保だ!」


 ゴリラみたいな警官が、ネコみたいな警官にそう言った。


「ハイ!ゴリさん」


 ゴリさんにミケ子くんが応じる。

 二人の警官に迫られ、少年はあわてた。


「ちょちょちょ。噓でしょ?ナンセンスって言っただけじゃん!」

「コラ、やめたまえ!緊急事態宣言が出ているのを知らんのかッ!」

「知らねぇよ。なんでナンセンスって言っただけで連れてかれんだよ」

「あ!また、コイツッ!こりゃイカン。ミケ子くん、ガムテープはないか?口をふさごう」

「ゴリさん、それはやりすぎです」

「う~む、仕方ない。取りあえず署まで連行するぞ」

「了解です」


 その様子を見ていた もうひとりの少年が、ヤレヤレと肩をすくめる。


「だから やめろって言ったんだよ……」

「いや、お前、なんでコイツらの味方なんだよ?助けろよ」


 ミケ子くんが、猫なで声で少年の腕をつかんだ。


「さ、大人しくしようね~。だめだからね~?あんまりナンセンスって言っちゃ。ア、言ッチャタwww」

「君ぃ」


 ミケ子くんを見て、ゴリさんが苦い顔をする。

 ナンセンスをナンセンス消費した少年は、両脇を抱えられて連れていかれた。


 今や、このような光景は日常となった――



 だが、それからもナンセンスは消費され続け、緊急事態宣言から約半年後のある日、ついに最後の一個が使われる。


 その瞬間、この世から、その言葉は消えた。


 それ以降、人々は、「センスがない状態」のことを表現することができなくなった。

 世の中は、未曽有みぞうの大パニックになると予想された。

 国会は混乱。経済は麻痺し、株価は暴落。町の治安は悪くなり、SNSでは、カレー屋さんをさらしたり叩いたりなどなど……。


 だけど、実際は、何の混乱も起きなかった。

 だって、パニックになって誰かや何かに怒りや不満をぶつけたり、ちょっとした言葉尻をつかまえて叩いたり、SNSで誹謗中傷を繰り返したり……。そんなの「センスある」ことじゃないからだ。


 どういうことかって?今や町中まちじゅうに大量のアレがあふれているのだ。

 何がって?カレーに使われなかった「センス」の部分がである。


 要するに、センスあふれる世の中になったのだ。

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