第25話
突然目の前が明るくなった。暗闇だったのが、一ヶ所まばゆく光っているからだ。歓声があがっている。轟音がして、低音が体を圧迫する。心臓が苦しい。まわりに大勢の人がいる。わたしのいる場所の前のほうは人が押し合いへし合いしている。これは、コンサートだ。クラシックではない。ロックコンサート。まばゆく照らされているのはバンドメンバーだ。
わたしも声をあげて、リズムに乗っている。腕をふりあげる。このあたりはステージ近くの前の方ほど人口密度が高くなくて、人にぶつかられずにコンサートを楽しむことができる。となりで同じように腕をふり、もう片方の腕をわたしの体にまわしているのは、安藤くんだ。楽しい。一緒になって飛び上がって、腕を振って叫び声をあげる。
安藤くんはメタルが好きなのだ。ヘビメタというと機嫌を悪くしてしまう。メタルのコンサートに連れられてきたのだ。わたしも黒いティーシャツを着ている。
激しい曲を立て続けに演奏したあと、照明が減り青だけになった。曲がバラードになる。安藤くんがここにいろと身振りしてどこかへいってしまった。ゆったりしたリズムにあわせて体をゆらす。ギターソロ。悲し気なメロディーが徐々にはげしくなってゆく。緊迫感が頂点に達して、弛緩してゆくようにもとのゆったりした雰囲気にもどり、ヴォーカルが歌いはじめる。安藤くんはとなりでビールをこちらに差し出していた。受け取って飲む。冷たくておいしい。のど越しを楽しむようにゴクゴク飲んでしまう。また曲にノるときにビールをもっていたら邪魔だ。
コンサートで大いにはしゃいで、疲れ果ててしまった。わたしは近所の公園まで帰ってきて、家がすぐちかくだというのに、公園にふらふらとはいってゆく。一杯のビールで気持ちよくなっていて、天を仰ぐと夜空に虹がかかっていた。あのとき安藤くんが見ていた、サトミちゃんが写真集をもっているといったナイトレインボーだ。不思議。黒い夜空なのに虹の光が見える。これは良いことがある前兆なんだったっけ。安藤くんは、また両手を広げていて、虹の光を体で受け止めようとしている人みたいだ。
わたしはベンチに腰かけた。秋の空気が冷たくて気持ちいい。安藤くんもやってきてとなりにすわる。なんでもないことだけれど、幸せだ。胸がいっぱい。足もとにハーデースがやってきて、脛に体をすりつけるようにわたしの前を歩く。ついーと背中を指先でなでる。ベンチにあがってきて、安藤くんの膝に落ち着いた。安藤くんはハーデースをなでる。いつもわたしが独占しているから、安藤くんがハーデースをなでている姿ははじめて見た。なんだか、おじいさんが縁側で猫をなでている絵みたいで笑っちゃう。ハーデースは、自分が笑われたとでも思ったように起き上がって伸びをした。夜が明けはじめる。光があふれて、視界が真っ白。まぶしい。ああ、ダメだ。いましかない。安藤くんに届くように叫ぶんだ。ごめんね、安藤くん。
猫の鳴き声。
わたしは布団に寝て、毛布をかけている。ハーデースはいない。
安藤くんは死んでしまった。わたしは知った。これは確信ではない。事実として知っている。プルートとわたしが名付けたときのハーデースには、安藤くんがのりうつっていた。いま全部わかった。安藤くんが公園でいったことは本当だったのだ。いまも、ハーデースにのりうつって、最後の挨拶をしにきてくれたのだ。
安藤くんのことがこんなにも好きなんだということを思い知った。目から涙があふれ、しゃくりあげ、しまいには嗚咽をもらして泣いた。
朝になって目覚ましが鳴るまで泣きつづけ、支度して仕事にでかけた。気分はゾンビ、いや、人の形をした風船だった。自分が死んでしまったような、涙と一緒に体の中身がすっかり失われたような、頭はすっかり空洞になったような。なにも感じない、なにも思わない。
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