3ー11 騎士の本分

 先生達のツートップで道を切り開く。側面から来る敵は俺とリックが対応して、殿は引き続きティリアが護っている。

 それからクラウディアは真ん中。血を流しすぎて歩くのが精一杯のガゼフも真ん中で、魔力切れを起こして戦力にならないレティシアがガゼフに肩を貸している。


「クラウディア、ガゼフを助けてくれてありがとうね」

「ふふっ、ノア様がね。ガゼフがピンチだって聞いて、助けにいくって言いだしたんだよ」


 感謝するレティシアに、クラウディアがそんな言葉を返した。


「こら、クラウディア。恥ずかしいことを暴露するのはやめろ」

「だって、事実じゃない?」

「なんだ、ノア。おまえ……俺に惚れてたのか?」

「んなわけあるかっ」


 調子に乗って戯けるガゼフにツッコミを入れる。

 しかし、軽口を返す程度には回復したらしい。絶対、空元気だけどな。


「それより、もうすぐ瘴気溜りだ。ゴブリンが現れたと言うことは、急に魔物が現れる可能性があるということだ。あまり油断するなよ」


 ここが頑張りどころだと、皆の気合いを入れた。



 それから何度か戦闘を繰り返し、俺達は瘴気溜りへとたどり着いた。

 少し開けた広場が禍々しく澱んでいる。瘴気溜りという言葉は何度も授業で出てくるが、実際に目にするのは初めてだ。


「……あれが、瘴気溜りなのか?」

「そうだ。そしてその中心にある核。それを浄化すればこの状況は終わる」


 俺の呟きにカルロス先生が答える。

 先生は俺と違い、瘴気溜りを見るのが初めてではないのだろう。瘴気溜りに向けられた瞳には、静かな怒りのようなモノが湛えられていた。

 カルロス先生は一度ぎゅっと目を瞑り、それからクラウディアに視線を向けた。


「聖域を使って、あの瘴気溜りを浄化するんだ。……出来るか?」

「はい、もちろんです!」

「良い返事だ。では他の者で彼女を護る。主に周囲から押し寄せてくる魔物の対処だが、瘴気溜り付近はどこに魔物が発生するか分からない、決して油断はするな!」


 先生の指示に従い、俺達は揃って瘴気溜りの中心に飛び込んだ。

 濃密な魔の気配に息苦しさを感じる。

 だけど――


 クラウディアが即座に聖域を展開。巨大な魔法陣が足下に出現して、瘴気の浄化を始める。

 神々しい光が瘴気の浄化を始め、息苦しさが少し軽くなった。


「瘴気の喪失までしばらく時間が掛かる。付近の魔物は浄化を阻止しようと襲ってくるはずだ。浄化が終わるまで、決して警戒を怠るな!」


 カルロス先生の指揮の下、クラウディアを中心に、周囲からの攻撃を護るように展開。ガゼフとレティシアはクラウディアの側で、万一に備えてリックを護衛兼、交代要員にする。


