1ー6 仲間になる条件

 第二王子の招きに応じた俺達が馬車で案内されたのが学園の敷地内にある屋敷だった。


 王立学園の敷地は広大で、その中には有力な貴族の子供が暮らすお屋敷も存在する。俺達が案内されたのはその一つ。第二王子が暮らすお屋敷である。


 本来、王族からの呼び出しに拒否権なんて存在しない。にもかかわらず、クリフォード王子の使者は物腰が丁寧で、こちらの予定を配慮する気遣いまでみせた。


 ……いや、そこはそんなに驚くことではないかもしれないが、エンド王子はそういう気遣いがなかったからな。それだけで、エンド王子よりもずっと好感触だ。



 という訳で、通された応接間でクリフォード王子の到着を待つ。

 俺の隣、ソファに並んで座ったクラウディアが顔を近付けてきた。


「ねぇ、ノア様。クリフォード王子が私達に話ってなんだろうね?」

「いくつか予想はつくが……聞いてみないと分からないな。けど……」


 エンド王子のときのようになにか起きても、クラウディアは俺が護る――とは口にしなかった。そういうのは、言葉じゃなくて行動で示すべきだと思ったからだ。


「けど……なぁに?」

「いや、なんでもない」


 首を傾げるクラウディアの頭に手を乗せて、艶やかな夜色の髪を撫でつける。


 キョトンとしたクラウディア。彼女は不意にアメシストの瞳を輝かせた。それから蕩けそうな笑みを浮かべ、俺の肩に自分の頭を擦り付けてきた。

 彼女は俺がなにを言いかけて、なぜ言わなかったかにも気付いたらしい。


 続けて、クラウディアが俺の首に腕を回した。

 それから目を瞑り、ゆっくりと顔を近付けてくる――そのとき。扉が開いて、クリフォード王子と護衛騎士、それにお付きの者達がぞろぞろと部屋に入ってきた。


 俺は背筋をただして、クリフォード王子を迎えるために立ち上がる。クラウディアは、俺よりも早く立ち上がっていた。なんという変わり身の早さ。


「お初にお目に掛かります、クリフォード王子。私はノア・ウォルト。そしてこちらが――」

「わたくしはクラウディアでございます」

「ああ。僕がクリフォードだ。ノア、それにクラウディア。突然の呼び出しにもかかわらずに応じてくれて感謝する。それと、ここは学園の中だ。堅苦しい態度は必要ない」

「はっ。お気遣いに感謝いたします」


 俺が応じて、クラウディアも姿勢を崩さない。上位者の言う、今日は無礼講とか、楽にしていいなどの指示を鵜呑みにすると酷い目に遭うのだ。


「はは……それはエンド兄さんの教育かい? 本当に楽にしてくれてかまわないよ。そもそも、今日は僕が突然呼び出したんだからね。さぁ、座ってくれ」


 気さくな態度でそう言って向かいのソファに腰掛ける。

 クリフォード王子に倣って、俺とクラウディアも腰を下ろした。


「さて、話の前に……一つだけ。キミ達はずいぶんとエンド兄さんの影響を受けているようだから、あらためて言っておくよ。学園における僕の立場はキミ達の後輩だ」


 ちらりとクリフォード王子のお付きの者へと視線を向ける。それに気付いた彼らは、こくりと頷いてみせた。どうやら、本気でため口で良いと言っているらしい。

 第一王子と性格が違いすぎてびっくりだ。


 クラウディアがどうする? と視線を向けてくる。


「……分かりました。だけど、さすがに王族にため口は難しいです。俺もある程度は砕けた話し方をさせてもらうので、それで許してもらえますか?」


 一人称を俺と変え、口調を少しだけ砕けた感じに変える。


 これは賭けだ。相手がエンド王子であれば、ホントに口調を崩すとか馬鹿じゃないかと罵られるところである。だが、クリフォード王子はそうしないと賭けた。

 いや、もう少し気の言い方をすると、クリフォード王子の言葉を信じたのだ。


「……うん、良いね。自らが矢面になって聖女を危険から護りつつも、こちらを信用していると証明してみせた。決断力があり、そして勇気もある。実に騎士向きの性格だ」

「ふふん」


 クラウディアが得意げに鼻を鳴らした。


「なんでおまえが得意げなんだ。というか、おまえは王子に遠慮がなさすぎる」

