第5話
去年あたりから、学生時代の仲間と会社の同期が立て続けに結婚するようになった。そんなお年頃なのだ。わたしもプルートをいつまでも探していないで、結婚相手を探すべき時なのだとわかっている。
相手が人間となると、むづかしい。人間はわたしの思い通りにはならない。理想の相手を見つけたとしても、相手がわたしで手を打ってもいいと思ってくれないといけない。それどころか、わたしのことを大好きになってくれないと嫌だと、いまのところ思っている。五年たって相手が見つからなければそうもいっていられないけれど。はじめに相手を探さないことにはなにもはじまらない。
結婚式は好きではない。着飾るのも好きではない。高級な料理にも興味が湧かない。学生時代の仲間と会えると思えばこそ、好きでもないという気持ちを押して結婚式に参加するのだ。会社の同期の場合、同期会を開いてもらうのが一番よい。結婚式になると、同期だけではなく会社関係の人が招かれるから、ほとんど仕事のつもりで渋々参加することとなる。同期だけではないことからして、いいたいことを言いあうという場ではない。学生時代の仲間の結婚式の方が参加するメリットは大きい。
学生時代の仲間の結婚式。みんなあつまると、やはりセクハラやらお局様の仕打ちやら女の派閥やらの話になる。
「カラオケでデュエット歌わされてさ。そのハゲ、襟元から服に手を入れようとしてきたんだよ」
ぎゃーっとみんなで悲鳴をあげる。おぞ気をふるって腕をかき抱く。下からコトコトいう音がする。ヒールでカーペットの敷かれた床を打ち鳴らしている。みんな嫌悪の表情があらわだ。
「それで、どうしたの?」
「キャー、やめてくださいってマイクを通して叫んでやった。そしたらオロオロして謝ってきて、一緒にいた人たちが助けてくれた。立場なくした感じ」
「すごいな、エリちゃんは」
エリちゃんというのは、仲良しグループのリーダー的存在。そんなエリちゃんにまでセクハラを働こうなんて、男はバカばかりなのかもしれない。いい気味だ。
わたしもなにか嫌な目にあってないかと聞かれた。
「わたしは、先輩にしつこく誘われたり」
「で、どうしたの」
「疲れたから早く帰るって言って逃げた」
「ダメだね」
うん、ダメだとみんなが言う。
「それ、普通にお酒に誘ってるだけかもしれないよ。ちゃんと断らないといつまでたっても誘われるよ」
「そうなの?どうしたらいいものなの」
わたしには女としてうまく生きてゆくスキルが足りないのだ。
「口説くつもりじゃないかもしれなけど、キッパリあなたとお酒飲みになんて行きたくないって言うしかないんじゃない?」
「でも、ハッキリ言えないでしょ、この子は。見てくれがいいだけにしつこくされやすいんだよ。そのうち押し切られちゃうんじゃない?」
うう、嫌なことを予言しないでもらいたい。わたしはこのグループの中では目立たない存在だ。どうして、こうもみんな押しが強いのか。
「そんな怯えた顔しないでよ。ほかに男は?好きな人とかいないの?」
「うーん、いまは黒猫」
「は?」
みんなが不思議いっぱいの怪訝な顔で不審がる。わたしは、ベランダでビールを飲んだこと、黒猫がベランダの手すりを渡ってやってきたこと、黒猫と一緒にすごしたけれど、寝てしまって起きたらいなくなっていたこと、最近は近所をさ迷い歩いていることを話した。
「不審者だね、完全に」
「ひどい」
「マンション何階だっけ」
「四階」
「夢だね」
みんなで夢だという。心の病一歩手前だと、病院へいったほうがいいと、そんなことをいう。
ペット可のマンションに引っ越して猫を飼おうかと考えはじめたといったら、みんなが反対する。
「絶対ダメ。結婚できなくなるよ?猫と結婚する気?」
うーん、そういわれると弱いのだけれど。
わたしの話はこれで終わってしまった。
「サトミちゃんは面白い話ある?」
面白い話を提供したつもりはないのに。
「黒猫といえば、魔女の使い魔デス」
「そうか?」
「そうなのデス。百年くらい眠ってる魔女の話があるデス。知り合いの魔女から聞いて、魔女の世界では有名デス」
「百年くらいって、百年でいいんじゃない?」
ツッコむところ、そこかな。
「ダメデス。サトミは朝八時に起きようとしても九時になったり、十時になったりするデス。魔女は目覚ましもってないからピッタリ百年というわけにいかないデスヨ」
「メンドクサイな。だいたい百年のことを百年と言っちゃえばってことなんだけど」
「十八世紀の終わりか十九世紀の初めくらいから話がはじまるデス。ナポレオンがいるデス」
「そんな古い話なの?読者は興味湧かないんじゃない?」
サトミちゃんは小説を書いているのだ。きっとそのアイデアの話をしている。みんなも承知している。
「でも、少し起きたかと思うと百年寝ちゃうデスヨ。あっという間に二十一世紀とか二十二世紀になっちゃうデス」
「百年後の話もあるわけ?」
「あたしきデス」
「ということは、本当はナポレオンの百年前とか、その百年前の話なんかもあるんだ」
「でも、魔女の世界にもあまり古い話は伝わってないデス」
「都合よすぎじゃない?」
「ご都合主義デス」
「で、どんな話なの、そのナポレオンの時代は」
「どんな話がよかデスカ」
「なんだ、中身ないのか」
「エジプト遠征から始まるデス」
