第23話

 サトミちゃんは、ゴスロリというのだと思うけれど、フリフリの服でいつものツインテールをしてあらわれた。さすがサトミちゃん、一般人とかけはなれた感覚をしている。わたしは、奇抜なファッションをしていてもツッコまないくらいにはサトミちゃんに慣れている。

 わたしたちは、前回と同じオシャレっぽい居酒屋にはいった。都会の居酒屋のこと、サトミちゃんのファッションを見ても店員はすこしも動じなかった。

「解決編が三つもあるミステリですか。新しいかもしれないデス」

 前回、ソファでケンカ事件のあとに会って話していたから、プルートになった夢を見たと安藤くんが答えた話はしてあった。サトミちゃんは夢オチ使えないといっていた。いま、ハーデースに話を聞いたという答えと、幽体離脱してハーデースにのりうつっていたという答えをサトミちゃんに話したのだ。

「ま、新しいといっても、サトミ小説読まないからウソかもデス」

 サトミちゃんは元文芸部で小説をいまも書いているというのに、小説が好きではない、小説を読まないという。それでも小説って書けるものなのだろうか。やっぱりサトミちゃん自身と同じで、個性的な小説に仕上がっているのかもしれない。

 サトミちゃんは、つくねが三個刺さった串からひとつを箸で抜き取って口にいれる。わたしもつくねが好きだから、つぎに続く。

「ふざけてると思わない?それに夜に虹だっていうんだよ?で、わたしに見えない猫をなでながら、じつは手術を受けたんですだって」

 串から抜いたつくねを頬張る。イライラが甦って力強くかみつぶした。

「それはウソなんデス?」

「なにが?虹?猫?」

「手術デス」

「ああ。手術は知らない。お腹見なかったから」

「そうデス。まだそういう仲じゃないデス」

「ぜんぜんだよ。だってからかってただけなんだもん」

「からかってたって白状したデス?」

 つくねは人気だ。サトミちゃんはつくねをくわえて串を引き抜く。

「そんなのメーハクだよ。直前には、わたしに頭おかしい格好させてたんだよ?からかってたに決まってる」

 サトミちゃんが食いついてきた。参考にしようとでもいうのだろうか。わたしなら、おススメしない。どんな格好だったか話しているうちに気づいた。頭おかしい格好なんて、サトミちゃんを前に言ってはいけないことだった。本当にわたしはケアレスミスが多い。そんなことには少しも気づかないフリをしてつづける。

「星だってよく見えない空に両手広げて虹ですよだよ?雨でも降りだしたかと思ったっつーの」

 雨を確認するように手を広げてから、ピリ辛焼きビーフンを箸で小皿にとる。

「それツッコまれてなんて言ったデス?」

「なんていったろ。うーんと、なんかわたしのせいで見えないんだって感じ。メガネかけろって」

 ビーフンをすする。ピリ辛でおいしい。ビーフンのぷちぷちした噛みごたえもよい。ピリ辛がビールによくあう。

「ナイトレインボーという現象は本当にあるデスヨ」

「そうなの?」

「サトミ写真集もってるデス。でも、日本で見えた話は聞いたことないデス。写真集はハワイで撮ったって書いてあったデス」

「サトミちゃん、写真にも興味あるんだ。ブンカテキー」

 またビールをあおる。今日は飲みすぎてもかまわない。

「写真見れば、そこに行かなくても小説が書けるデス。お安い御用なのデス」

「んん!なるほど、そういうことかー」

「それにしても、なぜメイつぁんをからかうデス?三つの答えが全部ウソなら、どうやってプルートのこと知ったデス?ミステリはミステリのままデス」

「サトミちゃんは?謎解けないの?」

「そんな頭脳があれば傑作ミステリ書いてるデスヨ」

 ビールのグラスを見つめて、しばし物思いにふけるような表情になった。

「でも、ナイトレインボーと、メイつぁんに見えない猫は、もしかしたらってアイデアがあるデス。でも、あまりよいお知らせではなかデスネ」

「どういうの?」

「聞きたいデス?悪いお知らせデスヨ?しかも、確かではなかデス」

「どう悪いの?」

「最悪、アンドしゃんの命がもうないデス」

「うそっ。それで、わたしのことからかってるんじゃないっていうの?」

「メイつぁんのことは、からかう理由がないと思うデス」

「言って。サトミちゃんのアイデア」

「幻覚デス。もし手術したのが本当なら、脳に影響がでて、虹とか猫とかの幻覚が見えてたと考えるデス。幻覚が見えるほどということは、かなり悪いと思うデス。命にかかわってるデス」

「じゃあ、手術してなかったら?」

「精神障害による、幻覚デス。でもやっぱり脳の病気かもデス。どっちもあるデスヨ。精神障害の場合、命は大丈夫デス。でも、よくなるか、幻覚が見えたりするままか、もっと悪くなるかわからないデス。それと、サトミの考えが間違っている場合もあるデスヨ?アンドしゃんがからかってただけかもデス」

