第12話「教授の“明日から使える数学講座”~助手くんとコーヒーを添えて」【コメディ】

 とある大学の教授室。


「教授!お話とは何ですか?」

「待っておったよ、助手くん。我々は、数学が いかに日常で役立つかを多くの人に知ってもらうために、日夜研究をしておった……」

「そうですね。数学って聞いただけで難しいって嫌厭けんえんされがちですもんね、教授」

「そこでじゃ。今回は いつもとは違う試みをしようと、この前、ビデオを撮ったじゃろ?一緒に見て、感想を聞かせてくれんか?」

「ビデオって言い方、古いですよ、教授。イマドキは動画って言うんですよ」

「ビデオで いいじゃないかね。ビデオキャメラで撮ったんだから」

「キャメラって……。わかりましたよ。で、どんな内容なんですか?」

「……」

「どうしたんです、教授?」

「いや、別に……。内容はな、日常の様々なシーンでの数学の活用例をケースごとに撮影したものじゃよ」

「それは いいアイデアですね」

「さらに、内容も中学レベルの数学を扱っておる」

「あ、それなら多くの人も取っつきやすいかもですね」

「ふむ、ところで助手くん。中学数学で、最初に何を習ったか憶えておるか?中学一年生で はじめに習うことと言えば……?」

「ええっと。たしか数直線とかじゃなかったですか?マイナスの概念とか、まず習いますもんね」

「ピンポンじゃ!そのマイナスの概念を日常で生かしていこうというものじゃ」

「へぇ。でも、具体的に、どういったものなんです?」

「ふむ、例えばじゃが、2日後のことをマイナスの概念で表現すると なんて言う?」

「ええっと、2日後ってことは、(+)2日後って意味になりますよね。マイナスすると、-二日後、いや、はひっくり返るから……、そっか!-2日前、じゃないですか?」

「その通りじゃ。その考え方を日常会話に取り入れて、役立てようということじゃ」

「う~ん、ちょっと想像できないですけど」

「論より証拠じゃ。実際の映像を見たら分かると思うぞ」

「そうですね。見てみましょう」

「うむ。では、さっそく流すぞ。あ、ちなみに出演してくれているのは、みな、演劇サークルの学生たちじゃよ」


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 学内のカフェにて。二人の女性が会話している。


「ねえ、そういえば、最近ダイエットはじめたって言ってたよね?調子はどう?」

「それが、全然痩せないんだよねぇ」

「そうなの。でも、もともと細いんだし、あんまり無理する必要はないんじゃないの?」

「えぇ、そうかな。でも、これから薄着の機会も増えるしさ……。て言うか そっちはどうなの?」

「え、あたし?全然、ホント全然だよw」

「え~、そうなの?お腹周りも スッキリしたように見えるけど」

「ホントに全然だってwwこの前、体重量ったら-3キロも増えてたしぃ」

「へぇ」


 二人、カメラ目線でニッコリ。


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「どうじゃ、助手くん!ダイエットが上手くいかない友人に、3キロ減量できたと言うと自慢みたいになってしまうじゃろ?その点、この言い方なら角も立たない」

「いや、どうかな……。かえって微妙な空気になりませんか?」

「なぜじゃ!?」

「なぜじゃって、こんな回りくどい言い方したら、余計に嫌味ったらしいですよ。それならストレートに言ったほうがいいと思うけどな。最後の女性の『へぇ』も、なんか『あ、3キロ減ったって、こと、ね……』みたいな、変な感じ出てましたよ?この後、きっと無言ですよ」

「そ、そうなのか……?ならば、次のを見てくれ。ネットの世界では、相手を言い負かすことを論破と言って持てはやすのじゃろ?次は、自分の立場が危うくなった場合に、数学の知識で乗り越えようというものじゃ」


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 とある公園。噴水前に若者が立っている。誰かを待っている様子で少々不機嫌である。そこへ約束に遅れた相手がやって来る。


「おい!お前、遅いよ!30分も待ったぞ!」

「やっと来たね。行こうか」

「やっと来たね??どういうことだよ?待ってたの俺の方だろ」

「いや、僕の方だよ?」

「嘘つけ。俺、ずっとここにいたんだから。お前、今来ただろ?今北産業だろ?」

「いいや。僕は、-30分先に着いていたよ?」

「え?」

「-30分も、この僕を待たせて。悪い子だ。謝罪してもらおうか?」

「あ~、ごめん」


 二人、カメラ目線で真顔。


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「どうじゃ!中学数学の知識で無双じゃ!」

「いや、こうはなりませんよ!」

「なっ、なぜじゃ!?」

「『いや、それ30分遅れたってことじゃねぇか!』って言われて終わりですよ」

「うぅむ。近頃の学生は……」

「近頃関係ないですよ、まったく」


 そう言って助手くんは、コーヒーの入ったマグカップに手を伸ばした。だが、指がマグカップの取っ手をすり抜けてしまった。

 びっくりして自分の手を見た助手くん。その手は透けていた。


「どうなってんの?あれ?て言うか教授」

「どうしたのじゃ?」

「教授も、なんだか身体が透けてませんか?」

「やっと気づいたか、助手くん……。実は、我々はな、-2日後まで生きていたんじゃよ」

「それって、つまり2日前に死」


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「教授~!まだ撮るんですか?」


 動画の外から声がした。


「当たり前じゃ、助手くん。今度は、数学を使った上手な告白の仕方を撮影しよう」

「本当に大丈夫かな」


 助手くんがフレームインしてビデオキャメラを持ち上げた。


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「そうだ。僕がカメラを回してたんだ。それで、この後……、あっ!」

「思い出したようじゃな」


 教授は、優しく微笑みながら、ゆっくりと消えていった。助手くんも、同じように消えていくのだった。

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