「ロゼッタストーンだ!」
つい大声をあげてしまった。わたしは世界史がすこし好きなのだ。
「そうデス。ナポレオンにつれられてエジプトにやってきたへっぽこ三等兵が主人公デス」
「それやめようよ。ナポレオンの参謀とかの貴族のかっこいい王子様的な主人公がいいよ」
「そうすると、歴史の事実に縛られるデス。歴史にあらわれないへっぽこが都合よかデスヨ」
「じゃあ、へっぽこだけど美男子にしよう。で、上官がまたかっこよくて、なにかというと美男子をいじめるのね。こう、お前はグズで使えない奴だ。たまにはおれの役に立ったらどうなんだ」
エリちゃんはすこし腐っている。立ってやってきて、わたしのとなりのサトミちゃんのアゴを捕まえて瞳をのぞきこみながら、低くよく通る声でいまのセリフをのたまうのだ。
「サトミはビーエル書かないデスヨ」
ちぇっ、つまんないと言ってエリちゃんは自分の席に復した。本当に興味がなくなったらしく、となりの席の子と話し始めてしまった。サトミちゃんの話は尻切れトンボになってしまった。
「へっぽこ兵隊は魔女と出会うの?」
「ほひほむ、ほうヘフホ」
サトミちゃんも食事に取り組み始めていた。邪魔してしまったかもしれない。口の中のものを飲み込んだ。
「まだオベンキョしてるところデス。へっぽこ兵隊がロゼッタストーンを見つけるデス。でも、その前に眠っている魔女を見つけるデスネ」
「じゃあ、キスして起こすんだ」
「よけるデス」
サトミちゃんが頭を振って、キスをよける。ツインテールの尻尾がゆれる。
「眠ってるのによけられるの?」
「魔女だからよけるデス。キスで起きるのはお姫さまと相場師のセオリーなのデス」
「じゃあ、どうやって起きるの?」
「うーん、百年くらい眠ってるから、タイミングよく起きるかわからないデス」
「そうすると、魔女の話なのに魔女起きないの?」
「それはそれでかわってて面白いかもデス。でも、ご都合主義で起こすつもりデス。キスをかわしたら勢いでベッドから落ちて石の床におでこぶつけるデス。それで起きたらどうです?」
「わたしに聞かれても」
サトミちゃんは変わった子だ。みんなが期待することをあっさり裏切る。主人公は美男美女を避けるし、女の子が眠っているのを起こすにはキスだという定石をはずすというし。現実においてもだ。剣道部の幼馴染がいいよってきても足蹴にしておいて、坊主頭の冴えないセンパイを追いかけまわす。センパイにフラれても平気でつきまとう。平気なはずはないけれど。
そんなサトミちゃんと、わたしはグループの中で一番気が合う。わたしも変わり者なのかもしれない。
「まだアイデアたまってないデス。ほかの小説を書きながら勉強もしてアイデアをだすデス」
小説って、ひとつ書いたらつぎのを考えて、また書くってわけじゃないのか。何年かにひとつしか小説を書かない人って、普段なにしているんだろう。ずっと考えている?魔女みたいにずっと寝てたりして。サトミちゃんはファミレスでウエイトレスのバイトをしながら年にいくつも小説を書いている。実はすごい子なのかもしれない。
キャンドルサービスが始まってご歓談の時間は終わった。披露宴で行われる各種のイベントはヨーロッパなんかでもあるのだろうか。ちょっとバカバカしい気がするのだけれど。披露宴というもの自体が日本的というか、社交パーティみたいな習慣がないからこうなりましたって感じ。わたしのイメージの中のヨーロッパ風披露宴は、立食パーティで、優雅におしゃべりして室内楽の演奏があるくらいなのだ。それは普通のパーティかな。
新郎新婦がまわってきてキャンドルに火をつけていった。わたしは、おめでとうと祝えっていう押しつけがましい主催者の意図のようなものを感じる。正直言って好きではない。心のこもらないおめでとうを言った。言われる方も、心からのおめでとうなんて期待していないだろう。自分たちが幸せなら十分なはずだ。
二次会は断って帰ってきてしまった。どうせ近いうちに誰かの結婚式でまた集まるだろう。そう思って、気軽に断ってしまった。
着飾って、なれない場所でなれないことをしたから、心も体もクタクタ。着替えをして背もたれに体重をあずけるようにイスにすわったら、動きたくなくなってしまった。最後に食べたウエディングケーキの甘ったるさが口の中に残っている。コーヒーがほしい。コーヒーをお代わりしたかったのだけれど、披露宴が終わりに近づき、ウエイターが忙しそうにしていて頼めなかったのだ。ひとりドレスで喫茶店にはいる勇気もなく、そのままマンションまで帰ってきてしまった。誰かコーヒーいれてくれるといいのだけれど。
インターホンのチャイムが間抜けにわたしを呼ぶ。突然鳴るものだから、シャキッとした音では住人の心臓に悪いと思ってこんな間抜けな音にしているのだろう。嫌々イスを立つ。コーヒーのデリバリなら歓迎だけれど。
小さいディスプレイに若い男の人が映っている。
セールスか?でもまだ学生みたいに見える。ああ、スーツを着ていないからかもしれない。それで学生風なのだ。
「はい」
セールスではないと判断した。隣近所の住人かもしれない。
「プルートです」
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