「そう」

「電話してみるデス」

 ケータイでかけてみても、でてくれない。次の手で、連絡をくれるようにメールを送信した。

「もうひとりの、猫の飼い主の子はどうデス?ヒラブンくん。本当のことを知ってると思うデス」

「どうかな、親友だから口止めされてたり、共犯だったりするかも」

「一番深刻な場合、メイつぁんにちゃんと話すと思うデス。そうじゃなければ、命は大丈夫デス。からかわれたと思って怒ればいいデス」

「命」

 心臓がドキドキして、緊張しているというか、あせっているというか。安藤くんが死んじゃうかもしれないなんて。間違いであってほしい。からかわれたっていう結果の方がいいよ。

「それにしても、三つの解答ともミステリとしてはボツなのデス」

「そうなんだ。読者納得しないか。わたしもいまいち納得しがたい」

 サトミちゃんがベンチシートのわたしの側に移ってきた。すこし奥にずれる。手をにぎってくれる。

「サトミには本当のことわからないデスヨ?プルートを知ってるってことを説明できる正解がちゃんとあって、サトミの考えは間違ってるかもデス。まだ不安になったり悲しくなったりするのは早いデス。ヒラブンくんに聞いてみるデス」

「でも、連絡先知らないんだった」

「おうちに行くデス」

「そうだね。家は知ってるんだからね。行ってみる」

 自分でもわけわからなくて。安藤くんはもう死んじゃうものと決まったような気分になっていた。これから地元にもどって平文くんの家に行ってみるといって、居酒屋を出てサトミちゃんとも別れた。

 平文くんは不在だった。

 絶望的な気分で家に帰った。安藤くんと公園にいたときにもっとよく話せばよかったんだ。からかわれてるって早合点して、頭に血がのぼって、それで後悔することになるんだ。早く安藤くんか平文くんと連絡がつけばいいのに。落ち着かなくて、部屋の中をぐるぐる歩きまわってしまう。そんなことで落ち着けるわけじゃないのに。これじゃ、檻の中のクマだ。

 翌日も仕事帰りに家にいってみたけれど、平文くんは不在だった。実験が忙しいのだろうか。ガッコウに泊まりこむこともあると聞いている。

 ひとり部屋にいると考えてしまう。どういうことだろう。なぜ平文くんがつかまらないのだろう。すべては、わたしをからかうための仕掛けだったのだろうか。本当は安藤くんと平文くんなんて人物は実在しなかったのだろうか。からかわれたということでも、安藤くんの命が失われるよりマシだ。

 夜、サトミちゃんからメールがきた。センパイに相談してくれたらしい。でも、センパイもサトミちゃん以上の考えはないとのこと。臨死体験で猫にのりうつったという話は聞いたことがないとも。センパイはおうちがお寺で、跡を継ぐことになるかもしれない人だ。臨死体験にも造詣が深いらしい。でも、プルートの謎はいいから、安藤くんのことを知りたい。

 水曜日になっても、平文くんはつかまらない。いよいよもって、安藤くん平文くん非実在説が現実味を帯びて感じられる。

 むしろ全部わたしの妄想だったんじゃないかと思えてしまう。プルートなんてベランダにやってこなかったし、安藤くんにも平文くんにも出会わなかった。ハーデースだってなでなかった。そんな気がしてくる。けれど、少なくとも全部妄想のはずはなくて、メールのやりとりは記録がのこっているし、黒猫のぬいぐるみプルートは部屋にすわっている。

 サトミちゃんと話して以来、心臓のドキドキはずっとつづいているし、食欲はなくなるし、頭がふらふらする。

 気温はもう寒いくらい低いけれど、むしろそれが気持ちいいと思って、ひさしぶりにベランダでビールを飲むことにした。つまみに生ハムを用意してある。生ハムは大好きだから食欲がなくても食べられるのだ。ビニールのパッケージを引き開ける。一枚はがして上を向いて口に入れる。塩気が効いていておいしい。

 ビールの酔いでいっそう心臓のドキドキが強まったのかもしれない。こめかみのところで血管がドクドクいうようになった。ベランダの手すりに肘を置いて、腕に額をつける。ため息がでる。わたしにこんな思いをさせるなんて、罪は重いぞ。なんでもなかったらお仕置きだ。いや、なんでもないほうがいいんだった。どうしたらいいだろう。よかったとよろこんでおいて、つぎにお仕置きをすればいいか。本当に病気とかだったらどうしよう。わたしは悲しむことしかできない。いまだって、なにもできずにビールを飲んでため息をついているのだ。

 物音がしたのだろうか。なにかの気配を感じて顔をあげる。黒いものがベランダの手すりから床側に落ちるところだった。目で追って床を見る。

 プルート!

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