1ー1 弱みには付け込まない
「――まぁそんな訳で、俺はエンド王子の護衛騎士の任を解かれたって訳だ」
パーティーのあった日の夜。
友人のガゼフに呼び出され、街の食堂へとやってきた。そこで会場でなにがあったかガゼフに説明すると、彼はなんとも言えない顔をした。
「……おまえ、もうちょっと後先考えろよ」
「仕方ないだろ、許せなかったんだから」
クラウディアを庇うのではなく、第一王子に寛容な態度を求める。『そうした方が、まわりの好感度が高いですよ』なんて方向で攻めれば、俺は護衛騎士を続けられたかもしれない。
だが、それだとクラウディアの罪を認めることになる。それが嫌だったのだ。
「はぁ、真面目だね。それとも、クラウディアちゃんに惚れてるのか?」
「そんな下心で助けたんじゃない。俺はただ、無実の罪を着せられそうになっている彼女を見てられなかっただけだ」
「まぁそうだよな。クラウディアちゃんは堅物だし、飾りっ気はないし、真面目な良い子だとは思うけど、女の子としての魅力には欠けてるよなぁ~」
「……そうか?」
たしかに、皆が制服を改造する中、クラウディアは既製品のまま着こなしているし、スカートの丈もかなり長い。メイクもしていない様子だし、髪も後ろで無造作に束ねているだけ。
だがそれは彼女が着飾っていないだけで、素材は他の誰よりも綺麗だと思う。
「なんだなんだ、やっぱり惚れてるのか?」
「だから、助けたのはそういう理由じゃないって。ただ、知ってる女性の中で誰が一番可愛いかって言われたら、クラウディアが一番可愛いと思うってだけの話だ」
「……はぁ、ノアはまだまだお子様だねぇ」
なにやら呆れられてしまった。
「……そんなところでなにやってるんだ?」
夕食を終えて寮に戻ると、クラウディアが俺の部屋の前で三角座りをしていた。
「ノア様。……その、寮を追い出されてしまって」
「は? 寮を追い出された?」
「実は――」
いままで彼女が暮らしていた部屋は、第一王子の婚約者にあてがわれる特別な部屋だったらしい。だが、婚約破棄によってその部屋も追い出された、ということのようだ。
「……いきなりだな。だが、それなら、他の部屋に移ればいいんじゃないか?」
「そう、なんですけど……いまは他に空き部屋もなくて、相部屋に一人で住んでる子は何人かいるんですが、私はエンド王子に糾弾された身なので……」
「なるほど、面倒ごとはごめんって断られたんだな」
予想通りだったようで、クラウディアは抱えた足と胸のあいだに顔を埋めた。
「グランマは出張中だし、このままじゃ住むところがなくて、学園にも通えません」
「それは……大変だな」
俺がそう口にした瞬間、クラウディアがばっと顔を上げた。
その勢いのまま立ち上がり、ずずずいっと詰め寄ってくる。
「そうなんです、大変なんです。ところでノア様は、相部屋に一人で住んでいますよね?」
「住んでるが――待て待て待て。まさか、俺の部屋に押しかけるつもりか?」
「最悪は部屋が見つかるまででかまいません!」
「いやしかし、異性で同棲は色々問題があるだろ?」
「問題ってなんですか? 私が学園に通えない以上の問題がありますか? あったら言ってみてください。全部論破してみせますからっ!」
クラウディアは更に詰め寄ってくる。俺は後ずさるが、廊下の壁に追いやられた。更に一歩距離を詰めた彼女は、俺にピタリと身体を押し付けてきた。
彼女のアメシストのような瞳に、自分の慌てた顔が映り込んでいる。
「いや、だから……規則とか」
「平気です。異性と相部屋をしてはいけませんなんて校則に書いてません!」
「それはたぶん、当たり前すぎて書いてないだけだ。……問題が起きたらどうする」
顔が近いと、明後日の方を向きながら答える。
「書いていないことが重要なんです。それにノア様なら大丈夫です、問題になんてなりません! 炊事洗濯を始めとしたご奉仕もします。絶対にノア様に損はさせません!」
「いや、信用してくれるのはありがたいけどさぁ」
「ノア様が私を学園追放から救ったんじゃないですか! 中途半端に手を差し伸べて、ここで見捨てるんですか? ちゃんと最後まで責任取ってください!」
言い方はアレだが、たしかに言ってることは正論だ。
それに俺は、エンド王子にクラウディアを監視しろと言われた身だからな。
「分かった。部屋が見つかるまでだからな」
クラウディアが破顔して、とびっきりの笑顔を浮かべる。
それを見て、俺は自分の選択が間違っていなかったのだと確信した。
「おじゃましまーす」
