第27話「猫っ魂〈ねこったま〉:前編」【ファンタジー】

「弱ったなぁ」


 ベッドの上で、白猫が丸まって寝ている。

 ウチの猫じゃない。わたしんちペットいないし。


 いや、そんなことよりも問題なのは、この猫が、半透明だってことだ。ベッドの柄が透けてる。


 猫の、幽霊?



 夜、テスト勉強(二学期の中間)で机に向かっていると、背後に何やら気配を感じた。何気なく振り返った時には、わたしのベッドの上で、この半透明の白猫が、スヤスヤと寝息を立てていた。


「おーい」


 ベッドの前にしゃがみ込んで指を伸ばす。

 小さな頭に、恐る恐る指を近づけた。


 すると指が、猫の額をすり抜けた。なんとなく想像はしてたよ。


 ぱち──。


 おっ。起きた。


「〈…………〉」


 一瞬、見つめ合う。


 白くて美しい毛並みの透けた猫。その瞳は、春の空みたいな澄んだ水色だった。美猫だ。


〈みゃお〉と短く鳴いて、毛づくろいをはじめる。


「ねえ、君どっから来たの?どっかで死んじゃったの?」


 頭を撫で(るような仕草をし)ながら、わたしは その子に訊いた。


〈みゃお〉としか返事をしない。気ままに毛づくろいを続けている。


 それを見ながら、わたしは ため息を漏らした。


 あれ?何かある。


 白猫の下に光るものがあった。そっと指を伸ばしてつまむ。


「ビー玉──?」


 ──くらいの大きさの丸い玉だった。玉の中で、キラキラ輝く白い粒子が ゆっくりと動いている。まるで星雲が閉じ込められているような不思議なビー玉だ。


「きれい……」


 思わず顔を近づけて。


「臭っっ!!」


 思わず顔を背けた。変なにおいがする。それと、なんか ぺとぺとしてる。なにコレ!?


「これ、君の?」

〈みゃお〉


 白猫は、意味ありげな視線をわたしに向けると、ぴょんと飛んで、ベッドサイドのカーテンを、さも当然のように すり抜けて消えた。


 カーテンをめくり窓を開ける。


「うぷ──!」


 強い風が吹き込んできた。ちょうど台風(いや、温帯低気圧に変わったって言ってたっけ?)が通っているのだ。

 雨はひどくないけれど、風が強くて、夕方から窓がカタカタと揺れていた。


 白猫は、屋根の上に乗って、こっちを見つめて〈みゃお〉と鳴いた。


「ついて来いってこと?」

〈みゃお……〉

「はぁ……。わかったよ。玄関で待ってて」


 そう言うと、白猫は、屋根の上をスタスタと歩くと、軽やかに飛び降りて姿を消した。


 わたしの部屋は二階にある。こっそりと階段を降りると、玄関に干していたレインコートをつかんだ。


 そこで気づく。


「ヤバ。パジャマじゃん!」


 どうしよ。着替えてこようかな……。


〈みゃお〉


 ドアの向こうから催促さいそくの声。わたしはため息。


 ま、こんな嵐の夜に出歩いてる人なんていないか。誰かと会うこともないよね。そう言い聞かせる。


 きれいでくっさいビー玉をパジャマのポケットにしまうと、わたしは、高校指定のダッサいダッサいレインコートを着て、こっそりと家を抜け出した。




 猫に導かれて、誰もいない住宅街を進む。


 風は強弱を繰り返し、時折 吹く突風に よろめきながら歩いた。フードがめくれ上がって横殴りの雨がピチピチぶつかって痛い。


 砂でも ぶつけられてるみたい。砂ぶつけられたことないけど……。


〈みゃお〉


 先を行く白猫は、涼しげな顔してスタスタと歩いてく。


「物理無効っていいね」


 白猫と同じく物理無効の街灯の光が、斜め上から わたしを照らしてる。その光に出たり入ったり、乱舞する小さな雨粒が、金色にきらめいていた。


「きれい」


 光の中から、わたしは、暗い住宅街の様子を見やった。

 町が眠る不思議な時間帯。

 心が くすぐられたみたいに、わたしは笑った。


 夜っていいよね。特別な時間。夜に外に出るのって、ドキドキワクワクして小さなころから好きだった。見慣れた景色も違って見えた。近所を歩くだけでも、すごい冒険をしたような気になったもんだ。


 白猫が、民家の塀の上に飛び乗る。

 わたしの前には、民家と民家の間の隙間。道、ではないね。


「こんなとこ通れっての?」

〈みゃお〉と白猫はスタスタ行ってしまう。

「ったく、猫の恩返しじゃないんだから……」


 今年の夏休みにもテレビでやっていた『猫の恩返し』。実はDVDも持ってるんだ。小さなころ、よく空想したなぁ。あんな世界行ってみたい。冒険したいって。猫の国って楽しそうじゃん。

 けど大人に近づくにつれて、ドキドキワクワクとかじゃない感じで、だんだんと猫の国にあこがれる自分が出てきた。人間世界のこと全部捨てて、本当に猫になって猫の国で生きるのもいいかもな、なんて。ここから消えて別のとこ行きたい。なんてね。


 わたしは、おもむろに頭に手を置いた。耳が生えてきていないか確かめたのだ。

 今みたいに猫の国に憧れた時、昔から猫になっていないか心配になって確かめてるんだ。実は高校生になった今も。恥ずかしいから頭を掻くフリや髪を整えるフリをしてる。

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