黒猫の正体と解決2
第17話
ああ、ダメー。もう、これは反則。出会い頭にこれは卑怯だー。わたしはもう息も絶え絶え。死んじゃう。
ソファにすわって、膝に黒猫をのせている。右手で背中をなで、左手で前足の肉球をもみもみ。なんという天国。
ここは、安藤くんの親友、平文くんの部屋。なんと、ペット可なのだ。そんなマンションがこのあたりにあったなんて。このあたりというのは、わたしのマンションと駅の反対側だ。平文くんは安藤くんと同じ大学に通っていて、学科も同じなのだ。
安藤くんはここへ向かって歩いているあいだ、わたしに親友を紹介するから、親友の家に案内したいといった。紹介するためと言って親友の家に行く必要がイマイチわからなかったのだけれど、こういうことだった。苦しゅうない。
安藤くんはインターホンのボタンを押して、わたしをドアの正面に立たせた。平文くんが玄関ドアを開けてくれたとき、わたしのセンサーが最強度の反応を示し、平文くんの足元にいる黒猫をとらえた。わたしは平文くんそっちのけで黒猫に突進して抱き上げた。
「プルート!プルート!会いたかった!わたしのこと覚えてる?そう!わたしあなたのことずっと忘れられなかったんだよ?」
わたしがヌリカベだったら、プルートはわたしと同化してしまっていただろう。残念ながらわたしは普通の人間だった。
平文くんの黒猫はたしかにプルート、わたしの部屋にやってきたあの黒猫プルートだった。こんなところにいた。わたしは駅の反対側までは探しにきてはいなかった。見つからないはずだ。
安藤くんはどうにか平文くんとわたしを引き合わせ、平文くんはわたしをソファに案内してくれた。ソファは二人掛けだ。安藤くんを睨んだけれど、気づいてもらえなかった。わたしにはひとり掛けのソファを勧めたくせに。でも、それも一瞬のこと。小さなことは忘れた。
いまはプルートを堪能している。もう、とろけそう。安藤くんはコーヒーをいれてくれているはずだ。平文くんは、あきれてわたしを見ていることだろう。
「あいつのこと知ってますか?このあいだ倒れて入院してたんですけど」
平文くんは床にすわっていて、顔をわたしに近づけている。そんなことしなくても安藤くんまで声が届くことはないと思うけれど。
「うん、聞いた。今日駅で待ち合わせして会ったときに。ずっと連絡取れなくて心配してたんだ」
「そうですか、ならいいんです」
さすが親友。わたしが連れまわして疲れさせたりしないようにと、安藤くんの体調を気づかっているのだ。顔色見れば本調子じゃないことくらいはすぐわかるってもんだけれど。いや、まあ、ボディブローのことは忘れた。
安藤くんはセンスがよくて、すらっとスタイルがよくて、口がうまい感じだけれど、平文くんはいかにも理系というイメージだ。素朴な感じがする。背は安藤くんと同じくらい、高いほうだと思う。体格はガッシリめ。柔道やってるっていわれても納得するくらい。頬には吹き出物がある。服装は水色のポロシャツにベージュのチノパンをはいている。そんな外見だけでも素朴な感じだけれど、内面も外見からくるイメージどおりみたいだ。よく考えて、言葉を選んで話す感じだし、わたしに気を使っているみたいだ。遠慮しすぎで、遠く感じてしまうくらい。
コーヒーがはいった。
「あ、おまえ、芽以さん口説くなよな」
「く、口説いてねえよ」
なんかあせっているみたいだけれど、本当に口説いてないんだからあせることないのに。普段低い声が少し高かった。
「余計なこともいうなよ?」
「秘密にしたいことがあるの?」
「え?いや」
平文くんをにらんでいる。
「そりゃ、誰だって、秘密のひとつやふたつありますよ。みっつやよっつ」
「そんなにあるんかい!」
コーヒーをテーブルにおく。安藤くん自身は床にすわった。
「プルートはいつから飼ってるの?まだ大人じゃないんでしょ?」
でも、わたしが会ったときよりもう少し大人になっている。猫の成長は速い。
「うちにきて半年くらいです。そのまえは知り合いが飼ってました。まだ生まれてあまりたってなくて、みーみー鳴いていたころに迷い込んできたみたいです。かわいがってたんですけど、飼えなくなったので引き取りました。名前はハーデースといいます。生まれて、たぶん一年くらいです」
「ハーデース。ローマのほうだ。考えることはかわらないね」
「まえの飼い主がつけました」
ずっと手はハーデースの背中から横腹にかけてをなでている。
「ハーデース」
わたしの呼びかけに反応してハーデースがわたしを見上げる。ああ、どうしてくれよう。かわいすぎる。
「二ヶ月か、もう三ヶ月くらいになるかな?ハーデースがうちのマンションのベランダにあらわれたの。不思議なんだけど。それで、ハーデースに、わたしはプルートって名前をつけて、でもその日のうちに帰っちゃって。また会いたくて、しばらくはあたりをさまよって猫巡りをしてたの」
安藤くんは、うんうんとうなづいている。
「安藤くん、どうしてプルートって名前知ってたの?まえはそういう夢を見たって言ってたけど。あれ本当なの?」
「とうとう謎を明らかにする時がきましたか」
そんなもったいぶったのはいいから、早くいってよ。
十分間をとっている。
「じつはハーデースから聞いたんですね」
ん?ちょっと意味わからない。
「ほら、いるじゃないですか、動物の言葉がわかる人」
「そんな人がいたら会ってみたいけど」
「いるんですよ。テレビにでてますよ」
「テレビは見ないけど。やらせでしょ?そういうのって」
テレビ番組は宣伝とやらせでできている。
「そうかもしれないけど、おれはハーデースの気持ちとか言葉とかわかるんです」
平文くんのほうを見る。
「おれにはわかりません」
肩をすくめた。
言葉だけでわたしのマンションにたどりつけるかな。ハーデースが案内してくれたってこと?ハーデースがベートーベンの交響曲三番知ってたのか?とても信じられない。
「じゃあ安藤くん、ハーデースに聞いてみて。わたしのこと覚えてるか」
安藤くんが腰をずらしてわたしの足元にやってくる。猫の額におでこをつけて目を閉じる。
「見たこともないって」
ハーデースの頭を安藤くんからひったくる。
「うそっ。ホントに?わたしのこと忘れちゃったの?あなた、あのプルートなんでしょ?」
「うっそでーす」
えー。どっちが?なにが?もう!わけわかんない。
「昼メシどうしますか?外に食べに行きます?なにか作りましょうか?」
病み上がりの人に料理させられないから食べに出かけることにした。ハーデースを抱えて。お店は歩いてすぐのところのカフェって感じの店。テラスがあるから、ハーデースを連れていても大丈夫。天気がよくて爽やか。テラス席がちょうどよい。わたしはローストビーフのセットにした。指でつまんで、ローストビーフを膝の上のハーデースに与えた。思いのほか猫の口はちいさくて、人間の一口大に切ったのでは大き過ぎた。ハーデースは、はぐっ、はぐっと何回かに分けてくわえて喉に押し込んだ。喉につまるんじゃないかと心配になるほどだ。
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