「違う、ただいまだ」
訂正してクラウディアを部屋へと招き入れる。
部屋はワンルームで、キッチンとトイレ、小さなお風呂が備え付けてある。二人でも十分に生活できる広さだが、異性となると色々な問題がある。
「着替えとかは基本風呂の前にある洗面所だな。ノックは必須。あと、部屋の奥にあるタンスは空だから、クラウディアの荷物はそこにしまってくれ」
「ありがとうございます」
いつの間にやら、クラウディアの口調が丁寧なそれに戻っている。
それに気付いた俺は頬を掻いた。
「クラウディア、一緒に住むのなら、丁寧な口調はやめないか?」
「いいんですか――いいの?」
「俺は素のクラウディアの方が好きだ」
「ふえっ!? あ~えっと、しゃべり方がってことだよね。うん、知ってる、勘違いなんてしてないよ、私は大丈夫。もう何回も騙されて覚えた。ノア様は無自覚人誑し」
「はい?」
「なんでもないよ。これからは普通に喋らせてもらうね」
「おう、そうしてくれ」
それから、部屋で一緒に住む上でのルールを決める。といっても難しいことじゃない。男女が一緒に住むに当たっての、問題が起きないようにするための必要最低限のルールだ。
「ま、詳細はおいおい決めていこう」
「うん。ノア様、なにからなにまでごめんね?」
「いい、気にするな」
とまぁ、クラウディアと俺は同じ部屋で生活することとなった。その後、クラウディアと俺が交互にお風呂に入り、二人とも寝る準備を終えてパジャマ姿になる。
「さて、俺はこっちのベッドを使っているから、クラウディアは奥のベッドを使ってくれ。俺と並んで寝ることになるが……本当に大丈夫か?」
「私は大丈夫だよ。ノア様こそ、大丈夫?」
「……は? 大丈夫って、なにが?」
「隣に可愛い子が寝てて、ムラムラして眠れなくなる、とか?」
「むら――っ。ば、馬鹿なこというなっ!」
咽せながらも叱りつける。
シスターと違って、聖女は乙女でなければならないといった決まりはない。たとえばメリッサ。彼女が乙女かどうかは知らないが、あれくらいギャルっぽい聖女も普通に存在する。
さっきのセリフは、相手が相手なら冗談では済まなくなるところだ。
「馬鹿なことじゃないよ。私だって……男の人の部屋に泊まったらどうなるかくらい知ってるよ。知ってて、ノア様の部屋に泊めて欲しいって言ったんだよ?」
「クラウディア、おまえ……」
アメシストの瞳には、たしかな覚悟が浮かんでいる。
彼女はゆっくりと俺に詰め寄ってくる。
押された俺はベッドサイドへと座り込んだ。クラウディアはそのベッドサイドに片膝を乗せると、両肩を押して俺をベッドに押し倒した。
「ノア様、初めてで上手く出来ないかもだけど、私、頑張るから……」
馬乗りになった彼女は、俺のパジャマのボタンを外そうとする。だがその指は微かに震えていて、上手く俺のボタンを外せないでいる。
俺は思わず溜め息をつき、それからクラウディアをぎゅっと抱き寄せた。お風呂上がりのクラウディアは暖かく、パジャマの薄い布越しに伝わる感覚は柔らかい。
「ノ、ノア様――ひゃわっ!?」
身体を密着させて横に転がれば、クラウディアと俺の上下が入れ替わる。クラウディアを組み敷くような体勢になった俺は――そのままベッドから立ち上がった。
「……ノア様?」
不安と安堵をないまぜにしたようなアメシストの瞳が俺を見上げている。
彼女を見下ろし、思わず頭を掻いた。
「あのなぁ。王子に虐げられたうえに、部屋を追い出されて落ち込んでる。俺がそんな女の子の弱みに付け込むような最低野郎だと思ってるのか?」
「……ぁ」
小さな気付きがクラウディアの口から零れた。
「ご、ごめんなさい」
「……分かってくれればいい。そっちも色々あって、今日は疲れてるだろ。そう言うときは、なにも考えないで寝るに限る。ほら、灯りを消すぞ」
俺はさっさと灯りを消し、自分のベッドへと潜り込んだ。
真っ暗になった部屋の中で静かに瞳を閉じた。
「……私だって、弱みに付け込まれるようなチョロイ女の子じゃないよ」
不意に、微かな呟きが聞こえた。
俺は耳が良い方なので聞き取れたが、おそらく俺に伝えようとした言葉ではないだろう。
だが、だからこそ、その言葉は彼女の本心を現しているような気がして、その言葉の意味を凄く考えさせられることとなった。
いまのはつまり、そういう意味なんだろうか、と。
結局、俺はクラウディアの指摘通りに眠れなくなった。
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