3ー9 三人称:ガゼフ視点
ノア達が野営の準備を終えた頃、ガゼフ達のチームはチェックポイント付近に到着していた。最速ではあるが、強行軍をおこなったために全員の疲労が濃い。
「レティシア、リック、無茶に付き合わせて悪かったな」
「チームが優勝するためだもの。付き合わされたなんて思ってないわよ」
「そうだぜ。ここで優勝すれば出世だって思いのまま。自分のためでもあるんだ。ガゼフに付き合わされたなんて思ってねぇよ」
頼もしい仲間の言葉に、ガゼフの頬が緩む。だが、さすがに疲労が蓄積しているのも事実だ。気を引き締め、早々に野営の準備を始めることにした。
「レティシアはすぐに休んでくれ。先生の奇襲があるはずだ。早々に魔力を回復させないと、先生に全滅させられたら意味がないからな」
「ええ、そうさせてもらうわ。でもその前に、一度くらいならヒールを使えるけど?」
「なら、リックを回復させてやってくれ」
「いや、ガゼフを頼む。俺はかすり傷だが、ガゼフは何度か俺を庇って負傷してるはずだ」
レティシアがガゼフの傷を確認して溜め息をついた。
「こんな怪我をしてるなら早く言いなさいよ」
呆れつつ、ガゼフの腕を取ってヒールの奇跡を使った。
レティシアのヒール、温かな光がガゼフの腕の傷を癒やしていく。結構な負傷だったが、レティシアの残りの魔力でもなんとか癒やしきることが出来た。
「はい、これでホントに打ち止めよ」
「レティシア……その、助かった」
「良いわよ。それじゃ、さきに休ませてもらうわね」
レティシアは笑って、設営した簡易テントの中に潜り込んだ。
直後、森の向こうから草木を掻き分ける音が響く。
「先生が来たぞ!」
「なっ、レティシアがテントに入ったばかりだぞ!?」
本来であれば、女性がテントに入った直後の襲撃はない。にもかかわらず、その直後に先生が向かってきた。
その事実にガゼフ達が騒然となるが――
「――待て、訓練は中止だ!」
先生がそう叫んで駆け寄ってくる。あの手この手で不意を突いてくる先生の話は有名だが、さすがにいまのは嘘じゃないだろう。
なにかが起こったことを察したガゼフ達は武器を下ろして先生を出迎えた。
「先生、中止とはなにがあったんですか?」
ガゼフが皆を代表して問い掛けた。
「ああ。森に魔物が現れた」
「魔物っ!? じゃあ、まさか――」
「ああ。何処かに瘴気溜りが発生しているらしい」
レティシアとリックが目に見えてうろたえた。
特派クラスの生徒として、発生した魔力溜りを浄化するための訓練を受けている身ではあるが、実際に瘴気溜りが発生した場所に立ち会うのは初めてである。
だが、訓練は受けているからこそ、十年以上瘴気が発生していなかったこの森に瘴気が発生したことがどれだけ危険かも理解している。
ガゼフが二人を落ち着かせようとした瞬間、先生の後ろに魔物が現れた。
「先生、後ろです!」
「――馬鹿なっ、ゴブリンだと!? 瘴気溜りは発生したばかりじゃないのか!?」
発生した瘴気溜りは通常、まずは周囲の獣を魔物へと変異させる。そうして瘴気を強め、獣を媒介としない強力な魔物を発生させる。
いきなり人型の魔物が発生するのはかなりの異常事態である。
「くっ! だが、ゴブリンならば恐れるにたらぬ!」
真っ先に平常心を取り戻した先生がゴブリンを一刀のもとに斬り伏せる。獣とは違う、子供のような姿をした人型の魔物。それを殺したことでガゼフ達に動揺が走った。
そして――
「な、なんだよ。なんでいきなりこんなことになってるんだよ!」
リックが気圧されるように後ずさる。
その背後に新たなゴブリンが待ち受けていた。
「リック、後ろだっ!」
先生の声を聞いて、リックが慌てて振り返る。それとほぼ同時に、ゴブリンがみすぼらしいショートソードを振るった。その一撃がリックの足を傷付けた。
「――ぐっ」
足を斬られたリックが転倒する。
ゴブリンがトドメを刺そうとするが――
「やらせるかよっ!」
先生の警告と同時に動いていたガゼフがゴブリンを斬り伏せた。人の姿をした魔物を斬り伏せたことに吐き気を覚えながらも、リックのもとへと駆け寄った。
「リック、大丈夫か!?」
「あ、あぁ、だいじょう――ぐっ。……悪い。立ち上がるのは厳しそうだ」
ヒールで治せる範囲ではあるが、それなりに傷が深い。すぐにヒールを頼もうとレティシアを見たガゼフは、彼女の魔力が尽きていることを思いだした。
