1ー7 騎士として……

 屋敷自体が学園の敷地内にあるので妙な感じがするが、屋敷には中庭がある。もっとも、その屋敷に暮らすのがこの国の第二王子といえば、それほど不思議なことではないだろう。


 その中庭で、俺とエイブラ隊長は剣を携えて対峙していた。

 互いが手に持つのは殺さずの魔剣と呼ばれる魔導具だ。訓練用の魔剣で、相手を極力負傷させないような処理が施されている。ただし、実際に斬られるとむちゃくちゃ痛い。


 俺達の対戦を聞きつけたようで、屋敷の者達がたくさん集まってきた。


「隊長、少しは手加減してやれよ!」

「新人あっさり負けるんじゃねぇぞ!」


 あちこちから声援が上がる。

 俺に対する声援も上がってはいたのだが――


「――ノア様、がんばれ~っ!」


 クラウディアが愛らしい声援を送ってくれる。

 刹那――


「うおぉぉおぉっ、隊長! リア充をぶちのめしてくれ!」


 あちこちから怨嗟の声が上がり始める。クラウディアが可愛らしく声援をあげるたびに、エイブラ隊長を応援する声が高まっていく。

 そんな中、メイドの一人がクラウディアになにかを耳打ちした。それに疑問を感じるのとほぼ同時、俺と向き合うエイブラ隊長が苦笑いを浮かべた。


「ずいぶんと慕われているようだな」

「エンド王子の元ではフォローする機会が多かったので」


 付き合いが長いのと、エンド王子の無茶ぶりが原因だとはぐらかした。

 おかげさまで――なんてことを言って無駄に敵を作りたくない。


「聖女に頼られるのは騎士の誉れだ、胸を張れ」


 エイブラ隊長の言葉にはやっかみが感じられない。


「……エイブラ隊長は、どうして俺と戦うことを望んだのですか?」

「ウォルト家の次男の噂は聞いている。ぜひともクリフォード王子に仕えて欲しいと思っていたのだ。だが、仲間にはエンド王子に仕えていたおまえの実力を疑う者もいるのでな」


 文化祭からではないとはいえ、選抜チーム入りを快く思わない者はやはりいる、と言うことだろう。無理もない。俺が彼らの立場でも、実力をたしかめたいと思うだろう。


 脳筋でも、やっかみでもなかった。

 これはある意味、俺達のためにおこなわれた対決だ。

 エイブラ隊長は間違いなく、クリフォード王子の護衛を束ねる隊長だ。


「……胸を借りさせていただきます」

「強い意志を秘めた、良い瞳だ。準備は良いか?」

「――いつでも」


 殺さずの魔剣を中段に構え、わずかに腰を落とす。

 ひりつくような圧力がエイブラ隊長より放たれた。


「では……行くぞ。まずは――騎士として、聖女を護る意思を俺にみせてみろ!」


 その言葉にわずかな引っかかりを覚えた。

 ――刹那、エイブラ隊長の姿が消える。


 いや、消えたように錯覚した。

 彼の動きが俺の想定から外れていたからだ。


 同時に、さきほど感じた引っかかりが、彼の行動と合わせてカチリとハマる。それを脳が理解するより早く、中庭の芝を踏みしめてクラウディアのもとへと駈けた。

 全力で振り上げた殺さずの魔剣は――


 ――キィン。


 クラウディアへと振り下ろされた一撃を受け止めた。


「……どういう、つもりだ?」


 俺の抱いた敵意は、けれど周囲の歓声に掻き消される。


「マジか、すげぇ! あいつ、とっさに聖女を護りやがった!」

「俺なんて一歩も動けなくて、それでも騎士かって説教されたんだぞ。誰だ、あいつがエンド王子のところを追い出された落ちこぼれとか言ったヤツ、完全にデマじゃねぇか!」

「うぉおぉ、新人、見直したぜ!」


 俺に向けられていたやっかみがなりを潜み、歓声がそこかしこから上がっている。


「さすがだな。この一撃を防いだのはおまえで二人目だ」

「もしかして、いつもやっているんですか?」


 軽くジト目を向ける。

 だが、エイブラ隊長は気にした風もなく頷いた。


「騎士はいついかなるときも、自分が勝利することよりも、主を、そして仲間を護ることが優先される。その意識すらないヤツが多すぎるのでな。反応できれば合格とするつもりだったのだが……まさか防ぐとはな」


