第15話

「えー、年下デス?よっつもデスカ!」

 サトミちゃんは安藤くんの若さに不満があるらしい。

「サトミちゃんは、先輩一筋なんだよね」

「アッタシキ、シャカリキ、ショーシューリキ、デス。サトミ弟いるデス。弟見てると、あんなのと付き合うのはキンピラ、マッピラ、コンピラサンだと思うデス」

 ショーシューリキは商品名だから、やめておいたほうがいいんじゃないだろうか。ここはチョーシューリキでも同じだと思う。商品名より、人名の方が安全なんじゃないだろうか。スポンサーなんかのからみで。いや、わからないけれど。

 サトミちゃんは平日休みだから、なかなか会いづらい。今日わたしは定時で退社。サトミちゃんには会社の近くまで出てきてもらったのだ。いまはオシャレな雰囲気の居酒屋で、すだれと壁で個室っぽく演出された席で向かい合っている。個室でないとタバコの匂いがヒドクて、居酒屋にははいりたくない。

 サトミちゃんはなかなか個性的なファッションであらわれた。幅の広い白黒のチェックの七分丈パンツにサスペンダー。上は化繊の白いブラウス、襟もとに細い黒のリボン。耳当てつきのキャップを頭にかぶっていた。耳当ての内側は青と黒のチェックで、折り返して頭の上で左右を止めている。キャップの下からトレードマークのツインテールが飛び出している。キャップをかぶるために、いつもより低い位置で縛ってある。小説の登場人物のマネでもしているのかもしれない。リボンをのぞけば男の子って感じだ。そんなファッションであらわれたサトミちゃんは第一声、夜はもう冷えるデスネといった。風が出ていたし、ジャケットがないともう寒いと、わたしも思う。

 テーブルには枝豆とスルメと冷奴、ビールのジョッキがひとつづ。ぜんぜんオシャレじゃない。あと、唐揚げとたまご焼がくる。

「でも、話はもどって、夢オチっていうのは、いまどき最悪で、小説では使う気にならないデスヨ」

「小説にしてくれって頼んでないけどね」

「それで、メイつぁんはアンドしゃんのことが好きデス?」

 え?安藤くんのこと好き?好きかどうか考えていなかった。どうなんだろう。気になるというか、仲良くなりたいとは思うというか。だからといって、好きといっていいかどうか。仲良くなったあとに好きかなってなるものじゃないかと思うのだけれど。

「まだ、よくわからない」

「メイづぁん、それは好きってことズラー」

 サトミちゃんは情けない顔になった。泣きそう。

「好きじゃなかったら、ソッコー、べっつにーって言うデスヨ。女の子は」

「そうなの?わたし安藤くんのことが好きなの?」

「地球はすごい勢いでまわってるデス。太陽のまわりまでまわってるです。太陽系まで銀河のはしっこにいて、まわってるデス」

「なんの話?」

「少年老い易く、顎関節症には気をつけろデス」

「よく噛めってこと?」

「固いものは顎に悪いデス」

「じゃあ、スルメって本当は良くないんだ」

 手にもったスルメを振る。

「片思いの大先輩からアドバイスを授けるデス」

「はい、先輩。でも、片思いってほど」

「好きは言えるときに言えデス」

「そんなのアドバイスっていえないよー」

「でも、一番大事デスヨ?気がついたら、世話のやけるコーハイとしか思われなくなるデス」

 あ、サトミちゃんの話ね。

「カモにネギをかっさらわれるカモデス。油断してると、やっと好きっていったときには、そういう目で見たことなかったなんて言われるハメになるデス。親しくなればなるほど、あとから好きっていうのはむづかしくなるデス」

 うっ、うーん。たしかにありそう。

 唐揚げとたまご焼が届いた。さっそく唐揚げを小皿にとる。

「サトミ、小説書くようになって気づいたデス。恋と愛はちがうデス。恋は軽くていいデス。恋は、好きって言っていいデス。どんどん言うデス。小説ではイヂワルして、なかなか好きっていわせないデス」

