第22話
ファッションのことを抜きにすれば、オシャベリをして楽しく過ごすことができた。安藤くんがわたしを送ってくれることになって、平文くんとは玄関でお別れした。
「今日のあいつおかしかったですね。あんなに狼狽して」
「サプライズだったんだね。成功だったんでしょ。わたしまでハメたんだから」
わたしの怒りは、安藤くんに届くことがないらしい。
「それだけじゃなくて、ずっと様子おかしかったじゃないですか」
「玄関あがったとき、なんかよそ見してたとかいって、あのときはぼうっとしてて変だったね」
「芽以さんのせいです」
「わたしなにかした?」
「美しすぎたんですよ」
「まさか。わたし、自分の美しさは自覚してるつもりだよ?」
「知ってないと思いますけど、あいつ、芽以さんに一目惚れしてましたよ」
「うそー!そんな話をしたの?平文くんと」
「いや、明らかなんで聞くまでもなかったです。芽以さんハーデースしか目にはいってなかったから、あいつの様子に気づかなかっただけです。あの姿みて気づかない奴はいないってくらい明らかでした。笑いをこらえるの大変だったくらいです」
「ヒドイ、笑うなんて」
「だって、あいつがあんな風になるとは思わなかったんです。真面目で女の子のこと好きになることもなかったんでしょうね」
「そうなの?」
「クソもミソも一緒というやつです」
「クソがつくくらいでしょ」
わたしもクソ真面目だという印象だったから、失礼ながらすぐにピンときてしまった。
「わざとですよ」
「メンドクサイ」
商店街を抜け、大通りを渡ったところで、安藤くんは道路に面した小さい公園にはいってゆく。公園といっても、木が生え、ベンチがあるだけの空き地みたいなものだ。わたしはベンチにすわる。
「芽以さん、虹ですよ」
安藤くんは公園の真ん中で立ち止まっている。指さす方を見ても虹はない。夜空が開いているだけだ。
「安藤くん、もう夜なんだから虹なんて見えるわけないよ」
「何いってるんですか、月光があるじゃないですか。ナイトレインボーといって、吉兆のしるしですよ?」
そうはいっても、安藤くんの視線の先に目を凝らしても虹らしき光は見えない。
「芽以さん。もったいないですね、こんなチャンスを逃すとは。メガネをかけたほうがいいです」
わたしのせいなのか?安藤くんは残念そうにわたしのとなりに腰をおろした。
「芽以さん、とうとう最後のタネ明かしです」
「タネ明かしって、わたしとプルートのことをなぜ安藤くんが知ってたかってこと?」
「そうですよ。忘れてました?」
「忘れてはいないけど、この間はハーデースに聞いたっていってたよ?でも、嘘だっていってたっけ」
「あれは冗談です」
「あっそ。じゃあ、夢って言ってたのも嘘だったんだ。自分でも不思議だけど本当だっていってたのに」
冗談も、嘘もいらない。また嘘をつくつもりなんじゃないか。むしろ、もうどうでもいい。ハーデースに会えたし、安藤くんと平文くんとも知り合えた。もう十分だ。これ以上嘘をつかれたくなんかない。
「じつは、手術を受けてたんです」
「手術?あのプルートがうちにやってきた日ってこと?」
「緊急手術というやつで、危なかったみたいです。一時は心臓が止まってたといいます」
「本当なの?」
「本当です。でも、おれはそのとき手術を受けてなかった。プルートとして芽以さんの部屋にいたんです」
「なにそれ。また嘘なんでしょ?わたしをからかってるんだ」
嘘をついていたといっておきながら、また明らかな嘘をつこうとしている。バレバレじゃないか。バカにするにもほどがあるというものだ。
「ちがいます。いたって真面目です。臨死体験というやつだと思うんです」
「それって、お花畑が見えたとか、川の向こう側で誰か呼んでたとかいうやつでしょ?」
「そのバリエーションで、魂が抜け出て現実の世界を幽霊みたいに体験していたという報告もあります。幽体離脱ってやつです。おれの場合は、ハーデースの体にのりうつっていたんだと思います。思いますというのは、自分の感覚とか、考えた結果ということで、客観的には確かめようがないんです」
安藤くんは膝にハーデースでものせているように手で空間をなでている。なんなんだ。芸がこまかいつもりなのか。
「そう。わたしがなにもわからないと思って、そうやってからかうんだ。なにか楽しいの?こんな恥ずかしい服着せて。こんなのが楽しいっていう気がしれない」
安藤くんがヘンにからかうから、服のことまで再燃してしまった。怒りで落ち着いてすわってなんていられない。もうベンチから立ち上がって、安藤くんを見下ろしている。
「からかってなんていません。そういうファッションも似合うと思ったし、芽以さんのいろんな姿を見たいと思ったんです」
「どうせね、いい歳して男の人とまともに付き合えない、かわいそうな女だよ。年甲斐もなくこんな服着て。年下の男にやさしくされて簡単にからわれて、さぞかしおかしかっただろうね。ありがとうございました。いい夢が見られてよかったです。さようなら」
ヒールで公園のレンガ敷きの地面に穴を開けてやるというくらい足を叩きつけて歩いて公園を出た。なんなの?わけわからない。なにが目的なの?本当にからかっただけ?なにか犯罪をたくらんでたとか?ああ、もうっ。名探偵がいたら颯爽とあらわれてこの状況を全部説明してよ!
ガードレールの向こうをライトをつけた車が走ってゆく。トラックが走り抜けるとおそろしくなる。いや、むしろ車が突っ込んできて死んじゃえばいいのに。
お酒飲みたいと思ったけれど、ひとりで飲んでもムシャクシャした気分は癒されない。サトミちゃんと思ったけれど、土日の夜はバイトのシフトがはいっていて会えないんだった。メールしたら月曜日に会ってくれると返信がきた。月曜日は飲んでやる。
乱暴に体とか髪とかを洗って、乱暴にハミガキして、自分の体にも物にもアタリながら寝る準備をして、枕に頭を叩きつけて寝た。
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