第3話「新人研修」
――とある研修施設・男子トイレ。
「あ~、今日も疲れたぁ」
僕は、便器の前に立ち、天井を
「な」
左隣から一言、
ここは郊外にある企業向けの研修施設で、新入社員の僕らは、ここで新人研修を受けていた。
「でも やっと明日で終わりだよ」と僕。
「そうだな」と青木。
「そうだ、知ってる?この前 講習に来てた先輩が言ってたんだけどさ。この施設って
僕がそう言うと、青木は肩を揺すって笑った。
「なんだよ、それ」
「ここって、もとは、バブル(?)の時代に建てられた旅館らしいんだけどさ」
「あ~。廊下の
「その時に色々とあったらしいんだよ」
「いろいろって何よ?」
そうやって話しているとき、右側からクスクスと笑い声がした。
「やめろよww」
誰かと話しているような声がする。
ちらっと視線を走らせると、右端の便器に一人誰かがいた。
僕は、無視して青木と会話をつづけた。
「
「出る?それってユウレイってこと?」
「そう。誰もいない部屋から うめき声が聞こえたり、落ちていく人影が見えたり、夜中に廊下から足音が聞こえてきたり……。先輩方がいろいろと体験してるらしい」
「バブル崩壊で経営が立ち行かなくなって、多額の借金を背負って……。あの時代は いろいろとあったもんなぁ」
「やめろよww」
まただ。
僕は、もう一度 右を見やった。
「やめろって、飛び散っちゃうからwww」
僕は、そいつを思わず二度見した。
そいつは、一人だ。なのに、まるで誰かと ふざけ合っているように、独りで話している。
「ヤバ」
思わず、心の声が漏れてしまう。
「そう。だからさ、俺、言ったんだよ。それじゃあ お前、着の身着のまま木の実ナナだぞってさ」
そいつは、隣に誰かいるように話しつづけている。
「な。アイツ見てみ」
僕は、右に顔を向けたまま青木を呼んだ。
「ん?」
「誰もいないのに、独りでしゃべってる……」
「ホントだ」
「あ、あの~」
僕は、恐る恐る声をかけてみた。
「え?あ、ハイ」
そいつは、素に戻ったみたいにキョトン顔を向けてきた。
「誰と、しゃべってんの?」
「あ~。いや、このトイレ暗いし怖いから独り
そいつは、照れるように笑った。
「なんだ。びっくりしましたよ(でも、こいつ誰だっけ?研修で見かけなかったな)」
「www。ごめん。驚かせちゃったね」
そいつは、クスクスと笑った。かと思うと、すっと真顔になった。
「でも。君も、だよね?」
「え?」
そいつの目線は僕の奥、青木に向いていた。僕も、つられて左を見る。
今までしゃべっていたはずの青木が、いなかった。
一瞬、空間を
そして、かすかに廊下から足音が聞こえてくる。スリッパを引きずるような音が、ゆっくりとこちらへ。
「ねぇ、この足音ってまさか」
そいつが、
「まさか。そんなわけないよ。ただの人だって。僕らみたいに、トイレかなんかじゃない?」
僕は、あえて
「すぐそばまで来てるよ」
「だ、だいじょうぶだって」
足音は、トイレの入り口に近づき、そこで止まった。
僕は、息を殺したまま、首だけねじって、右後方の入り口を
「あ、お疲れっす。トイレにいたんだ」
現れたのは、青木だった。
「え?今こっちに……、えっ?今までしゃべってたよね?」
「は?」
青木は、首をかしげると、
「て言うか、お前こそ、今 誰としゃべってたの?」
「え?いや、こいつと」
「こい、つ?」
トイレには、僕と青木の二人しかいなかった。
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