「だって、ノア様が褒められるのは嬉しいじゃない」


 そう言ってくれるのは嬉しいが、いいかげんに恥ずかしい。

 というか、クリフォード王子にも笑われてしまう。


「はは、噂に聞いていた通り仲良しなんだね」

「――はい。エンド王子からも祝福していただいています」

「え、兄さんが?」


 クリフォード王子が目を丸くするが、驚いたのは俺も同じだ。


「そんなこと、エンド王子が言ったのか?」


 俺が尋ねると、クラウディアはイタズラっ子のように笑った。


「ノア様もいたときだよ。二人はお似合いだって」

「そんなこと、言われたっけ……?」

「正確には、才能がない者同士でお似合い、みたいな言葉だったけど」


 クリフォード王子が声を上げて笑った。


「ははっ、それは最高に皮肉が効いているね。学年トップクラスの成績を誇る騎士と、一気に第四階位まで覚醒した聖女に才能がないだなんて、兄さんしか言わないだろうね」


 クリフォード王子にとっては、兄への皮肉も同然だった。にもかかわらず、クリフォード王子は楽しげに笑っている。その意図を読み取りかねて眉をひそめる。


「あぁ、そんなに警戒しないでくれ。僕はフリーになったキミ達をスカウトしたいんだ」

「……スカウト? 仲間になれ、と?」

「そうだよ。知っていると思うけど、僕はエンド兄さんと王太子の座を争っている。だから、エンド兄さんに見限られた、けれど本当は優秀なキミ達には非常に興味があるんだ」


 エンド王子の見る目のなさを証明しつつ、自分の評価を上げる一手。たしかにそういう意味では、公式の場で無能扱いされた俺達は最高の人材だ。

 ただし――


「俺達がクリフォード王子の下で活躍すれば、エンド王子に目を付けられるのでは?」

「そうかもしれないね。でも、彼女は既に第四階位に至った。僕の下に来なかったとしても目を付けられるんじゃないかな?」

「……それは、たしかに」


 既に目を付けられているはずだ。

 クラウディアが再びエンド王子の婚約者に仕立て上げられることはあり得ないが、エンド王子が突っかかってくることは容易に想像できる。


 ついでに言えば、メリッサが突っかかってくる可能性も否定できない。こちらは、なにやら療養中で学校を休んでいるそうなので当分は安心だが、このまま終わるとは思えない。


 意見を求めてクラウディアを見ると、彼女はこくりと頷いた。

 どうやら、俺に任せてくれるつもりのようだ。


「仲間になれば護ってくれると?」

「仲間を護るのは当然のことだからね」

「では、仲間になったとして、俺達になにをさせるつもりですか?」


 ここでいう仲間というのは、学園内でおこなうお試し雇用だ。

 たとえば俺は、学園内限定でエンド王子の護衛騎士として雇用されていた。あのまま護衛騎士を続けていたら、卒業後は正式に彼の護衛騎士として雇用されていただろう。


「キミ達には選抜チームに所属してもらうつもりだ」

「選抜チームですか? ですが、学園祭のチームは……」

「ああ、既に決まっている」


 クラウディアと話していた模擬訓練のチームのことだ。普通はクラス代表のチームが参加するのだが、そこに特別クラスの代表が率いるチームも参加する。

 それがいわゆる選抜チームと呼ばれている。


 模擬訓練以外にも、トーナメント戦や各種種目は存在するが、さきほどクリフォード王子が口にしたように、とっくにメンバーは決まっている時期だ。

 俺達が後から他のメンバーと入れ替わりなどになれば軋轢が生まれるだろう。


「どうするつもりですか?」

「選抜チームとして動くのは、文化祭の後からだね。それまでは普通にしてくれればいい」

「普通……ですか?」

「キミ達が活躍すれば、キミ達を仲間にした僕の評価は勝手に上がるだろ?」

「活躍と言われても、文化祭ではなにも出場しませんよ?」


 もともとエンド王子のチームで参加予定だったので、誰でも参加できるトーナメント戦のような種目にも登録していない。今年の学園祭はのんびり過ごす予定なのだ。

 だけど、クリフォード王子は問題ないと笑った。


「大丈夫だよ。キミ達は普通にしているだけで色々なことに巻き込まれていくはずだから」

