1ー9 三人称:エンド王子の後ろ盾
「ええい、エンド王子はなにを考えているのだっ」
「落ち着いてください、トアル侯爵。ここで文句を言っても状況は変わりません」
「そんなことは分かっておる!」
エンド王子の派閥を纏めるトアル侯爵。
彼はエンド王子がしでかした事実に荒れていた。
「あの王子は、わしが取り持った婚約を無断で破棄しおったのだぞ! あの婚約を纏めるのに、わしがどれだけ苦労したと思っているのだ!」
婚約を破棄した時点で、クラウディアはただの見習い聖女ではあった。
だが、それでも、彼女はあの偉大な聖女の唯一無二の愛弟子なのだ。クラウディア自身に発言力はなくとも、グランマの影響力は計り知れない。
それを一方的に破棄するなどと、愚かとしか言いようがない。
しかも――
「そのうえ、そのクラウディアが第四階位に目覚めただと? どうするのだ、あのバ――王子は。自分に見る目がないと、証明したようなモノではないか!」
「……しかし、それに関しては異例の事態ではあります。予想が付かなかったのでは?」
「たとえ偶然であろうと、そう思われること自体が失態なのだ。だからこそ、可能性があるうちは慎重に動かねばならぬ。せめて、理由を付けて距離を取る程度にするべきだった」
たとえば、特別クラスの空気が合わないのだろうと、クラウディアの特派クラス入りを命じる。そうして距離を置いて、結果が出なければそのまま見放す。
結果が出れば、自分の判断は正しかったようだと、さも当然のように呼び戻せば良い。
エンド王子の行動は、上に立つ者として軽率だったと言わざるを得ない。
「そのうえ、あのバカ――んんっ。王子は、ウォルト家の次男まで解任したと言うのだぞ」
「ウォルト家ですか。非常に有名な騎士の一族ですね」
「ああ、そうだ。剣の一族に次ぐ名門だ」
剣の一族が剣に特化しているならば、ウォルト家は騎士としての名門だ。剣技だけではなく、魔術や指揮能力、様々な分野に通じる者達を輩出している。
「その次男、しかもトップクラスの成績を収めている生徒を無能扱いしたのだ。自分に部下を扱う能力がないと言っているようなモノではないか!」
「たしかにその通りですな。しかしトアル侯爵。エンド王子の能力不足は最初から分かっていたことではありませんか?」
「……む。それは、まあ、な」
クリフォード王子は優秀で情にも厚いが、同時に平民に寄り添う傾向にある。
トアル侯爵にとっては、多少能力が不足していても、操りやすい――もとい。自分達貴族に寄り添った考えをしてくれるであろうエンド王子に王になってもらいたかった。
だからこそ、多少の能力不足に目を瞑ってエンド王子の後ろ盾になった。
だが――
「まさか、ここまでとは思っていなかったのだ」
それは自分の失態だと、トアル侯爵は頭を抱えた。
その一気に老け込んだ主の顔を見て、執事は眉を寄せる。
「此度の一件、陛下はどのように動かれたのですか?」
「王子を唆した聖女が謹慎処分になったようだが、基本的に傍観を決め込んでいるようだ。一応中立の立場を保ってはいるが、心情的にはクリフォード王子よりなのだろう」
ことを放置して、エンド王子に軌道修正の機会を与えるつもりはないらしい。
だが、表立ってクリフォード王子の味方もしていない。
もしもエンド王子がここから立て直せば、しれっと、おまえが自力で立て直すことを信じていたと言えるギリギリを保ってもいる。
クラウディアをあっさり切り捨てて痛手を被ったエンド王子とは違う、と言うことだ。
「このままでは泥船ですな」
「その通りだ。この上、クラウディアやウォルト家の次男がクリフォード王子に引き抜かれることにでもなれば、エンド王子の再起は望めぬであろうな」
と、そこに、使用人が新たな報告書をもって来た。
そこには――
クリフォード王子とクラウディア達の接触を確認、と書かれていた。
「……これは」
「ダメかもしれませんな」
トアル侯爵とその執事は白目を剥いた。
「……トアル侯爵、さすがに王子を切り捨てた方がいいのではありませんか?」
「そうだな。ただ、あのバカは聖女の件で秘策があると言っておった。ひとまず、学園祭が終わるまでは現状を維持だ。あの催しは、王子の才覚を示すような催しも多くあるからな」
この国はそこかしこで瘴気溜りが発生するという問題を抱えている。それゆえ、瘴気を払う能力を有する者が重宝される。聖女しかり、聖女を護る護衛達しかり。
――そして、それらのチームを抱える者達しかり、である。
今年は二年のエンド王子に加え、一年のクリフォード王子も参加する。そこでエンド王子が圧倒的な成績を示せば、クラウディア達の一件を覆せるだろう。
トアル侯爵はそれを期待している――のではない。
「エンド王子の言葉を信じて期待している――フリをしつつ、クリフォード王子側に寝返る準備を始めよう。いつまでも泥船にとってはいられぬからな」
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