第28話
朝の目覚はよかった。目覚ましが鳴って起きたら、頭の中がスッキリしていた。約束の時間にマンションの前にいると、まもなく平文くんが車で拾ってくれた。
途中、お昼休憩をとって、安藤くんの実家にやってきた。
「安藤くん、どうやって大学に通ってたの?」
「駅まで車で送ってもらって、電車です。引っ越してからは、週に一回だけ大学に顔出しました。遠かったからか、体力がなかったか」
「両方かな」
安藤くんの家では、両親に挨拶してお茶を一緒に飲んだ。両親の案内で、安藤くんの部屋を見せてもらうことになった。部屋の真ん中には、段ボールがふたつ置かれている。
「あなたあての荷物です」
お母さんが床に膝をついて、息子の肩に手を置くように段ボールにそっと手を添える。段ボールをあけて見せてくれる。中はギッシリ詰まったシーディーだ。
「これをわたしに?」
「厳選しておいたですって。あの子からの伝言です」
クラシックもあるけれど、メタルがほとんどみたいだ。この量で厳選したと言われても、ちょっと信じられない。平文くんを見上げると、うなづいた。この箱をもってかえるために車を用意してくれたということか。
「芽以さんのことは聞いてます。恋のお相手でしょ?」
「おい、やめておけ。口止めされてただろ」
お父さんが、やんわり咎めるようにお母さんの肩をつかむ。
「大丈夫です。わたし勘が鋭いんです。その、好意を向けられてるってことくらいわかってました」
わたしだって、すこしは男の人と付き合ったことくらいあるのだ。
「でも、好きって一度もいってくれなかったし、わたしもいってなかったんです。もう死んじゃうってわかってたからですよね。楽しすぎる思い出はわたしを苦しめることになるっていうやさしさだったんですよね。大人なんだからわかります。そのくらい」
頬をあたたかいものがつたう。
「それでも、」
わたしなんかよりずっと悲しんでいるはずの両親をまえにして泣きたくなんてないのに。もう大丈夫だって思ったのに。口がゆがんで、手で押さえても声がもれるのをとめることができなかった。お母さんが肩を抱いてくれた。
段ボールふたつをトランクに積んだ帰りの車の中は、透明でなにもなかった。すべて涙と一緒に流れ出てしまっていた。雨上がり。
『もうすぐクリスマスですね』
ひとつのセリフが生まれて、車内に浮かんだ。ふわふわ浮いて、シャボン玉のように虹色に模様がついている。指先で触れるとはじけて、言葉になった。
『なにかあるの?』
わたしもセリフを浮かべる。ふわふわ揺れて縮んだり伸びたりしながらただよって、ハンドルをもつ平文くんの腕にぶつかってはじけた。
しばらく待っても反応がない。エンジンの音とタイヤが道路の上を走る音だけが空間をギザギザに波立たせている。
つぎのセリフがやっとふくらんだ。こんどはちいさくて、すぅっとこちらにやってくる。
『パーティ』
わたしはそのまま返す。
『パーティ?』
平文くんは迷っている。前を見ている目をすこしうわむけて。
『おれの部屋で』
大きな振幅でゆれながらやってきた。パーティに参加すべきメンバーは、平文くんとわたししかのこっていない。
わたしのふくらませたセリフはその場にとどまっているようにノンビリ移動してゆく。
『ふたりで?』
車が道路をそれて、駐車場にはいってゆく。喫茶店の駐車場だ。車が停止してもすぐには降りない。エンジン音も、タイヤの音もしない。ハイキーのフィルム映画をサイレントで観ているようだ。
シャボン玉。ぷるぷるふるえながら、ただよっている。しばらく見つめる。表面の虹はくるくるとすばやく色を変える。
『寂しいですけど』
平文くんの部屋を思い浮かべる。テーブルに並ぶ料理。シャンパン。ケーキ。平文くん。安藤くん。ハーデース。マッチ売りの少女の気分だ。
「うん、しよ。パーティ。平文くんちで」
ドアを開けて外に出る。いまはまずおやつだった。喫茶店では、パーティの準備について話し合った。
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