第32話
プロポーズについてもいろいろあったのだけれど、それはふたりだけの秘密。人に教えちゃうのはもったいない。ともかく、わたしは幸のプロポーズを受け入れたのだ。
まさか、前回の大学の同級生が結婚したつぎが自分の番になるとは思わなかった。晩婚化というやつ?幸もわたしも、式とかいうものが嫌いだから、結婚式はなしで披露宴という名のパーティを、レストラン貸し切りで催した。変に演出された披露宴もやりたくなかったから、出席者をふたりで紹介してまわるというパーティにした。ケーキカットもキャンドルサービスもなし。出し物をやりたいという人がいたから、それはやってもらうことにした。
出し物を見ながら食事をはじめる。気の弱そうなカメラマンと、おそろしく整った顔立ちの女性が連れ立って席にやってきた。
「カズキさんと奥さんの祥子さんだよ。カズキさんはプロのカメラマンなんだ。今日はありがとうございます」
「ぼくは風景が得意というか、風景しか撮れないんだけどね」
「大丈夫、前にも結婚式のカメラマンやったことあるから」
本人より奥さんのほうが自信ありそうな雰囲気だ。こういう奥さんいいな、旦那さんのこと本人より高く買ってるんだ。わたしも、お世話になりますと挨拶した。
「おふたりとは、例の喫茶店で知り合ったんだ。常連さんだったんだよ」
「ハーデースの飼い主がマスターだった」
「そうそう、喫茶黒猫」
「はじめ猫いないのに黒猫なんて名前で、変な喫茶店だって思ってたらマスターが拾ってきたの、黒猫の赤ちゃん。黒猫って名前、マスターがつけたわけじゃないのに」
「聞いてますよ、お客さんもマスターも変な人ばっかりだったって」
ふたりは照れ笑いをした。べつに褒めてないと思うけれど。
「もう営業してないんですよね、喫茶店」
「残念ながらね」
幸は、そのころのことを懐かしむ表情になった。
「わたしもいってみたかったな。師匠のコーヒーも飲んでみたかったし」
みんなが微笑んでいる。幸のコーヒーのいれ方は、黒猫のマスター直伝なのだ。
「いまでも、オーナーたちがたまに特別営業やるから、そのとき来たらいいですよ。内容はそのときどきでちがうけど。ぼくも個展やらしてもらったことがあるんだ」
「そうそう、ふたりでハワイに行ってナイトレインボー見たんですよ」
もうカズキさん祥子さん夫婦と仲良くなったような口調になっている。
「いいねー」
「わたしも見たい」
「またカナとイチゴちゃんと沙希さん連れて?」
「旦那さんは?忘れたらかわいそうだよ」
「そうそう、沙希さんと離れられないみたいだからね、メンバーにいれてあげよう」
「また、ミカンついてきたりして」
「仕事の撮影でスイスにいくのに、もう一人のカメラマンの沙希さん家族とふた家族で出かけたんだ」
事情のわからないわたしたちは、ぽかんとアホ面をさらしていたみたい。
「いいなー、カメラマン」
仕事でスイスなんて。家族まで連れて。
「いや、幼稚園児ふたりも一緒だったから、大人はけっこう大変だったんだけどね」
「わたしの妹も同じ時期にヨーロッパ旅行してて、スイスで合流したの」
「すごい。わたし一人で海外旅行なんて想像もできません」
「仕事もうまくいったし、ちょっとトラブルもあったけど、旅行も成功だったよね」
祥子さんがあいづちをうつ。
「あと、ジャズのライブとか。オーナーたちの趣味でいろんなことするの」
「ね、幸。その特別営業のとき、わたしも連れてって」
「よろこんで。祥子さんも小説家なんだよ。サトミさんも小説書いてるんだよね」
「サトミちゃんは売れない小説家だよ?」
「ひどい」
「でも、本当だもん。美都加奈っていうペンネーム。聞いたことないでしょ」
「祥子も、年に何冊も小説書かないといけないから、まだかけだしって感じだよね」
「かけだしでもないけど。一部の売れっ子しか儲からないんだよ、小説書いても」
「ペンネームはなんていうんですか?」
「秘密。プロフィール公表してないの」
犯罪の打ち合わせでもするかのように、あたりを見回し、声を落としている。こういうところが小説家らしい。
「じゃあ、撮影するよ?」
ふたりで撮影してもらったり、祥子さんにもはいってもらったりした。出し物が切り替わって、またそっちを撮らなくちゃといってふたりは去っていった。
大学の同級生たちもやってきた。
「芽以がこんなに早く結婚するとは思わなかった。悔しい」
「本当。しかも年下なんて」
「ねー。頼れる年上のオジさまと結婚しそうだって思ってたのに」
「わたし、幸にはお姉さん風吹かせてるの」
「きゃー、斜め上すぎて想像できない」
「わたしも年下探そうかな」
「あんたは旦那いるでしょうが」
「取り替えることもできるんだよ?旦那は」
女が集まると、嵐のようなオシャベリになる。幸は嵐のど真ん中でしばらく茫然自失していた。
「じゃあ、芽以に飽きたらお姉さんが遊んであげるからね」
「こらー」
わたしはフォークとナイフをもった両手をあげて威嚇した。
「旦那はどうしたの」
「もう空気みたいな存在」
「ああ、排ガスで汚染されちゃって」
「ひどっ、他人に言われるとムカつく」
「それじゃ、またね」
嵐がやっと去っていった。
「メイつぁん、後日取材デス。メールするデスヨ」
「え?ああ、うん。メールね」
みんなのあとを追っていってしまった。サトミちゃん、取材ってなに?小説のネタにしようってことかな?まあ、メールがくるんだから気にしなくてもいいか。幸もこっちを見ている。わたしは肩をすくめた。
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