第14話
安藤くんに案内されて、ひとり掛けのソファが置いてあるコーナーへ渋々移動した。もう別の場所にいきたい。展示場はもう十分という気分。これまた大量のソファが並んでいる。わたしは安藤くんに見つからないようにお尻をなでた。
「四角い感じで黒いので金属フレームということで、まずはル・コルビュジエなんてどうでしょう」
目の前には、ほんとうに四角い、キューブな感じのソファがあった。ひじ掛けも四角いクッションになっている。座面、背もたれも四角いクッションで、ピカピカの金属のフレームがそれらをまとめている。うむ、わたしの部屋に置いても違和感はなさそうだ。これの三人掛けにすればいいかもしれないと思いながら腰かけてみる。ああ、三人掛けにはない密着感。寂しくない。これで正面に四角いテーブルを置けば、形としては完成になる気がする。でも、ごろんと横になることができない。ひとり掛けなのだからあたり前だ。
お値段は。アクリルの小さな看板にあった。十万円くらいする。いや、長く使えるし、くつろぎの時間のためだ、そのくらいは覚悟しないといけないのだろう。三人掛けになると二十万くらいしそうだ。
「リプロダクトだから手が出る値段ですよね」
「リプロダクトってなに?」
「えっと、デザインしたのがずっとまえで、独占の権利が期限切れになったので、デザイン料払わなくてもほかの会社が作ってよくなったってことです」
「ふーん、著作権切れでただで青空文庫の小説読めるみたいな?」
「ま、そうですね。作る会社は利益をとりますけど」
「じゃあ、正規品はもっとずっと高いんだ」
「お高いでしょうね。正規品の値段は知りませんけど」
「じゃあ、次」
「次行きます?」
「あるんでしょ?」
「自信はないですけど、四角をちょっとかえて、球体っぽいのはどうでしょう。ということで、これ。エーロ・アールニオ」
「なにこれ。わたしの部屋にはまったく似つかわしくない」
「ひとつくらい丸いのがあってもいいじゃないですか。ソファは部屋の主役ですからね。この赤い部分は黒バージョンもありますよ」
白いボールを斜めに切って、中にすわれる場所をつくったみたいなソファだ。ボールには足が取り付けられていて、安定して立っている。これは問題外だ。
「音楽聴いたり映画観たりするのに、こんな壁がせまってたら音がよく聴こえないじゃない」
「あ、そうですね。そこは問題なんです。むしろ外の音をシャットアウトして自分の世界に浸れるっていうソファなんですね」
「はい、次」
「すわってみないんですか」
「無駄」
「次は、こっちです。ちょっと似たデザインで、でもまわりの壁はないって感じで、アルネヤコブセン」
ほんとうだ。さっきのソファの内側をとりだしたという感じのソファだ。底の部分から背中にかけて輪郭が丸くなっている。左右の方向にも丸みがついている。でも、背もたれに耳がついたように飛び出ている部分はあるものの、さっきのように頭の周りをかこむようにはなっていない。音の面では問題ないだろう。すわってみる。お尻から背中にかけてのホールド感は抜群だ。ひじ掛けがひじをかけるようにはできていないみたい。安定感にかける。減点だ。デザイン性も主張が強すぎる。わたしの部屋向きではない。
「ひじ掛けがイマイチですかね」
安藤くんもわかったらしい。
「最後は、本命です」
「そう。期待してない」
なにかいいたげに、次のソファに向かって移動をはじめた。すぐ近くだった。
「エーロ・サーリネン。こんどはオットマン付きです」
「オットマンって、この足置き台のこと?」
「そうですそうです。置いちゃってください。おみ足を」
今度のソファははじめから半分寝るような姿勢ですわるものだった。ひじ掛けは本体と一体になっていて、ちゃんと平らな部分がある。普通に安定する。オットマンに足をあげる。ああ、これはいい。
「安藤くん、食事はどうやってするの?」
「サイドテーブルにサンドウィッチでも置いて、軽くつまんでください」
「わたし、そんな生活してないんだけど」
「じゃあ、オットマンは横に置いておくことにして、食事は普通にテーブルを置いて食べてください」
