2ー6 ノア様

 少し時は流れ、学園祭の準備期間がやってきた。クラスの代表であるガゼフ達を除いた生徒は、学園祭で出店するカフェの準備をしていたりする。


 そんな訳で、場所はカフェを出店予定の中庭。

 今日のクラウディアは、学生服にエプロン姿でウェイトレスをしていた。客役を申しつけられて椅子に座る俺のもとへ、カフェで出す予定のサンドイッチセットを運んでくる。


「お待たせいたしましたご主人様、BLTサンドと紅茶のセットでございます」

「……うん。皿の上になにも乗ってないのがなんか怖い」


 素で答えると、クラウディアがもぅっと頬を膨らませた。


「今日は練習だからしかたないでしょ? というか、サンドイッチは家が定食屋の子が作ってくれるから、任せておけば大丈夫らしいよ」

「……へぇ、そうなのか」


 最近は俺も手伝っているが、このあいだまではエンド王子の元で模擬訓練に参加予定だったので、その辺りの事情には精通していないのだ。

 クラウディアも同じ条件だが、給仕に関わっているので詳しいようだ。


「という訳で、紅茶は私が淹れたんだけど……飲んでみてくれる?」

「……お、おう」


 俺はちらりと、奥からこちらをうかがっているクラスメイトに視線を向けた。その子は、俺の視線に気付くなり、ついっと視線を逸らしてしまった。

 この紅茶、渋いんだろうなぁ……


 クラウディアはうちでも何度か紅茶を淹れてくれているが、あまり腕が良くない。まずいと言うほどではないが、ストレートで飲むのにはちょっとキツい。

 覚悟をして口に付けると、案の定というかなんというか……渋かった。


「どう、かな?」

「クラウディアの愛情だけは伝わってきた」

「ありがとう……あれ? それ、味はイマイチだって言ってない?」


 スルーしてくれなかったので、俺は仕方なしに肯定することにした。クラスメイトは指摘する気がなさそうだし、このままだと恥をかくのはクラウディアだからな。


「正直に言うと蒸らしすぎだな。あと、渋さの割に味が薄い。ちゃんとジャンピングしてなくて、味が出てないのを時間で補おうとするから渋くなるんだ」

「むぅ。そこまで言うからには、ノア様は紅茶を淹れるの上手いんだよね? ちょっと、私の代わりに淹れてみてよ」

「……まぁ、いいけど」



 という訳でやってきたのは家庭科室だ。クラウディアに続き――なぜかクラスメイト達が何人かついてきたので、少し広めの場所で作ることにした。


「ノアくん、私達が見学しててもいいの?」

「ここまで来てなにを言ってるんだ。かまわない――けど、俺の淹れる紅茶はそこまで凄くないぞ? 妹にねだられて、ちょっと練習したくらいだからな」


 そんな他愛もない話をしながら、紅茶を入れる準備をする。


「紅茶でもっとも重要なのは、ジャンピングさせることだ」

「ジャンピング?」


 クラウディアがぴょんぴょんと跳ねた。実はそれなりにある彼女の胸も跳ねる。


「……そうだけどそうじゃねぇよ。ジャンピングっていうのは、蒸らすときに対流が発生して、底に沈んでいる茶葉が浮き上がることを言うんだ」


 物凄くゆっくりと、自然に掻き混ぜられる。

 その状態が、茶葉の味を最高に引き出してくれるのだ。


「ノア、魔術で掻き混ぜちゃダメなのか?」


 魔術師の男子が手を上げて質問した。


「……完璧に再現できれば問題ないかもしれないが、ジャンピングを引き起こす条件には温度とか色々あるから、それらを守らずに魔術でジャンピングだけさせても意味ないかも」


 逆に、他の条件をすべて満たせばジャンピングは自然に起こる。

 そういう意味では、あまり意味のない労力である。


「まずは水、空気がよく溶け込んでいる新鮮な水を使う。それを沸騰させた直後に使うんだが、その温度が極力下がらないようにする必要があるんだ」


 たとえばポットやティーカップが冷たいと一気に冷める。それを防ぐためには、一度それらにお湯を注いで温める必要があるし、出来れば保温に敷物とかを使いたい。

 そんな説明をしながら、ポットに茶葉と沸騰したお湯を注いだ。


 ガラスの丸いポットの中で、茶葉がほろほろとほぐれて広がっていく。

 その光景に興味があるのか、テーブルを囲うようにみんなが席に着いた。中でも、クラウディアが目を輝かせながらその光景を見つめている。


「ちなみに、ポットの形や材質にも注意だ」

「……このポット、ダメだった?」


 クラウディアが小首をかしげる。


「いや、これは丸いガラスのポットだから問題ない。丸くなければ対流が起きにくいのと、鉄とかは味が変わるのでダメなんだ。で、後は時間を計って――」


 説明をしながら人数分のティーカップを用意する。

 ちょうどいい時間を見計らって、ティーカップに紅茶を注げば完成である。俺は紅茶をトレイに乗せ、みんなの前に配っていく。


「さぁ……どうぞ」


 俺がそういえば、みんなが一斉にティーカップを口に付けた。

 ほぅっと溜め息がそこかしこから零れる。


「わー、美味しいっ。クラウディアの淹れた紅茶と同じ茶葉とは思えないよ!?」

「うぐっ」


 女友達のストレートな物言いに、クラウディアがダメージを受けた。クラウディアは恨みがましそうな目で俺を見上げた。


「ノア様のせいで恥かいたよぅ」

「いや、別に恥じゃないと思うが……」


 ちょっと渋いだけで、言うほどまずい訳でもなかった。

 あのまま店に出していたら――恥をかいたかもしれないが。なんてことを考えていると、そのやりとりを聞いていたクラスメイトの一人が小首をかしげる。


「ねぇクラウディア。どうしてノアくんのこと、ノア様って呼ぶの?」

「え、どうしてって?」

「だって、この学園が身分にかかわらず対等だって知ってるでしょ? そもそも、もともとは特別クラスにいたんでしょ? なのにノア様って、逆じゃない?」


 クラスメイトの言うとおり身分にこだわるのであれば、エンド王子の婚約者の方が、エンド王子の護衛騎士を務めていた俺よりも上である。

 だけどクラウディアは、学園で初めて会ったときから俺のことをノア様と呼んでいた。

 そして、まだクラウディアが聖女じゃなかったときも……


「もしかして、ノアくんに弱みでも握られてるの? もしそうなら、私が助けてあげるよ~」


 からかわれている。それに気付いたクラウディアは苦笑した。


「そんなんじゃないよ。ノア様はノア様だから、ノア様なんだよ~」


 にへらっと笑う。

 もしかしたら、クラウディアは俺と学園で出会う前に会ったことを覚えているのだろうか? そう思って視線を向けるが、その表情から内心は読み取ることが出来なかった。


 そんな俺の視線に気付いたクラウディアが俺を見た。


「ノア様、私が上達するまで、紅茶の淹れ方を教えてくれる?」

「……あぁ、もちろん」

 

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