第33話

 サトミちゃんの実家のある町へやってきた。幸も一緒。駅に迎えにきてくれるということで、改札で待ち合せていた。サトミちゃんは先にきていて、改札につくまえから手を振ってくれた。

 サトミちゃんはまえにもかぶっていた耳当てつきのキャップをかぶっている。今日もツインテールがキャップから飛び出している。かかとのない革靴にソックス、七分丈のチェックのパンツにサスペンダー、白いブラウスにケープを肩にかけている。もう秋も終わるというのに、すごく寒そう。イギリス人が狩に出かけるようなイメージだ。猟銃を肩にさげてはいない。

「ようこそサトミの町へ」

「サトミちゃんの町なの?偉いの?」

「なにもしてないデスヨ。こっちデス」

 日帰りだから荷物はあまりない。サトミちゃんについて歩くと、ここがセンパイとはじめてシャベった記念の場所デスと案内された。サトミちゃんの思い出ツアーはいらないと断って、小説を先に進めてもらうことにした。ロータリーちかくの駐車場に連れていかれ、車のドアを開けてくれる。

「乗るデス」

「サトミちゃんの車?」

「サトミは実家に帰ったときしか乗らないデス。都会暮らしには邪魔デス。親の車デスヨ」

 幸と一緒にうしろに乗りこむ。

「サトミちゃん車運転できたんだね」

「地方の人間は車がないと生きられないデス。大学はいった年に親が免許取らせてくれたデス」

 犬が助手席に乗っている。車に乗る前にウィンドウ越しに見えていた。おとなしく席にすわっているから置物っぽいけれど、しっぽが揺れていて生きていることがわかる。前の座席に身を乗りだして見ても、ちらとこちらを見上げただけで、すこしも動揺を見せない。

「バセットハウンド犬デス。センパイにもらったデス」

「かわってるね、犬をくれるなんて」

「センパイは特別デス」

 サトミちゃんはセンパイにベタぼれだから、どんなことでもポジティブに評価する。

「名前は?」

「ミミデス。女の子デスヨ?サトミの部屋はペット禁止だから親に預けてるデス」

「幸のアパートはペット可だったんだけどね。いまふたりで住んでるところはダメなんだ。ペット可のところ探そうね」

「苦労してやっと今のところ探したのに。二三年住もうよ」

「あ、でも転職して海外いくんでしょ?いま探しても無駄だね」

「海外行くデス?」

「そう、待遇がいいところ。日本はダメなんだって。そろそろ転職先探すの?」

「そうだね。せっかく結婚式が終わって落ち着けるってときなんだけど」

「ダメダメ。落ち着いてたら、アッという間にオジイさんになっちゃうんだから」

「芽以はオバアさんになんかならないもんね」

「うう。オバアさん」

「楽しくやってればオバアさんになるのも悪くないデスヨ」

 サトミちゃんの実家について、疲れたでしょうとお茶をごちそうになった。コタツにはいるのは久しぶりだ。

「サトミのうちは、お茶に和菓子が多いデス。お饅頭おいしいデスヨ」

 お饅頭はこしあんだった。大好き。

「一服したら、散歩に行くデス。ミミは散歩が好きデス」

 サトミちゃんはリードを幸にまかせて、お散歩セットの手提げだけを手にもっている。堀があらわれて、堀に沿って歩く。

「こっちはセンパイの実家のお寺デス。おじいちゃんもおばあちゃんも、亡くなったらここのお墓にはいるデスヨ」

「健在なんでしょ?」

「まだしばらくは元気そうデス。サトミはおじいちゃんとおばあちゃんに育てられたデス。小説を書いたお金で生活できるようになったら、実家にもどるか近くにアパート借りるつもりデス」

「へー、でもセンパイは?大学なんでしょ?」

「センパイもいつかこっちにもどってくると睨んでるデス」

「なるほど、そちもワルよのう」

「そしたら毎日お茶しに行くデス。くっくっく」

 本当に悪そうな越後屋の表情になっている。ストーカー騒ぎにならなければいいけれど。

 散歩の目的地は大きな公園だった。なかにドッグランがあるのだ。サトミちゃんはミミのおもちゃを幸におしつけて、遊んでいるように申し付けた。わたしはサトミちゃんとベンチに腰かけてそれを眺めることにした。

「サトミちゃんがいってたとおりだったよ。安藤くん、あのあとすぐ亡くなったんだ」

「メールで見たデスヨ」

 会って話したいと思ってたことが口をついてでてくる。サトミちゃんも話を聞いてくれるつもりだったのだ。

「葬式には出たデス?」

「出ないよ?亡くなったと思われるときにね、またハーデースがうちにきたの。そのときから幸のところにはもどらなかった。不思議だね。わたしわかったんだ。ああ、安藤くんがハーデースにのりうつって最後に会いにきてくれたんだなって。だから、安藤くんが亡くなったってわかったし、お葬式でもう一度安藤くんに会いたいとは思わなかったんだ」

「世の中には不思議なことがあるものデス」

「うん。それでね、お葬式にでなかったから、かわりにご両親に会いに実家に行ったんだ」

「ほう、そうデス」

「うん。それでシーディーがつまった段ボールを二個もらってきた」

「音楽好きだったデスカ」

「メタル。それからクラシックとジャズも。亡くなる前に身の回りを整理してたみたい」

「ヘビメタデス?」

「ちがうよ、へヴィー、メタル。略すときはメタル。日本でヘビメタっていうのとは違う音楽なんだって」

 わたしも聞きかじっただけの知識だけれど。

「なるほど、オペラとオペレッタはちがうみたいなものデス」

 わたしは首をかしげた。わからなかったのだ。

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