「背もたれなしなの?なんか貧乏くさくない?その図」
「いいじゃないですか、さっきまで音楽と映画しかいってなかったでしょ。いままで通り、ディスプレイに向かって食べるとか」
「さっきまでのはこんなにずっこけてなかったから、食事を普通に食べられそうだったもん。せっかくソファ買うのにディスプレイに向かって食べたくないし」
「音楽と映画には最高なのに。じゃあ、食事は床にすわって食べてください」
「それも、今と同じでしょう?」
ソファを買って使うのはわたしなんだから、わたしの好みのソファを探してくれればいいのに、もうなんなの!安藤くんがほしいソファなんじゃないの?好みをおしつけられたらたまったもんじゃない。
「もう今日はいいよ。ソファはまたあとで考える」
「せっかくきて、こんなにいっぱいソファあるのに、ちょっと見て終わりなんてもったいないですよ」
「だって、せっかくふたりできたのに、ひとりでいろいろ見なくちゃいけないんだもん。安藤くんわたしのほしいのと全然ちがうの押しつけてくるんだもん」
なにかいいたげというか、声に出さないでいっているというか、すこしのあいだ口をもごもご動かしていたけれど、言葉は飲み込んでしまった。すみませんと小声で言って、じゃあ帰りましょうとゆっくり出口方面に向かって歩き出した。わたしは無言でうしろをついていった。
気まずい雰囲気のまま電車に乗って最寄り駅までもどり、改札でわかれて帰ってきてしまった。
それで、連絡はひとつもこなくなった。
週がかわって週末になっても、安藤くんから連絡がない。もうこのままメールを寄こさないつもりなのだろうか。わたし、そんな大きな失敗したかな?ソファで意見が対立したことって、そんな重大なことかな?たしかに休日を費やして、交通費をかけて、ソファ選びに付き合ってくれたんだけれど。それなのに、わたしが求めているものと、安藤くんが勧めてくるものが合わなかった。わたしはふたり仲良く、ああでもないこうでもないといって歩きまわりたかったのに。バラバラになって、対決みたいになってしまった。わたしがそうしようって言ってしまったのだ。慣れていないのだ、男の子と仲良くすることに。小学生みたいに意地を張って、それで好意を示しているような気になってしまうのだ。わたしが成長していないだけで、安藤くんが悪いわけではない。ここはわたしが折れるべきなのだ。わたしからメールすればいい。
時間をかけて内容を吟味し、何度も修正を加えてメールを作成した。送信するときは勇気が必要だった。
けれど、一週間待っても返信はこない。これって、もうわたしと関わりたくないってことなんだろうか。いや、ネガティブに考えてはいけない。そう、なにか事情があって返信できないのかもしれないではないか。ケータイの電池が、いや、なくなったら充電すればいい。ケータイが壊れた。そうだ、それで番号とアドレスがわからなくなった。マンションを知ってるんだから直接こられるか。えーと、えーと。事故。事故にあって記憶喪失になっているのかもしれない。わたしのこと忘れちゃってる?ああ、どうしよう。どうやったら再会できるの?わたしが有名になってテレビや雑誌にいっぱい顔がでないといけない?そんな昔のマンガか韓国ドラマみたいなことは現実にはなさそうか。
メール!着信音が鳴った!サトミちゃんからだった。がっくり。結婚式のときの写真を共有するためのアドレスを知らせてきたのだった。今頃?ノンビリしてるな、サトミちゃんは。みんなそんなことはもう何週も前に済ませちゃってるのに。
パソコンでクラウド上のサトミちゃんのアカウントにアクセスして全部ダウンロードした。スライドショーで眺める。華やかな雰囲気、みんな自信ありそうに見える。仕事を見つけ、結婚相手を見つけ、人生の方向性をどんどん決めている。わたしはどうだろう。いまの仕事を四十年も続けたいだろうか、一生をともに過ごしたいと思えるような男性に出会えるだろうか。
サトミちゃんにお礼のメールを送信した。
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