「あ、えっと……まずは止血をしよう」
「……どうした、なぜヒールをしない」
先生が駆け寄ってくる。
「ここまで無理をしたせいで、レティシアの魔力は残っていません」
「なんだと!? それで、リックは歩けそうなのか?」
先生がリックに問い掛ける。
「……肩を貸してもらえれば、なんとか」
「そう、か……」
足場の悪い森の中。肩を貸して歩きながら襲撃を警戒するのは自殺行為だ。
その結論に、この場にいる全員が思い至った。
「……仕方ない。ここで耐えるぞ。レティシアはリックの応急処置を。俺とガゼフは周囲の警戒だ。救援が来るまで頑張るんだ」
先生はそう言って少し離れ、魔導具を使って本部と連絡を取り合う。ほどなくして戻ってきた先生は、良い知らせと悪い知らせを持って戻ってきた。
「まずは悪い知らせだ。瘴気溜りはここからすぐ近くにあるらしい。つまり、魔物の発生が、一番激しい場所にいると言うことだ」
その事実にガゼフは生唾を飲み込んだ。
「……では、良い知らせは?」
「近くにいたチームが先生と共に救援に駆けつけてくれるそうだ。魔力を残している第四階位の聖女がいるから、瘴気溜りも払えるらしい」
その言葉にガゼフ達は顔を見合わせた。無茶な行動を含めて、その条件に当てはまりそうな連中の心当たりは一つしかなかったからだ。
「そいつら、もしかして……」
「あぁ、ノアのチームだ」
「……あいつら、良いところを持っていきやがって」
悪態を吐きつつも、その顔に安堵を浮かべた。
ノア達が来てくれるなら安心だと思ったからだ。
だけど――
「ちくしょうっ! 倒しても倒しても切りがない!」
ガゼフがもう何十体目か分からない魔物を撃破した。だが、ブラウンガルムにブラウンベア。更に上位のブラックと冠されるガルムやベアに、ゴブリン達が襲いかかってくる。
敵の襲撃が止まらない。
リックは立ち上がれず、レティシアも魔力は残っていない。先生が敵のまっただ中で奮闘しているが、徐々に情勢は悪化していた。
そして――
「レティシアが危ないっ!」
リックの声が響く。
ガゼフが振り向けば、ゴブリンがレティシアに向かって剣を振り上げているところだった。
「やらせるかよっ!」
ガゼフが持っている剣を投げた。その一撃がゴブリンの肩に刺さる。それによってゴブリンの攻撃はレティシアを掠めるに留まった。
だが、その攻撃でレティシアは転倒。
ゴブリンはあらためて剣を振り上げる。ガゼフも必死に走るが届かない。相手が剣を振り下ろす方が圧倒的に早いし、そもそもガゼフは武器を失っている。
絶望的な状況。
ゴブリンがガゼフを見て――ニヤリと口の端を吊り上げた。
おまえはこの女を守れない。
この女が殺されるのを、おまえはそこで見ていろ。
ガゼフは、ゴブリンにそう言われた気がした。
脳裏に浮かんだのは、幼馴染みに想いを打ち明けたときのことだ。
努力して努力して努力して、それでも届かなくて、幼馴染みにもう少しだけ待ていて欲しいと想いを打ち明けた。そのとき、幼馴染みは助けを必要としていないと笑った。
自分から政略結婚を望んだのだ、と。
どれだけ頑張っても報われない努力があることを知っている。今度もきっと無駄な努力なのだと、ガゼフは諦めようとした――刹那、レティシアと目が合った。
その瞬間、地面を力強く踏みしめる。
(報われない努力? それがどうした! そんなこと、何度だって経験してきただろ!)
馬鹿みたいに女の子を追いかけ回して、そのたびにフラれてきた。
だけど――
『助けてくれてありがとう』
そう笑顔で言ってくれた女の子がいた。
だから――
地面がジャリッと悲鳴を上げるくらいに踏みしめて前に進む。
たとえ報われないと分かっていても――
「俺は諦めねぇっ!」
必死に伸ばした手がレティシアに届いた。
座り込んだ彼女を全力で突き飛ばす。それは、ゴブリンが剣を振るう直前。間に合ったと思ったそのとき、ゴブリンは――ガゼフに向かって剣を振り下ろした。
(あぁ……そうか、こいつは最初から、俺を狙って)
引き延ばされた時間の中でその事実を理解する。
理解して――目的を果たしたガゼフはニヤリと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます