第30話「ラーメン屋 de 推理」【ミステリー】

 わたしは猫のニャル美。九州の大学に通っていて、地元のラーメン屋でバイトをしている。


 今日は夕方からのシフトの日。いつものように更衣室で黒いTシャツと前掛けに着替えると、わたしは厨房に入った。


「お疲れ様です!ニャル美入りまーす!」

「うっほ!」


 シルバーバックのいかついゴリラが、巨大な鍋を かき混ぜながら うなずく。店長のゴリさんだ。

ここが わたしのバイト先。店長ゴリラの「ゴリラーメン」である。


「ラビ男先輩、お疲れ様です!」

「ニャル美くん、お疲れぃ!」


 彼は ウサギのラビ男先輩だ。同じ大学の先輩でもある。


「ニャル美くんが店に来てから一カ月くらい経つね。どう?もう慣れた?」

「人が多いと、まだ若干 あわあわってなっちゃいます」

「最初はみんなそうさ。複数の注文をさばくの、大変だもんね。でも不思議と慣れてくるんだよ。適応力ってすごいよね」

「もっとテキパキこなせるように なりたいっす!自分、ホテルマンを目指してるんですよ。ホスピタリティのある接客をするには どうすればいいでしょうか?」

「そうだなぁ。観察力を鍛えることかな?それと推理力」

「観察力に推理力?なんだか探偵みたいですね。でも、がんばりますっ!……あ」


 わたしたちの会話を、黙ってゴリさんが見ていた。


「うっほ!」

「ぁ~、ハハw」


 相変わらず、うっほしか言わないよ、この人。今のは、頑張れってことかな?


 店長は、基本的に「うっほ」で事をすます。


 わたしは、カウンター越しに店内を見渡した。カウンター席には誰もいないし、テーブル席も数席埋まっているだけだ。

 この時間帯はまだいてるんだけど、これから夕食時。一気に忙しくなるから、気を引き締めていかないとね。


 ジュジュ──ッ!


 そう思っていると、ラビ男先輩がギョウザを焼きはじめた。しかも十個。二皿分だ。


「ちょっ、ギョウザの注文なんて入ってないですよ?」

「ん?ホラ、あの席」


 ラビ男先輩の視線の先には、二名の男性客が座っていた。テーブルには まだ料理がない。これから注文するのだろう。


 でも、ギョウザを注文するかどうかなんて分かんないよね?顔なじみの客ってわけでもないし……。


「すいませーん!」


 考えているうちに、その席から声がかかった。わたしは、伝票を持つと注文を取りにカウンターの表に回る。


「ニャル美くん。テーブルをよく見るんだ。そしたら、俺がギョウザと予測した理由がわかるよ」


 ギョウザをひっくり返しながら、ラビ男先輩が言った。




「お待たせしました。ご注文伺います」


 わたしと同い年くらいの若い男性二人組だ。


「ええっと、ギョウザ定食二つで」と一人が言う。


 あ、当たった!ラビ男先輩、すごいっすー!でも、なんでわかったんだろ?


 そう思って、ラビ男先輩の言ったとおりテーブルを注視した。


 水の入ったコップが二つ。一人は、その上に割り箸を乗せてる。それから、二つの小皿も置いてある。中にギョウザのタレとラー油。あっ!なるほど、そういうことか!


「あの、店員さん?」

「はっ!?すいません!ギョウザ定食 お二つでしたね」


 いかんいかん。ホスピタリティ。


「麺の硬さは どうしましょう?」

「俺は普通で。ユウタどうする?」

「う~ん、じゃあマッチョで」

「普通とマッチョ。ええっと、ゴリラの背油チップスは どうなさいますか?」

「う~ん、俺はいいです。テツくんは?」

「自分も」

「ゴリラチップスはナシで」

「「はい」」

「かしこまりました!少々お待ちください。注文入りまーす。ギョウ定2・普通マッチョ・背ナシー!!」


 わたしが注文を読み上げると、店長と店員が応じる。


「「ありがとうございまーす!!」」

「うっほ!」




「な?」


 わたしが厨房に戻ると、ラビ男先輩が少し得意げに言ってきた。


「ふふw、わかりましたよ。小皿ですね?ギョウザ用の小皿を準備してたから、それを見たんでしょ?」

「正解。ちゃんと観察力を鍛えて、それによる推理をすれば こういう時に役立つんだよ」


 そう言うと、ラビ男先輩は、こんがりと焼き目のついたギョウザを皿に盛った。


「ホイ!ギョウザ二皿お待ち!」


 一分も待たせることなく、出来立てのギョウザを提供する。なんと言うホスピタリティ!


