1ー8 相部屋の必需品

「ノア様、すっごく格好よかったよっ!」

「クラウディアもナイスアシスト。まさかあそこで援護してくれるとは思わなかったよ」


 エイブラ隊長は実力を見ると言ったが、一騎打ちだとは言っていなかった。だからこそ、エイブラ隊長も開幕早々にクラウディアに攻撃を加える――なんて戦法を取った訳だが。

 だからって、そこでプロテクションをするかぁ? って話である。


「でもノア様、私が呼びかけただけで、私がなにをしようとしてるか気付いたでしょ?」

「それはまぁ、な」


 目を見た瞬間、なんとなく彼女の考えていることが分かったのだ。


「えへへ。私達、相性バッチリだねっ!」


 クラウディアがはにかみ、俺の両手をぎゅっと握ってはしゃぐ。

 その直後、横からコホンと咳払いが響いた。


「あ~キミ達? ここには独り身の学生も多いから、イチャつくのはほどほどにね?」


 クリフォード王子が呆れた顔をしていて、その後ろでは学生や使用人達が嫉妬の炎を燃やしていた。それに気付いた俺達はぱっと離れる。


「すみません、少し浮かれすぎました」

「はは、まぁ彼の意地の悪い初撃を防いだ人間は久しぶりだし、学生の身で彼と引き分けたのはキミ達が初めてだからね。誇って良いと思うよ」

「ありがとうございます。でも、力不足を痛感しました」


 試合としては引き分けたが、その実力は遠く及ばない。

 いままでは意識していなかったが、色々な意味で注目を集めているクラウディアが狙われることは今後あるかもしれない。

 彼女を護るなら、もっともっと強くなる必要があるだろう。


「あれだけの結果を出して満足していないのか。意外と欲張りだね。でも……うん、向上心があるのは良いことだ。これからのキミ達に期待しているよ」


 クリフォード王子は満足気に笑って、それからパチンと指を鳴らした。

 さっと、側に控えていた女の子が歩み寄って来る。


 俺達と同い年くらいだろうか?

