第13話

 安藤くんとケンカしてしまった。まだ四回しか会っていないのに、時間だって短い間しか一緒にすごしていないのに。もうケンカ。男の人とケンカするなんて、小学校のころあったっけどうだっけというくらい珍しいことだ。ケンカするほど親しくなったともいえるけれど。どうしよう、どうやったら仲直りできるだろう。


 休日、ソファを見に大きな展示場へ出かけた。安藤くんが調べてくれたのだ。家具インテリアの展示場なんだけれど、ジェット機でも作る工場だったんじゃないかというくらいの広さで、ソファだけでも見渡す限り。それはさすがに誇張だけれど、全部すわって感触を確かめていたら日が暮れるほどの数のソファが、コンクリートの床にならんでいた。

 まずは作戦会議である。開始早々不穏な空気が流れだす。

「芽以さんはどういうソファがいいですか?」

「シンプルモダンで黒っぽいのがいいかな」

「黒っぽいのはやめたほうがいいですよ。芽以さんの部屋、床はダークブラウンだし、棚は黒の金属製だし。カーテンも、生地の風合いはやわらかい感じだけど黒だし。ソファは色のあるやつがいいんじゃないですか」

「モノトーンの中にカラーのがあったら浮いちゃうよ」

「ソファだけを浮かすっていう、高度なオシャレテクニックですよ。ソファはリビングの主役ですよ?浮くくらいでちょうどいいんです」

「どうせわたしはオシャレわかりませんよ、ふん」

 わたしはスネた。これはフリではない。スネたフリなんてかわいいことは、わたしにはできない。恋愛初心者なのだから当然だ。

 今日の服装だって、いっぱい歩くというから、スニーカーにして、スニーカーに合うようにちょっと重たい感じのスカートにして、上はニットのアンサンブルだ。無難すぎてオシャレじゃないことくらい、わたしでもわかる。そこへもってきて安藤くんはオシャレないでたちなのだ。黒ずくめなのはいつもとかわらないけれど、カットソーの上にコットンのカーデガンを着ている。前身頃に対して斜めに合わせがとってあって、右上から左下に向かってスナップボタンがついている。そんな格差を感じているところへオシャレをもちだされたら、スネるほかにないではないか。

「じゃあ、とりあえずカラーはあとまわしにして、シンプルなひとりがけのソファ探しましょうか」

「なんでひとりがけ?」

「だって、ひとり暮らしじゃないですか」

 あたり前だろって顔してる。その顔にカチンときた。

「ともだちが遊びにきたり、彼氏が遊びにきたりするかもしれないでしょう?」

「そのときは床にすわればいいんじゃないですか?絨毯しいて」

 彼氏については一言もなしか。安藤くんだってまたきてくれるかもしれないではないか。

「ごろんと横になって映画観たい」

「じつは横になって映画観るのは逆に疲れるんですよ。ずっと同じ格好で寝ながら映画観ると体が痛くなって向きをかえたりするじゃないですか、あれは体勢に無理があるからなんです。でも、ひじ掛けにひじをおいて、ゆったりすわってたら、二時間くらい同じ姿勢でいられるんですよ。ひとりがけで、ひじ掛けのあるやつが一番ラクでいいんです」

「いいもん。体の向きかえるもん。ごろんとなりたい。ひじ掛けは枕がわりになる低くて丸っこいのか、三人掛けの広いやつでクッションを枕にするかがいい」

「絶対後悔しますよ、三人掛けなんて。デカくて邪魔だし」

「じゃあ、安藤くんはひとり掛けのを探したらいいよ。わたしは三人掛けの探すから」

 自分のソファを探すのに付き合ってもらっているのに、理不尽なことをいってしまった。ソファは難問だって警告したのに。口から反射的に発せられた言葉は、耳を通って頭にはいってきて認識される。発話と認識のタイムラグがあるせいで、つい思ってもいないことを口走ってしまうのだ。会話のスピードを考えれば便利なこの機能も、気持ちを伝えるとか、微妙なシーンでは裏目に出る。

 わたしはずっしり重たい気持ちでソファの大地を巡りはじめた。シンプルモダン、シンプルモダン。寝っころがりやすそうな。いまいる近所はファミリータイプの布地のソファばかりだ。わたしのイメージでは、座面のクッションも背もたれも四角い感じで、黒で、本革か合成皮革で、骨組みはステンレスのピカピカなやつだ。濃い目のグレーの絨毯を敷いて、上にダークブラウンの四角いテーブル。天板は緑がかったガラスなんていうのもいい。

 ファミリータイプのコーナーを抜けてそれらしいソファがあらわれてきた。すわってみる。広い。ひとりではもてあます。ひじ掛けを使ってすわると、片側の広いスペースが茫漠として寂しさを感じさせる。真ん中にすわると、両サイドが空いていて落ち着かない。病院か役所で待たされているような気分になる。くつろげるようなものではない。ひとりですわるにはひとり掛けの方がよいというのは、安藤くんの言う通りだ。認めざるを得ない。でも、わたしは寝ころびたいのだ。大した問題ではない。失礼してソファに横になる。スカートを整える。いまいち安定がよくない。クッションがやわらかすぎるのかもしれない。寝ころぶように作られていないってことか。

 移動しては寝ころんでみるを繰り返す。

 どれも同じようでちがいがわからない。もう、どうしていいかわからない。ソファが欲しいという気持ちが萎えてくる。ずっとソファなしできたのだから、まだしばらくなくても困わけではない。安藤くんとは言い争いになっちゃったし、いまどこにいるかわからないし。ソファはいいから、喫茶店でも行って仲良くオシャベリしたい。

 頭を支えていて、腕が疲れてきた。一度すわって、逆側に向いて寝ころぶ。

「お客さん、どうですか寝心地は」

 安藤くんだ。背もたれの後ろにいるらしい。

「もちろん、いい寝心地だよ」

「でも、いま寝る向きをかえましたよね」

 うっ、見てたのか。いやらしい。意地を張ることも許されないのか。

「ふん。どっちの向きでもいい寝心地か確認しないといけないからね」

「もちろん。そうですとも。それで、どうです?」

「いまいちシックリこない。だからいままでソファなしだったってことなんだけど」

「それは、探すものを間違ってたからかもしれないと思いませんか」

「なに、ひとり用を押しつけようっての?」

「押しつけるなんて、とんでもない。ただ、ひとりで考えていると、隘路にはまってしまうこともありますよね。新しい視点を提供できるのではないかなってことです」

「あっそ。ひとり掛けのソファは見つかったの?」

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