「行ってきますっ!」と わたしが皿を受け取る。

「ニャル美先輩、自分 持っていきますよ」


 カウンター越しに顔を出したのは、ハイエナの咲田希哲さきたきてつくんだ。高校生で、唯一の後輩くんでもある。


「いいの?悪いねぇ」

「大丈夫っす!」


 笑顔で皿を受け取ると、お客さんの席へと向かった。


「しっかりしてるなぁ」


 希哲くんは、金髪だし金縁のカクカク眼鏡だしイカしたピアスだし、最初ちょっと怖いなって思ったけど、実際は、とってもいい子だし仕事もさばけるのだ。

 それに、黒目がちで小柄で、どこか可愛げがあるんだよなぁ。




「ニャル美くん」

「はい」

「あっちの席の女の人、次どう出ると思う?」


 その女性は、テーブル席で一人でラーメンを食べていた。服装からすると会社員だろか?


「観察力と推理力で、ニャル美くんなら何を読み取る?」

「う~ん……。わたしがシフトに入った時には、もうラーメンを食べてたし。あ!お箸をどんぶりに置いてる。食べ終わって、お会計ってとこじゃないでしょうか?」


 そう言うと、困り顔をしたラビ男先輩は、人差し指を揺らしながら「チッチッチッチッ、甘いなぁニャル美くんは」と笑った。


 ラビ男先輩、ちょっとウザいっすー。


「彼女のどんぶりをよく見て。何か残ってるだろ?」


 そう言われて、わたしは首をのばす。


「あ、トッピングの海苔」


 どんぶりの縁にこんな形の大きな海苔が残ったままだった。


「海苔が嫌いって可能性も あるんじゃないすか?」

「海苔だけじゃない。彼女の注文は、ラーメンに煮卵のトッピングだった。ここからじゃ見えないけど、煮卵を半分残してるんだ。それに、通常トッピングのチャーシューも二枚の内一枚は まだ食べていない」

「ほ、ほへ~」

「それに、彼女の頭。よく見てみ?なんか気づかないか?」

「頭……?あっ、髪留めのゴム」


 それは、店が用意している髪をまとめるためのゴムだった。


「ラーメンの具材を残したままで、髪のゴムも取る様子はない。そして、これは、観察と言うより経験則による推理だが、彼女の挙動も、まだ食べ終わったという感じではない。どちらかと言うと、もう一戦交える顔だ」

「てことは?」

「ここまでの推理による結論は、あの客、替え玉をする気だっ!」


 キリッとした顔で、ラビ男先輩がわたしを見る。


「すいません」と女性が手を挙げる。


 希哲くんが すぐさま対応する。


「ハイ!」

「替え玉、お願いします」

「ぁリがとございますっ!!」


 希哲くん独特の「ありがとうございます」で、彼は深々と頭を下げた。


「麵の硬さはどうしますか?」

「ゴリマッチョで」

「かしこまりましたぁ!替えゴリマッチョー!」


 希哲くんの注文に、私たちも応える。


「「ありがとうございまーす!!」」

「うっほ!」


「また、ラビ男先輩の言う通りでしたね」

「だろ?お客の挙動は見逃さねぇ!」

「…………」


 そんなに見られるのって、逆に嫌かも~。逆にホスピタリティないかも~。


 得意げなラビ男先輩を見つめながら、わたしは思うのだった。




■■■おまけ■■■


 ハイエナの咲田希哲くんは、アニメや映画にもなっている有名な漫画のあるキャラをモチーフにしました。わかるかな?


 咲田希哲さきたきてつくんの名前を並び替えると……?



 読んでいただきありがとうございました。

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