第10話「迷子のさっちゃん」【ホラー】

 さっちゃんはね、今日 家族みんなで遊園地に遊びに来てるの。

 でも、トイレから戻るとお父さんとお母さんが、どこにもいないの。この芝生しばふのとこで待ってるって言ってたんだけどな……。いつもね、この芝生の広場で、お弁当 食べるんだ。


「さっちゃん」


 キョロキョロしてるとね、後ろから声をかけられたの。

 知らないおじさんが立ってて、笑ってた。


「おじさん、だれ?」って、さっちゃんは聞いたよ。

 そしたら「おじさんは、ここのスタッフさんだよ。さっちゃんだよね?お母さんたちが迷子センターで待ってるよ?おじさんと一緒に行こうよ」って言って近づいてきた。


 さっちゃんは、なんだか変だなって思ったよ。だって 遊園地の職員さんは、みんな 黄色のジャンパーと帽子を着てるもの。このおじさんは、背広を着てる。それも、よれよれで、すそなんかもほつれてる。



 ――この前ね、先生が言ってたんだ。


「最近、この小学校のまわりでも、怪しい男の人が目撃されています。みなさんも、十分に注意してくださいね?

 おうちに帰るときも、できるだけ一人では帰らないようにしましょう。『お菓子を上げるから ついておいで』とか。『お母さんの知り合いだから一緒に行こうよ』なんて言われても、知らない人には、絶対について行っちゃだめですからね~。いいかな~?」


 先生、そう言ってたの。


 その時、ミキちゃんともお話したよ。ミキちゃんはね、さっちゃんのお友だちなの。


「怖いよね」って ミキちゃんが言ったから、さっちゃんも「うん」って言った。

「誘拐されたら、変なことされるんだって。さっちゃん、知ってる?変質者って言うんだよ」

「へんしつしゃ?」



 ――おじさんがね、少しずつ、さっちゃんに近づいてくるよ。まるで飼育小屋のニワトリやウサギを追い込むみたいに……。


 このおじさん、なんだ!


 そう思ったら、とっても怖くなった。だから さっちゃんは、おじさんから逃げることにしたの。


 走って逃げたよ。だいじょうぶ!だって さっちゃん、かけっこ得意だもん。


 遊園地の門をすり抜けて、道路まで出てきたよ。ここの遊園地はね、さっちゃんの近くにあるんだ。バスで行けるの。


 あ!バスが来た!


 バス停に停まったバスに、さっちゃん、飛び乗ったんだ。バスの窓から後ろを見たら、おじさんは追って来てないみたいだった。


 よかったぁ。


 安心したら大きなため息が出ちゃった――



 バスは、バス停に着くたびに、いろんな人たちを乗せてく。中学生のお兄さんお姉さんやおじいちゃんおばあちゃんたち……。みんな思い思いにおしゃべりしたり窓の外を眺めたりしてる。

 バスに飛び乗った時は、心臓がバクバクしてたけど、さっちゃんも落ち着いてきたよ。ちょっと椅子から降りて張り紙を見ようかな。


 …………。


 うん!読めない字もあるけど、さっちゃんのおうちがある団地の名前が、ちゃんとあるよ。


「ここで降りたら、お家に帰れる」


 何も考えずに飛び乗っちゃったから心配してたの。だって このバス、見た目も、さっちゃんの知ってるバスと違うから、別な方向のに間違って乗っちゃったかと思ってた。けど違ったみたい。よかった。


「次は、夕日が丘団地入口~。夕日が丘団地入口~」


 運転手さんがそう言ったよ。さっちゃんのお家のある団地なの。



 中学生のお姉さんたちにくっついて、さっちゃんもバスを降りたよ。お姉さんたちは、さっちゃんに見向きもしないで笑いながら行っちゃった。

 でも平気。ここまでくれば、帰り道がわかるもん。


 だけど、なんか変だな……。


 よく知ってる道なのに、景色がなんだか変なの。

 ホラ、見て。この看板、この前までピカピカだったのに、こんなに錆だらけになってる……。ここのおうちなんて できたばかりだよ?でも、お庭は草ぼうぼうだし、かわらも色がはがれて、まるでおばあさんみたい……。


 でもね。歩いてたら、ちゃんと知ってる角まで来れたんだ。


「きっと、あの角を曲がれば」


 さっちゃんは、まっすぐ走ってったよ。

 角を左に曲がって、坂道を下ってく。


 やっぱり!ここは、さっちゃんのお家のある坂道だよ。ほら、ミキちゃんもある。さっちゃん家の隣がミキちゃん家なんだよ。ミキちゃんとはね、幼稚園の頃からの友だち。しんゆうて言うんだよ。でも 今 ミキちゃん家は、しんと静まり返ってる。だれもいないのかな?