「やっぱり好きじゃなかったらどうするの?」

「その通りいえばよかデスヨ」

「それって不誠実じゃない?」

「恋は罪深いものなのデス。不誠実でもなんでも許されるのデス。若さゆえの過ちデス。こんどそういう小説書くデスカネ。やっぱ好きじゃなかったって言うデス」

「そういうものなのかなー」

「でも、愛になってくると言えなくなるデス。別の表現が必要デス。背中で語るデス。ハードボイルドデス」

「でも、もう遅かったかも。メールの返信もこなくなっちゃったんだ」

 サトミちゃんにソファで決裂事件を話した。

「また夢見てるデスカネ?」

 今度はサトミちゃんの話す番だ。

「サトミちゃんはセンパイのどこが好きなの?」

「存在デス」

 自信たっぷり。

「存在って、ほかにも男の人存在してるでしょ」

「センパイという存在という意味なのデス」

「先輩だからセンパイが好き?」

「まさにその通りデス」

「じゃあ、先輩じゃなくて知り合ったら好きにならなかったの?」

「そんなことは考えても意味がないのデス。サトミは中学一年生だったデス。もう冬で二年生になるところだったデス。部活にはいってなくて、仲のいい友達もできなくて、中学校つまらなかったデスヨ。部活にはいりたい、先輩にサトミって呼んでもらいたいなんて思ってたら、教室にセンパイが舞い降りたデス。カモがネギ背負ってたデス。文芸部つくるから部員募集にきたのデス」

「ふーん。サトミちゃんのセンパイは、はじめから先輩だったんだね。じゃあ、別の人が先輩だったら、ってこれも意味がないのか」

「センパイはセンパイになるべくして生まれてきたデス。サトミのセンパイになる運命だったデス」

「で、いまはなにしてるの?」

「まだ学生してるデス。おうちがお寺だから継ぐかもしれないデス。そうすると就職に二の足三の足デス。それに、ルミちゃんブチョにこき使われて、いまだにバンドに小説に忙しいデス」

「すごいね、多才だね。でも、センパイには好きな人がいるの?」

 サトミちゃんは聞かなかったことにした。醤油さしを見つめている。手を伸ばして、冷奴に醤油をかけた。

「サトミちゃんは、いまのままでいいの?」

「これがサトミだと悟ったデスヨ。そういうお話の、そういう登場人物なのデス」

「現実だよ、これは」

 冷奴をつまむのに苦労している。お椀をサトミちゃんのほうに押してやる。

「現実もお話と同じデスヨ」

 冷奴を口に運ぶ。

「センパイはいまさらサトミを好きにならないデス。サトミもいまさらセンパイを諦めないデス。諦めたらサトミではなくなってしまうデス。別の小説デス」

「いいんじゃないの?別の小説」

「まだいまの小説のままでいたいデスヨ」

「そう」

 天真爛漫そうで、苦悩なんてひとつまみもなさそうなサトミちゃんでも、いろいろ考えて結論をひねりだしているものなのだ。

「わたしの好きなの注文していい?」

「いいデスヨ?なにするデス?」

「カモのローストに、ラムチョップ、ハーブ・アンド・ハニー風味、仔牛のホホ肉の赤ワイン煮」

「メイつぁん肉食系デスナ」

「がおー、食べちゃうぞー」

 サトミちゃんは首をかしげていたけれど、そのうちたまご焼を口に放り込んでから、店員を呼ぶボタンを押した。


 ビールをおかわりして大いに酔っ払ってしまった。帰ってケータイを見たら、メールがきていた!安藤くんからだ!

『連絡が遅くなってすみません。

 土曜日、お時間いただけるようなら、十一時に駅の改札でどうでしょう。

 安藤』

 なにこのメール。あっさりしすぎじゃない?二回も三回も読み直してしまった。書いてあることはどうみても業務連絡並みの簡単な内容だけだ。なぜメールを返信できなかったかとか、なんとか書いてきてもいいはず。ツイッターで百四十文字しか送れないわけじゃないんだから。メールなんだから、もっと長くても、もっと大事なところを書いてきてもいいはず。メールなんだから。もっと愛想のある文面だっていいはず。なんなの、このメール。

 酔っ払っていたことも手伝って、それでいいですとだけ入力して返信した。わたしの酔いと怒りが伝わるといいのだけれど。

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