 ほどなく、浄化を阻止しようと言うかのごとく、そこかしこから魔物が姿を現した。


 最初は足の速いブラウンガルムの群れ。それを撃退すれば、すぐ近くにいたと思われるブラウンベアやゴブリンが襲いかかってくる。

 続けてブラックベアやブラックガルム、魔法を使うゴブリンなんかが現れる。


「なんか、敵の数がどんどん増えてるよ!?」

「いま、ここを中心に、全方位から魔物が向かってきているからな!」


 魔物と戦いながらティリアの愚痴に応じる。

 中心から、十メートルから二十メートルに含まれる範囲より、百メートルから百十メートルに含まれる範囲の方が広い。後になるほど、魔物は密集して襲ってくる。

 瘴気の浄化阻止のため、周囲の魔物が一斉に集まってきている。


 だが、不幸な・・・ことに、その予想は少し外れていた。ある時間を越えると魔物の数が減った。ただし、その一体一体が格段に強くなっている。

 そして――


「オーガが三体だと!? 一体この瘴気溜りはどうなってるんだ!」


 先生の怒声が響き渡った。

 ゴブリンが人間の子供と同等ならば、オーガは屈強の騎士と同等の強さ。文字通り桁が違う。従来であれば、複数の者で取り囲んで倒すような相手だ。

 だが、いまはそれほど人手がない。


「先生達がそれぞれ一体を受け持つ! ノアとティリア、おまえ達でもう一体を受け持て。リックは引き続き待機、不測の事態に備えて周囲を警戒しろ!」


 先生の指示を受け、俺はティリアと二人でオーガに立ち向かう。


「ティリア、おまえは背後に回り込め、俺が正面を受け持つ!」


 返事を待たず、オーガの正面へと飛び出した。デカい。身長は二メートルを超えているだろう。その巨体が持つ大剣が出会い頭に振り下ろされる。


 俺は身体を捻り、その必殺の一撃を回避した。いまの一撃、もしかすりでもしていたら俺の身体は吹き飛んでいただろう。

 だけど――パワーだけなら怖くない。


 俺が攻撃を回避して作った隙、ティリアが背後から迫る。それに気付いたオーガが振り向きざまに大剣を横薙ぎに振るうが、ティリアはジャンプして回避。

 そのまま虚空で一回転すると、その勢いを使って剣を振り下ろした。


 オーガがとっさに大剣を振り上げる。

 大剣とティリアの剣がぶつかり合い――オーガが堪らず膝をついた。


 オーガのパワーに匹敵し、更には技巧まで長けているティリアと訓練を重ねる俺にとって、パワーだけの敵は恐るるにたりない。

 ティリアが作った致命的な隙。俺は背後からその剣を振るった。


「――なっ」


 必殺だった俺の一撃は、オーガの硬い皮膚に受け止められた。傷を付けることには成功したが、その一撃は致命傷に至らない。

 負傷したオーガが雄叫びを上げ、その大剣を振り回す。


「固すぎるだろ、どうなってるんだこいつの皮膚」


 一度跳び下がって体勢を立て直す。それと同時、絶えず護衛対象として意識しているクラウディアにオークが襲いかかった。

 だが、護衛として張り付いていたリックがそれの対処に当たる。


「お兄ちゃんっ!」

「――っ」


 ティリアの声に無意識に身体が動き、その場から飛び退いた。

 寸前、目の前をオーガの大剣が通り過ぎた。


 いまのは危なかった。他に意識を飛ばしている場合じゃない。

 目の前の敵に集中を……いや。

 俺は再びクラウディアとオーガの両方に意識を向けた。


 オーガへの反応が少しだけおくれるが、それでもクラウディアから意識は外さない。

 騎士たるもの、どんなときでも護衛対象から意識を反らすなとエイブラ隊長に教わった。いまこの状況でクラウディアから意識を外す訳には行かない。

 その上で、オーガを倒してみせる。


 オーガを引き付けつつ、その攻撃をギリギリで回避。その隙に背後のティリアが攻撃を入れる。そうしてオーガがティリアに意識を向ければ、今度は俺が背後から攻撃を加える。


 前後で挟んだ俺とティリアの連携。

 そのあいだにもクラウディアからは意識を反らさない。オーガに回転斬りを加えつつ、その回転をした一瞬でクラウディア達の状況を把握する。


 何体かがクラウディア達に向かっているが、リックが上手く対応しているし、それでも抜けた敵にはガゼフが足止めを請け負っている。

 まだ全力で動くことは敵わずとも、敵の足止めくらいは出来るようになったみたいだ。


 それを確認しつつ、ティリアとオーガを追い詰めていく。

 オーガに一撃を加え、再び背後に視線を送る。クラウディア達に向かっていたオーク達が全滅したのを確認するのと同時、剣を脇にグッと引き寄せ、オーガの身体を貫いた。


 確実に心臓を貫いた。これなら間違いなくオーガは死ぬだろう。

 勝利を確信した瞬間、猛烈に嫌な予感を覚えた。


 この感覚は忘れもしない。

 エイブラ隊長がクラウディアに斬り掛かったときと同じ感覚だ。


 オーガから剣を抜こうとするが、深々と刺さっていてすぐには抜けない。俺は即座に件を手放して、全力でクラウディアのもとへと駈ける。


 その距離、わずか十メートル。

 わずか数歩の距離が物凄く遠く感じられる。


 クラウディアは聖域の展開を続けていて、リックは引き続き周囲を警戒している。俺の視界に映る彼女に脅威は迫っていない。

 だけど、あのときと同じ嫌な感じがどうしても消えてくれない。


 必死に大地を蹴って、その距離を詰めていく。

 残り五メートル。

 俺に気付いたリック達が怪訝な表情をする。


 そこから更に距離を詰めれば、クラウディアのすぐ横の空間が歪んだ。

 いきなりクラウディアの真横に現れたのはオーク。強さで言えば、ゴブリンとオーガの中間。その人型の化け物が、クラウディアに向かって剣を振り下ろす。


 とっさのことに、リック達は反応できない。


 だけど俺だけは、先に動いていた俺だけはその動きに反応できた。クラウディアに駆け寄る勢いそのままに、二人のあいだに左腕を差し出す。


 ――焼けるような痛みが左腕に走った。その痛みに歯を食いしばって耐え、オークを蹴り飛ばす。けれど、その程度でオークが怯むはずもなく、再びこちらに向かってくる。


 その直後、オークに炎の矢が突き刺さった。

 それと同時、飛び出してきたリックがオークを斬り倒した。


「ノア様!?」

「――聖域を解除するなっ!」


 背後で動揺するクラウディアを叱咤する。


 それにしても、さっきのは魔術だった。一体誰がと視線を巡らせれば、森の向こうから現れたアイリ達のチームが魔物に襲いかかるところだった。


 それからティリアが先生の援護。残りのオーガを順番に倒し、見える限りの敵を滅ぼすのと、クラウディアの聖域が瘴気溜りを払うのは同時だった。

 それを確認すると同時、片腕を失った俺は背後に倒れ込んだ。

 

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