 エイブラ隊長の言っていることは理解できる。

 いまの攻撃が寸止めだったことも、剣を受け止めた俺には分かってる。だけど、それでも、クラウディアに剣を向けられたのは――ちょっと不快だ。


 俺はクラウディアを下がらせ、エイブラ隊長に剣を向けた。


「これで終わりなんて……言いませんよね?」

「良い面構えだ。――掛かってこいっ!」


 言われるまでもなく、地面を踏みしめて斬り込んだ。

 持てる最速の一撃。


 エイブラ隊長のセリフが終わるより早く、彼の首筋に横薙ぎの一撃が吸い込まれる。その一撃は、彼の首筋に触れる寸前で止まった。


 ――キィン。


 遅れて、金属を打ち合わせる高い音が響く。俺の渾身の一撃はけれど、エイブラ隊長の剣に当たり前のように受け止められていた。


 早い。それに、とんでもない膂力の持ち主だ。

 不意打ちのように放った一撃に間に合わせた上、俺の一撃を首の手前でピタリと止めるなんて芸当、相当な力と速さと技術が揃ってなければ出来ないことだ。


「なかなかやるな。では今度は俺から行かせてもらおうっ!」


 俺の剣を受け止めていた彼が剣を振るった。こちらの力を利用されたのか、あっさりと剣が弾かれる。そうして出来た一瞬の隙、気付けば懐に飛び込まれていた。


 ――間に合えっ!


 とっさに剣を引いて、その柄でかろうじて受け止めた。

 物凄く重い一撃に、手が一瞬で痺れて剣を取り落としそうになる。

 そこに容赦なく追撃が飛んでくる。


 上段からの一撃をとっさに剣で弾き返す。

 だがエイブラ隊長は弾かれた勢いすらも利用して、返す刀で袈裟斬り。とっさに跳び下がった俺に、踏み込みながらの切り上げを放つ。


 息もつかせぬ連続攻撃。合計六連撃が一呼吸のあいだに放たれた。

 さすがに最高クラスの現役騎士。


 学年でトップクラスというだけの、見習い騎士の俺とは格が違う。一撃を受け流すごとに、こちらの選択肢が減っていく。反撃の余裕なんて欠片もない。


 もし再び連撃を喰らえば、次は途中で切り崩されるだろう。


 そんなこちらの弱気に付け込むように、エイブラ隊長が連続攻撃を放ってくる。


 一、二撃目は余裕を持って、三、四撃目はかろうじて受け流す。

 五撃目で体勢を崩され、そこに六撃目が放たれた。


 腕が痺れ、既に何十分も戦った後の様な疲労に見舞われる。


 それでも、俺は雄叫びを上げて剣を振り上げた。その一撃が、エイブラ隊長の六撃目とぶつかり合う。互いの剣が弾かれ――そこにエイブラ隊長の追撃が放たれた。


 六連撃で終わりではなかった。


 さすがこの国で最高クラスの騎士だ。勝利は愚か、一矢報いようとすることすらも無謀だったと言わざるを得ない。これなら、負けたってしょうがないと、言い訳が脳裏をよぎった。

 刹那――


「負けないで、ノア様っ!」


 歓声の中、クラウディアの声援が聞こえた。


 とっさに身体を捻る。寸前まで俺のいた空間を、エイブラ隊長の剣が切り裂いた。その回避は予想外だったのか、エイブラ隊長の連撃が止まる。

 その一瞬の隙に跳び下がった。


 そうだ、エイブラ隊長はクラウディアに剣を振るった。


 俺に指導するためだったのは分かってる。俺が防げなくてとも、寸止めするつもりだったことも分かってる。振るわれた剣が、殺さずの魔剣だったことも分かってる。


 だが、エイブラ隊長はクラウディアを恐がらせた。

 このまま敗北なんて……出来ないっ!


 まともにやっても届かない。エイブラ隊長の裏をかく必要がある。

 魔術は――ダメだ。俺が使えるのは初歩的なモノばかりで、こんな風に切り結んでいる状態では使えない。暗器の類いも、この屋敷に入るときに預けてしまった。

 だとしたら――


「ノア様っ!」


 クラウディアの声援――いや、さきほどまでとは声の質が違う。

 ちらりと視線を向けると、彼女の瞳がまっすぐに俺を見つめていた。そのアメシストのように美しい瞳の奥に、たしかな意思が秘められている。


 ――まさか、本気か?

 クラウディアのぶっ飛んだ意思を感じて笑いが込み上げる。

 だけど、面白い。やってみる価値はある!