 栗色の髪を後ろで纏めたメイドさんである。


「キミ達と同じ高等部二年、使用人クラスに通うフォルシーニアだ。今日からこの屋敷で暮らすキミ達の担当とする。なにかあれば、彼女に相談するといい」

「どうか、フォルと呼んでください」



 という訳で、俺達の担当となったメイド、フォルの後を付いていく。

 屋敷の大きさに、俺は思わず溜め息が零れた。


「ノア様、どうかしたの?」

「いや、屋敷の大きさに圧倒された」

「……そういえば、ノア様もエンド王子の屋敷に住んでなかったんだっけ?」

「そうそう。だから、王族の屋敷の中を見るのもこれが初めてだ」


 下手をしたら俺の実家よりも大きい。

 王族だからと言えばそれまでだが、ここが学園の敷地内で、しかもクリフォード王子個人が学校に通うために使っている屋敷と考えると圧倒されずにはいられない。


「クラウディアは寮の特別な部屋に住んでたんだよな?」

「うん。といっても、他より少し大きいだけだよ。最初はエンド王子の屋敷に部屋を用意するって言われてたんだけど、まだ婚約者の身だからって断ったの」

「……なるほど」


 断っていなければ、良くも悪くもいまとは違う展開になっていただろう。

 クラウディアの決断に感謝だな。

 なんてことを考えているうちに、フォルが角部屋の前で足を止めた。


「こちらがノア様とクラウディア様のお部屋となっています」


 フォルが扉を開け、俺とクラウディアは部屋の中へと足を踏み入れた。


 端的に言って大きい。

 リビングと寝室に加え、小さいながらもお風呂とトイレまでが備え付けられていた。


「……ここがホントに、俺達の部屋なのか?」

「使用人の部屋はもう少し小さいですし、お風呂やトイレは共同です。ただ、ノア様とクラウディア様の部屋については、クリフォード王子がご配慮なさいました」

「そっか。ならクリフォード王子に感謝を……いや、自分の口で伝えた方がいいか」

「そうした方が、クリフォード王子もお喜びになるかと思います。それと、寮の荷物は今日中に運ばせます。他に必要な物があればおっしゃってください」


 言われて部屋の様子を見回す。

 大きな窓にはレースのカーテン。床には絨毯が敷かれているし、ソファやテーブル、それに魔導具の明かりと言った調度品も取りそろえられている。

 これで足りない物があると言うのは贅沢だろう。

 そう思った矢先、クラウディアがフォルを手招きした。


「……なんでしょう? ……ふえっ!? わ、分かりました」

「それと――」

「はい? ええっと、それは……ひゃぁ……っ! わ、分かりました、注意しまひゅ!」


 噛んだ。というか、フォルの耳が真っ赤である。

 クラウディアのヤツ、一体なにを耳打ちしたんだ?


「えっと……その、ほ、他にはありませんか?」

「他にはないよ。ノア様も大丈夫?」

「あぁうん、大丈夫だけど……」


 一体なにを言ったんだという視線は黙殺されてしまった。

 フォルも逃げるように部屋を退出してしまう。


「……なぁ、クラウディア。一体あの子になにを言ったんだ?」

「えへへ。一緒に暮らすのに必要な物を用意して欲しいって言っただけだよ~」


 クラウディアはイタズラっぽく笑って、寝室へと移動した。

 その寝室単体だけでも、俺が住んでいた寮の相部屋よりも一回りくらい大きい。

 少し縦長の部屋で、片側にはベッドが並んでいる。


 クラウディアは二つのベッドの間に立つと、両手を広げてにへらっと笑みを浮かべた。


「ここの隙間、私達には必要ないと思わない?」

「……ん? あぁ……なるほどね」


 相部屋なのでシングルベッドが二つ。

 ダブルベッドに変えて欲しいと願ったのだろう。そして、その理由というか目的は明らかだ。それに気付いたから、フォルは真っ赤になったのだろう。


「……いきなりバレるんじゃないか?」

「しっかりしたメイドなら、人に言い触らしたりはしないと思うよ」


 ふむ……まぁ、学生とはいえ、王子に雇われている使用人だ。

 おしゃべりで解雇されるような真似はしないか。


「それよりノア様。さっき、私を護ろうと駆け寄ったとき、必死な顔をしてたでしょ? あの顔を見られた方が、私達の関係、バレるんじゃないかなぁ?」

「……忘れろ。とっさのことで焦ったんだ」


 冷静になれば、模擬戦なんだからクラウディアに危害を加えられるはずがない。だが、あまりに予想外で、思わずクラウディアが殺されるかもと心配してしまった。


「えへへ、凄く凄く、格好よかったよ?」

「だから、忘れてくれって」

「やーだよ。すっごく嬉しかったんだから」


 俺にピタッと身体を寄せて顔を上げ、いらずらっ子のような顔を俺に向ける。

 濡れた瞳に見つけられ、俺は思わず顔を逸らした。


「……それより、フォルにもう一つなにか耳打ちしたろ?」


 フォルは二回慌てていた。

 ダブルベッドを所望しただけだと回数が合わない。


「ふふん、それはね――」


 クラウディアが俺の両腕を取って一歩下がった。その流れに逆らわずに従えば、クラウディアは俺を引っ張ったまま、ベッドを背中にゆっくりと倒れ込んだ。


「――スプリングが上等なヤツでお願いします、って言ったんだよ」


 二人の体重を受け、ベッドのスプリングがギシリと悲鳴を上げた。




 ――ちなみに、躾の行き届いたメイドは屋敷で見聞きしたことを言いふらしたりはしないが、主にはしっかり報告するものである。という事実を、俺すっかり忘れていた。


 それが原因で一騒動起きることになるのだが……それはもう少しだけさきの話。

 ここから、俺とクラウディアの新たな生活が始まる。

 

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