第29話
わたしは着替えを済ませた。平文くんもきっと着替えただろう。脱いだ服は紙袋に収めて隠してある。
「わたしは着替えたよ。平文くん着替えたらはいっていいよ」
平文くんは廊下で着替えていた。寒いはずだ。軽く音をたててドアが開く。
「やだ、似合ってる」
「芽以さんは、かわいらしいですね」
クリスマスイブ。平文くんのアパートで、ふたりだけのクリスマスパーティだ。平文くんはサンタの格好。わたしはトナカイの格好に着替えている。
トナカイの衣装は上下がつながったつなぎスタイルだ。どうも体の線がでてしまう。すこし気になる。そんなそぶりは見せないつもりで、いつものソファの席に陣取ってテーブルに向かう。山盛りの唐揚げに、いま平文くんがスパゲッティをゆではじめている。鍋に乾麺を投入して、タイマーをセット。冷蔵庫からシャンパンをとってこちらへくる。テーブルの上のふたつのグラスをとなりあわせになべる。早く栓を抜けと催促だ。シャンパンを噴きださせることなく栓をあけてくれる。おもしろくない。グラスについで乾杯する。
「メリー・クリスマス」
べつにクリスマスを祝いたいという気持ちはないけれど、決まり文句の掛け声だからしかたない。シャンパンをしゅわしゅわさせて喉を通す。つめたくて、適度に甘くて、フルーティな香りが鼻の奥にのこって、ヨーロッパの人になった気分だ。
「きっと安藤くんも、わたしたちがこうしてパーティしてるのをよろこんでるよね」
「もちろん」
平文くんはタイマーが鳴ってスパゲティの鍋を見にいってしまった。ひざにプルートを抱く。これは黒猫のぬいぐるみのプルートだ。ハーデースはもうもどってこないつもりらしい。
シャンパンを飲み、料理を食べ、紅茶と一緒にケーキも食べた。おかわりの紅茶をすすっている。
「芽以さん、これからも会ってくれませんか」
どういう意図のセリフかわからない。首をかしげる。
「言葉通りの意味です。とりあえず。出かけたり、おしゃべりしたりしてくれませんか。安藤はいないけど、芽以さんとも会えなくなるのは寂しいんです」
こんなトナカイの着ぐるみ姿で格好つかないけれど。
「うん。そうだね」
「よかった。コンサート、行きたくありませんか?」
「メタルだね」
「いいんですか?」
平文くんと、出かける予定を話し合った。トナカイとサンタで。
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