「そ、そうですかね……」


 否定したいが、エンド王子に絡まれる予感はひしひしとしている。


「ま、気負わなくても良いよ。差し当たっては、文化祭を謳歌してくれればかまわない」

「まぁ……そういうことなら問題ありません。選抜チーム入りも光栄なことですから」


 エンド王子のチームは無茶ぶりに振り回されたが、こちらはそんなことはないだろう。


「話が早くて助かるよ。それじゃ次は仲間になる見返りだ。まず、他の仲間と同じように、キミ達になにかあれば僕が護ろう。後は……寮から、この屋敷へ引っ越しかな」

「――はい、それについては要求があります!」


 クラウディアが勢いよく手を上げて発言した。


「もちろん聞こう。どんな要求だい?」

「部屋は、私とノア様が一緒に住める相部屋にしてくださいっ!」


 いやまぁ……避けては通れない要求ではあるが、部屋の空気が変になったじゃないか。

 なんか、クリフォード王子のお付きからすっげぇ睨まれてるぞ。


「ええっと、キミ達は一緒に住んでいるのかい? もともとは兄さんの婚約者と、兄さんの護衛騎士、だったんだよね?」


 クリフォード王子にまで、いぶかしむ様な目で見られてしまった。


「ええ、まぁ……クラウディアがエンド王子の寮を追い出されまして」

「あぁ……なるほどそれで。……でも、引き続き、一緒の部屋が良いんだよね?」


 いたたまれない。

 なにか言いたげな視線が凄くいたたまれない。


 クラウディアがエンド王子の婚約者だった頃から関係があった訳ではないと言い訳するべきだろうか? だが、聞かれてもないのに言い訳するのは却って怪しい気がする。

 そう思っていたらクラウディアがはにかんだ。


「その……恥ずかしい話ですが、途方に暮れていたところをノア様に助けられて、とても紳士的な対応をしていただいたので、ついつい頼ってしまっているのです」

「あぁ……なるほどね」


 弱みには付け込まないと言ったときのことだろう。

 その後は……なのだが、クラウディアの言葉だけ聞くと、とても健全な生活を送っているように聞こえる。とくにクラウディアが無邪気な表情なのでなおさらだ。


 結局、クリフォード王子も、そう言うこともあるのかと納得したようだ。

 ……女の子って怖い。



「部屋は後でメイドに案内させよう。これでキミ達は正式に僕の仲間だ。ひとまず、僕の仲間を紹介するよ。こっちの騎士がエイブラ。僕の護衛騎士を束ねる隊長だ」


 おそらく二十代半ばくらい、ワイルドな髪型の精悍な男だ。

 ただ立っているだけなのに隙がない。

 学園内で護衛や使用人を務めるのは同じ学生だが、その総轄は現役の者が務める。つまり、彼がクリフォード王子の仲間で最強。

 というか――


「……まさか、剣の一族のエイブラ様ですか?」

「ああ、俺がそのエイブラだ」


 正真正銘、この国の最高クラスの騎士である。

 その彼が、俺を見てニヤリと口の端を吊り上げた。


「さっそくだが……ノア、その実力、たしかめさせてもらおう」


 どうしよう、新しい所属先の隊長が脳筋だった。



「隊長、またいつもの腕試しですか?」

「いや、このあいだ、パン屋のリリスちゃんに振られたからじゃね?」

「あ~、そっちが理由かもな」

「あんなに可愛い聖女と同棲してるとか、羨ましけしからん」


 ……なんか、やっかみが多い。

 と思ったら、何人かの護衛騎士が俺のまわりに集まってきた。


「大丈夫だ。うちの隊長は強いからな。ボロ負けしても落ち込む必要なんてないぜ」

「そうそう俺なんて、同じように腕試しされて三合と持たなかったからな。仮に一撃で負けても俺達は笑ったりしないぜ。俺達はな!」

「そうそう。クラウディアちゃんがどう思うかは分からないけどな! 大丈夫。愛想を尽かされても、俺達が食堂かどっかで慰めてやるからよ!」


 励ま……されているんだろうか? やっぱりやっかみが多い気がする。剣術で勝敗がつく前に、嫉妬の炎で焼き殺されるかもしれない。

 

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