3ー10 三人称:ガゼフ視点 続 +α

「ガゼフ、しっかりしなさいよ、ガゼフ!」


 泣きじゃくるようなレティシアの声に、ガゼフは意識を取り戻す。ゆっくりと目を開けば、ぼやけた視界に泣きじゃくるレティシアが映り込んだ。


「レティシア……無事、か?」

「こんなときまで人の心配しないでよ! 私は貴方に助けられたから無事よ!」

「……ゴブ、リンは?」

「リックが機転を利かしてトドメを刺してくれたわ。いまは襲撃も一時的に収まってる。それより、いまは自分の心配をして! 酷い怪我をしてるんだから!」


 言われて視線を落とせば、胸の辺りをバッサリと切られていた。レティシアが必死に止血をしようとしているようだが、包帯もなくて上手く血が止められないようだ。


「……はは、どうりで痛いと思った」

「ばかばかばか、どうして私を庇ったりしたのよ!」

「さぁ、なんでだろう? おまえのことが好きだから、かな」

「ばか、ホントにばか!  こんなときまで調子の良いこと言わないでよ!」


 泣きじゃくりながら怒った顔をする。

 そんなレティシアが可愛らしいと、ガゼフは口元を緩めた。


「嘘じゃ、ない。……信じては、もらえなくても、仕方、ないけど、さ。……おまえとは、高等部へ上がった最初の、日に……会ったことが、あったんだ……」


 高等部の入学式の朝。

 ガゼフは道に迷って困っている女の子を助けた。


 それが当時のレティシア。ちょっと泣きそうになっていた彼女は、道を教えてくれたガゼフに『ありがとう』ってはにかんだ。


「あのとき、俺はおまえのこと、気になり、始めたんだ……」


 だが同時に、レティシアの見た目は、トラウマを植え付けた幼馴染みを彷彿とさせた。同じ想いをするのが怖くて、ガゼフは違うタイプの女の子を追い掛けるようになった。


 なのに、レティシアはイメチェンをして、ガゼフが追い掛けているような女の子と同じようなイメージになった。ダメだって分かってても、意識せずにはいられなかった。

 だから――


「おまえに惚れられたら、嬉しい、かな……って。気付いたら、体が動いてた」

「なによ……それ、なによそれ! ばっかじゃない!」

「はは、そっか、な……」


 これでも頑張ったんだけどな――と、ガゼフは力なく笑った。

 それでも、レティシアはばかだと連呼する。

 そして――


「だって私は、とっくに貴方に惚れてるんだから!」


 顔をくしゃくしゃにして叫んだ。

 レティシアの瞳から止め処なくあふれる涙がガゼフの頬を濡らしていく。


「は、はは、そっか……そう、だったんだ。なら俺は、それだけで……」


 報われない努力じゃなかった。

 それに気付いたガゼフは、その事実に満足して目を瞑る。


「いやっ、待って! ガゼフ、死なないでっ。お願いだから死んじゃ嫌!」


 レティシアが縋り付いてくる。

 そして――


「レティシアの言うとおりだ。まだ死ぬには早いぜ――親友」


 頼もしい友人の声が響いた。



     ◆◆◆ 一人称:ノア視点 ◆◆◆




 目的地にたどり着いてみれば、そこはまるで地獄だった。

 そこかしこに魔物の死体が転がっていて、その中心でガゼフのチームが集まっている。先生は血まみれで、リックは座り込んでいて、レティシアはうずくまっている。


 最悪の事態が脳裏をよぎる。

 慌てて駆け寄ると、レティシアは血まみれのガゼフに「死なないで」と縋り付いていた。そのガゼフはまだ息があり、五体も満足に繋がっている。

 だから――


「レティシアの言うとおりだ。まだ死ぬには早いぜ――親友」


 到着を知らせ、続けてクラウディアに指示を出す。

 クラウディアは即座にガゼフの側に膝を付いた。


「クラウディアっ! お願い、ガゼフがっ! 私を庇ったの!」

「大丈夫だよ、レティシア。私に、任せて!」


 そう言うが早いか、足下に通常よりも大きな魔法陣を展開する。

 ヒールの効果を拡大している。魔法陣の大きさに見合った魔力を注ぎ込めば、ガゼフの身体が淡い光の粒子に包まれ、その傷がみるみる塞がっていく。


「……ふぅ、これで傷は塞がったよ。ガゼフくん、意識はある?」


 ヒールの光が消えたあと、クラウディアがガゼフを揺り動かした。

 ガゼフはゆっくりと目を開く。


「あぁ……なんとか、な。クラウディアちゃんが助けてくれたのか?」

「欠損がなくて幸いだったね。ただ……私が使ったのは効果を拡大しただけのヒールで、エクストラヒールみたいに、失った血を取り戻せる訳じゃないから油断は禁物だよ」

「あぁ……そう、みたいだな」


 起き上がろうとしたガゼフが貧血のようにふらついた。

 レティアが慌てて支える。


 気遣うように声を掛けるレティシアと、それに穏やかな表情で応じるガゼフ。

 ……なにか、あったようだな。


 ひとまず、その二人は置いておき、クラウディアへと視線を向ける。


「クラウディア、まだ魔力は大丈夫か?」

「うん、魔力だけは自信があるからね。みんなの傷も治しちゃうよ」


 立ち上がったクラウディアが、足下に巨大な魔法陣を展開する。続けて魔力を流し込めば、そこから幻想的な光の粒子が立ち上る。

 クラウディアの扱える第四階位の奇跡、エリアヒール。


 温かい光を浴びた者達の傷が癒えていく。先生達や俺、それにティリアの軽傷はもちろん、リックの足の負傷も綺麗に消え去った。


「クラウディア! そんなに奇跡を連発して魔力は大丈夫なのか? おまえには、まだ聖域を使って、瘴気溜りを浄化してもらう必要があるんだぞ?」


 カルロス先生が慌てた様子で駆け寄ってくる。


「大丈夫ですよ、先生。魔力は残っていますから心配しないでください」

「……マジか? ギリギリ行ける感じか?」

「いえ、エリアヒールを数発撃っても、聖域を使うのに支障はないと思います」

「そ、そうか……なら、問題はないな」


 カルロス先生がちょっとうろたえている。

 レティシアが「普通、聖域を一回使えば、魔力はほとんど尽きるんだけど……」と呟いているので、クラウディアの魔力量は相当多いんだろう。

 第一階位までしか使えなかったとき、ずっと魔力を増やす訓練をおこなっていたからな。


「よし、そう言うことなら急いで瘴気溜りを浄化しよう。場所はすぐそこだ。厳しい状況だが、瘴気溜りさえ浄化してしまえば魔物の増加を防げるからな。気合いを入れていくぞ!」

「「「はいっ!」」」


 先生の号令の元、俺達は瘴気溜りを目指して進軍を開始する。

 

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