「どこを見ている。隙だらけだぞっ!」


 再び詰め寄ってきたエイブラ隊長の連撃。

 息をつかせぬ攻撃に、俺は最初の二つを防ぐのが精一杯。


 三撃目で崩され、四撃目は俺の剣が大きく弾かれた。かろうじて剣を手放すことだけは耐えたが、上段に大きく剣を振りかぶったような体勢にさせられる。


 隙だらけの体勢。

 エイブラ隊長の一撃が、俺の脇腹めがけて放たれた。


 俺も剣を振り下ろすが、エイブラ隊長の方が圧倒的に早い。

 殺さずの魔剣が、俺の脇腹に吸い込まれる。

 刹那――


「プロテクションっ!」

「――なっ!?」


 エイブラ隊長の剣を、クラウディアの展開したシールドが受け止めた。

 強烈なエイブラ隊長の一撃を前に、シールドが軋んだ音を上げて明滅する。


 ――そして、わずかに遅れて放った俺の一撃がエイブラ隊長に届く。


「ぬあああぁああっ!」


 エイブラ隊長の雄叫び。クラウディアのプロテクションが砕け散った。光のシールドがパリンと粉々に砕けて、周囲に光を撒き散らす。


 束の間の静寂。


 シールドの光が消えれば、エイブラ隊長の剣が俺の脇腹に添えられていた。――けれど、俺の剣もまた、エイブラ隊長の肩口に添えられている。


「そ、そこまでっ! この勝負……えっと……」


 審判を務めていた騎士が、困惑気味にクリフォード王子を見る。

 その視線を受けたクリフォード王子は、エイブラ隊長へと声を掛けた。


「エイブラ、どうなんだい?」

「……見ての通り、彼らとの勝負は引き分けですよ」

「クラウディアがプロテクションを使用したようだけど?」

「なにか問題がありますか? たしかに驚かされはしましたが、聖女の嬢ちゃんを最初に巻き込んだのは俺ですから、彼女が防御に参加しても文句はありませんよ」

「そうか。なら、この試合――引き分けとする!」


 クリフォード王子が宣言する。


「す、すげぇっ! あの新人、隊長相手に引き分けやがった!」

「は、初めてじゃねぇか、隊長が誰かに引き分けたの」

「いや、でも、聖女のプロテクション、あれはアリなのか?」

「馬鹿野郎、隊長が有りと認めたんだからアリに決まってるだろ! 大体、聖女のプロテクションがあったからって、普通は隊長相手に引き分けられねぇよ」

「そもそも、いつ示し合わせたんだあれ?」

「ありえねぇ。リア充のくせに、認めざるを得ないようだな……」


 ギャラリーから次々に歓声が上がった。

 そんな中、エイブラ隊長が俺に視線を向ける。


「素晴らしい動きだった。噂に聞いていた以上に良い騎士だな」

「……ありがとうございます」


 彼は偉大な騎士だと思う。

 だが、クラウディアにいきなり剣を向けられたことが引っかかっている。そんな俺の心境を察したのか、彼はクラウディアに視線を向けた。


「聖女の嬢ちゃん、さっきは脅かして悪かったな」

「いえ、事前に聞いていたので平気です」

「事前に……聞いていた?」


 思わず目を瞬いた。

 それに気付いたクラウディアが俺を見て微笑む。


「さっき、戦いが始まる寸前に教えてもらったんだよ」

「あぁ……あれか」


 メイドがクラウディアに耳打ちしていた。

 そして、それを気にした瞬間、エイブラ隊長に話しかけられて忘れていた。と言うことは、エイブラ隊長は、クラウディアがなにを耳打ちされたか知っていた、と。


「おまえを挑発するのに利用させてもらったが、俺もまた騎士だからな。レディを無闇に脅かすような真似はしない。悪かったな、不快な思いをさせて」


 そう。俺は不快だった。

 クラウディアを危険に晒してしまった、自分自身の不甲斐なさが。


 エイブラ隊長は実力もあり、気遣いも出来る。

 その上で、俺になにが重要かを教えてくれた。彼は本当に素晴らしい騎士だ。


「貴重な経験になりました。改めて感謝します」

「こちらこそ、だ。おまえのように将来有望な騎士が仲間になってくれるのは心強い。これからは仲間としてよろしく頼む」


 差し出された手を取って握手を交わす。

 とたん、この国の最高クラスの騎士に認められたのだという実感がわいてきた。

 でも、それは俺が一人で成し遂げたことじゃない。


「ノア様っ!」


 満面の笑顔で迎えてくれる。

 最高に可愛くて、最高に頼りになる相棒とハイタッチを交わした。

 

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