第4話
ぬいぐるみのプルートと生活をはじめて気づいてしまった。黒猫のプルートを喪失した穴を埋めたければ、生きた黒猫を飼えばよいではないか。すると、ペット可のマンションに引っ越しをしなければならない。同時にペットショップで黒猫を探す。
猫巡りで商店街にある喫茶店をまわるついでに、不動産屋に寄ってみる。店の前に貼りだされている物件案内をチェックする。ペット可の物件は、ひとつも見当たらない。一軒家を探さないといけないのかもしれない。あるいは、ほんとうに条例でペットが禁止されていたりして。きっとネットで検索するのが手っ取り早い。
翌週はペットショップ目当てに電車に乗って出かけることにした。
朝食を済ませ、支度を整えて駅へ向かう。マンションから西側の大通りへ出る。大通りはマンションから先、住宅街を外れて郊外型の店舗や工場が両側に並ぶようになる。わたしは住宅街のはずれに住んでいるのだ。駅が遠い。いつも買い物をするスーパーを越えて、大通りを渡った先が商店街につながる。
商店街はまだ開いていない店が多い。一日中閉まっているのかもしれないけれど。猫巡りで歩くときはお店のことなど、開いていようと閉まっていようと関係ないから気にも留めない。平日の通勤時は閉まっていてもおかしいと思わない。
歩いている人の多くは駅に向かっているということになる。そのはずなのに、なぜ人はまっすぐ歩かないのだろう。わたしは道に敷いてある石のタイルの目地に沿ってまっすぐ歩く。無駄がない。なのに多くの歩行者はあっちへふらふら、こっちへふらふらと、まったくまっすぐ歩かない。無駄、邪魔、迷惑だ。まっすぐ歩く方が早いから後ろから追い抜くことになる。かなり近づいたところでふらふらと進行路に侵入され、蹴つまづきそうになる。歩行を邪魔される。半歩前を行っているだけなのだ、足音や気配ですぐ斜め後ろに人がいることくらいわかりそうなものだ。なのに、進路を妨害する。抜かれたくなくてやっているのか?いや、彼らの人生にはこういった無駄がどうしても必要なのかもしれない。あるいは人生の目的が定まらないために、フラフラヨタヨタしてしまうのかもしれない。わたしは断然まっすぐ歩く。
大きな商業施設がある町へやってきた。駅前の通りを歩いてゆくと道路に面してそびえるのが見えてくる。この中にホームセンタがはいっていて、ペットショップもある。郊外へでていった大型商業施設がまた駅前に進出するようになった。再開発というやつだ。老人ばかりの社会になって、車に乗らないとたどりつけない立地は不便になっただけだけれど。地価の下落も追い風か。高齢化に貧困化といいかえてもよい。金持ちがデカい顔をしている世の中だ。
駅から遠い側がホームセンタになっている。ペットショップは一番遠くの、さらに一番奥の隅にある。ペットフードの棚が並び、鑑賞魚の水槽があって、奥の壁面にガラス張りのケージが並ぶ。目線の高さまで子犬や子猫のケージになっている。縦にケージを見ながら横に移動してゆく。犬も猫も、ちいさい生き物はかわいい。背中側にうさぎとハムスターのケージもあらわれる。世界は人間だけが生息する殺伐としたものではなかった。わたしも一匹のハムスターになって、このハム団子のなかに混ざりたい。ああ、でも残念。ケージの中に黒猫を見つけることはできなかった。
「なにかお探しですか」
あまり熱心に眺めすぎたみたい。店員がやってきた。ピンクのエプロンの真ん中にうさぎのアップリケがついている。かわいらしい顔立ちだから、こういっては失礼かもしれないけれど、とても似合っている。
「マンションでペット買えないので、あれですけど。黒猫いないかなって思って」
「黒猫ですか。あまり人気ないんですよね」
「そうなんですか」
「やっぱり、不吉なイメージってあるじゃないですか」
「ああ、前を横切られるとよくないことがあるとか」
「はい。アメショーみたいに柄があるのが人気ですね。真っ白っていうのもあまり」
「ふーん」
なるほど、たしかに黒猫が歩いているのを見たことは一度もない。テレビでというより、アニメでしか見たことなかった気もする。人気がないからか。
一口に黒猫といっても、黒い毛の猫というのはいろいろいるらしい。同じ種類の猫でも毛の色にバリエーションがあったりするから、言われてみればそうだなとわかる。一緒に生まれた兄弟のなかでも毛の色がちがったりする。黒猫というだけで避けられるというのは、かわいそうだ。
「あ、でも大丈夫です。ブリーダーさんはいるので、ご希望でしたらお探ししますよ、黒猫ちゃん」
「そうなんですね。じゃあ、もしペット可のところに引っ越したら頼もうかな」
「はい、ぜひ。猫ちゃんのいる生活っていいですよね。わたしはいまウサちゃんですけど」
「飼えるんですか?」
「実家の一戸建てなんで」
「ああ、なるほど」
ひとりで一戸建てを借りるのは無駄が多いし、寂しくなりそう。実家にはもどりたくないし。親とはあまり快適に暮らせない。難問だ。
よだれをたらさんばかりに犬、猫、うさぎ、ハムスターを鑑賞して家路についた。しばらくぬいぐるみのプルートで我慢するしかない。
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