 さっちゃんは、ミキちゃん家を通りすぎて自分のお家の前まで来たよ。

 壁の下からお家を見上げたの。そこにあったのは、オシャレでピカピカのお家だった。


「……ここ、さっちゃんのお家じゃない」


 おかしいよ。でもブロックも玄関にのぼってく階段も、さっちゃん家とそっくりなの。


「似てる別の家なのかな?間違って別の角を曲がっちゃったのかな?」


 迷ってるとね、坂道を登って、女の子が歩いてくるのが見えたんだ。

 見たこともない薄紫のかわいいランドセルの子。その子は、さっちゃんより ずっと年上みたいだった。きっと六年生だよ。


 そのお姉ちゃんは、なぜか さっちゃんのお家に入ろうとしたの。


「ねえ、お姉ちゃん。ここ、さっちゃんのお家だよね?お姉ちゃんは誰なの?」


 さっちゃんがそう聞いたんだけど、お姉ちゃんは何も答えてくれなかった。


「なんで さっちゃんのこと無視するの?」


 もう一度そう言ったのに同じ。まるで聞こえてないみたい。

 でも その時 お姉ちゃんがこっちを向いたの。


「おじさん、誰?」ってお姉ちゃんは言った。


 さっちゃんね、驚いて転んじゃったんだ。だって 振り返ったら、目の前に、あの おじさんが いたんだもの……。


 さっちゃん、あわてて立ち上がったよ。急いで お姉ちゃんの後ろに隠れたんだ。


「お姉ちゃん助けて!この人、へんしつしゃだよ。さっちゃん、このおじさんから逃げてきたの」


 おじさんは、お姉ちゃんとずいぶん距離を置いたまま、立ち止まって笑ってた。


「迷子になった子がいてね。その子を探してたんだ。さっちゃんっていう子でね、自分のこと、さっちゃんって言うんだ。お下げ髪の黄色いスカートをはいた女の子――小学一年生の子なんだけど……見て、ないかな?」


 おじさんは、ちらっと さっちゃんのことを見て、お姉ちゃんにそう聞いてた。


「知らない」って、お姉ちゃんが言ったから、さっちゃんはびっくりしたよ。

「えっ!?何言ってるの?さっちゃんはここだよ?」


 大きな声でそう言ったのに、お姉ちゃんは、やっぱりこっちを見てくれなかった。


「ここは、君の家かい?」って、おじさんが言った。

「そうだよ」って、お姉ちゃんはうなずいた。

「そっか。けど、新しく家が建ったんだね。いい家だね」

「うん。わたしも気に入ってる。クリーム色の壁も緑の三角屋根も可愛いし。あのベランダからの景色もいいんだよ」


 お姉ちゃんは、おじさんを警戒しつつも少し誇らしげに見えた。


「ここは高台だからね。眺めはよさそうだ」

「……」

「あ、急に話しかけてごめんね。おじさん、もう行くよ」

「うん。さよなら」


 お姉ちゃんは、そう言うと、家につづく階段を駆け上がって行っちゃった。


 さっちゃんは、おじさんと坂道に取り残されちゃった……。


「なんで、だれもさっちゃんのことが見えないの?」


 さっちゃん、悲しくなってきちゃった。

 だって バスの中でも、バスを降りてからも、あのお姉ちゃんも、みんな、さっちゃんのことが見えてないみたいに、まるで、さっちゃんなんか、ここにいないみたいに……。


「だいじょうぶ。おじさんには見えてるよ」


 おじさんは、そう言って、ゆっくりとしゃがんだ。


 まっすぐに、さっちゃんを見てくれてる。変な人だと思ってたけど、そうじゃないのかもしれない。


 さっちゃんはそう感じたよ。なにより、さっちゃんのことをちゃんと見てくれて、安心した。さっちゃんは、少しだけ、おじさんに近づいたよ。


「さっちゃん。一緒に行こう。お父さんやお母さんが、待ってる。ずっと心配してるんだ。おじさんね、二人に頼まれて、さっちゃんを迎えに来たんだ」


 そう言われて、まだ怖かったけれど、ゆっくり、さっちゃんはおじさんの前まで歩いたよ。


「ずっと走ってきたから疲れたでしょう?ゆっくり歩いて帰ろうか?大丈夫、時間はたっぷりあるから」

「おじさん。さっちゃんは……。さっちゃんは……」

「うん。怖がらなくていいからね。ちゃんとお母さんたちの元に送ってあげるから」


 おじさんは、立ち上がると、さっちゃんを見て、優しく笑いかけてくれた。そして手を差し伸べてくれた。


「いこう」

「…………うん」


 今はもうない さっちゃんのお家。お父さんやお母さんと一緒にすごしたお家。その場所を、最後にもう一度だけ見上げてから、さっちゃんは、おじさんと歩きはじめた。



 いこう。

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