2ー1 意外にピュアなガゼフ
クリフォード王子の屋敷に移り住んでから一週間ほどが過ぎた。
そんなある日の実技訓練の授業中。
「もうすぐ学園祭の時期だな。ゆうううつだ……」
校庭の隅で一緒に小休憩していたガゼフの口から、無駄に憂鬱そうな溜め息が零れた。
「うが多いな」
「それくらいゆううううつなんだよ」
「珍しいな。学園祭とか、出会いのチャンスだ! とか言いそうなのに」
「いや……まぁたしかに、そういう出会いには期待してるけどよぉ。……ほら、俺は模擬訓練のクラス代表に選ばれてるだろ? だから、あんまりチャンスはないと思うんだよな」
「あぁ……あれな」
学園祭では、トーナメント戦や模擬訓練による競技なんかがある。
ガゼフが出場するのは模擬訓練。
特派の各学年、各クラスの代表がそれぞれ二チーム。加えて、特別クラスの一部の者――要するに王子などが率いる選抜チームが三人一組で参加する。
王都の近くにある森に入り、所定の場所で瘴気を払うまでの手際や時間を競う競技だ。
日中は魔導具による空撮映像が学園の会場にliveで中継される。しかも、魔物の代わりに先生達が襲撃を仕掛けてくるというおまけ付きで、毎年かなり派手な戦闘が繰り広げられる。
娯楽としても楽しまれているし、参加者は自分の実力を示す絶好の場となっている。
そんな訳で、毎年とても注目されている種目だ。
もちろん、女の子も注目している。
「中継されているときに活躍して、女の子を惚れさせるとか言ってただろ?」
「いや、もちろん、それも期待してる! 期待してるんだけどさ……」
「じゃあなにが問題なんだ? 同じ代表チームになった聖女にも格好いいところを見せつけて惚れられてみせる! とも言って……あぁ、そっちか」
クラスメイトである聖女の名前を出した瞬間、ガゼフがしおしおと萎れてしまった。
「なんだよ、またフラれたのか?」
「またって言うなっ! 月に一回くらいしか告白してねぇし! というか、レティシアには告白すらしてねぇよ! リックと付き合い始めたって聞かされたからな!」
「……レティシアと、リック?」
ふとその組み合わせに疑問を抱くが、いまはひとまず置いておく。
リックやレティシアは、ガゼフと同じチームの仲間だ。
同じチームの聖女、レティシアを護って惚れさせる! とか思っていたら、その前に同じチームの仲間に奪われた。と聞けば落ち込むのも理解できなくはない。
ガゼフが一途な男であったのなら。
「どうせ、既に別の女の子とか追い掛けてるんだろ?」
「パン屋のリリスちゃんがマジ可愛い!」
マジで見境なかったわ。
「だったら、なんでいまだに落ち込んでるんだよ?」
「落ち込んでるんじゃなくて、憂鬱なんだよ! 良いか? チームは三人一組。俺とレティシアとリックが同じチームで、森に入って二日近く一緒に過ごすハメになるんだぞ!?」
「……あぁ、なるほど」
側でイチャつかれるのが憂鬱、ということか。
「でもさ。模擬訓練は魔導具で撮影されてるんだぞ?」
学園祭は日中だけなので、live放送も日中だけだ。
だが、魔物の代わりに先生が襲撃したりする。特に緊迫感のある夜襲は人気で、暗視モードで撮影された映像が編集され、翌日に放送されるのが恒例だ。
いくら付き合い立てのカップルでも、撮影されていると分かってたら自重するだろう。
そんなことを考えていたら、ガゼフに溜め息をつかれた。
「はぁ、これだから童貞のお子様は。撮影されてるくらいでイチャつくのを自重するはずないだろ。むしろ、ライブカメラに向かって仲良しアピールくらいあり得るね!」
「……え」
「え、じゃねぇよ、え、じゃ。あいつら、訓練中とかでも、たまに視線を合わせて笑い合ったりするんだぜ。独り身にはたまらねぇよ!」
「そ、そうか……なんか、すまん」
「……んだよ、急にえらく素直だな?」
「あ、あぁ、俺が間違ってた」
猛省する。ガゼフ、女好きの軽薄なヤツとか思っててマジすまんかった。
おまえの方が俺よりずっと純粋だ。
「……まぁ良いけどよ。毎年、live映像が切っ掛けでカップルが出来るのはかなりの確率らしいからな。そっちに期待しておくよ」
「お、おぅ、頑張れ」
というか、パン屋のリリスちゃんとやらはもう良いのか?
相変わらず、見境のないヤツである。もうちょい一途ならモテると思うんだけどな。
「しかし、ノアも残念だよな。ホントなら、エンド王子の代表チームだったんだろ?」
「あぁ……あれな。いまとなっては、代表から外れてせいせいしたよ」
いわゆる選抜チーム。注目度も高く、選ばれれば非常に名誉だ。
ただしそれは、活躍できればの話である。
「エンド王子の指揮は無茶ぶりばっかりだし、周囲はエンド王子に逆らえない。本来なら軌道修正してくれるはずの隊長もエンド王子のイエスマンだしな」
おかげで、俺は色々と酷い目に遭ったのだ。
「ふぅん。なら、おまえがいなくなったエンド王子のチームはボロボロだな。おまえも、自分を追い出したヤツらがボロボロになればスカッとするんじゃねぇか?」
「どうだろうな。実家の事情でエンド王子に逆らえないだけで、優秀なヤツもいれば、気のいい奴もいたからなぁ。あまり危険な目には遭って欲しくないな」
「……おまえ、お人好しすぎないか?」
ガゼフに呆れられてしまった。
「そうでもないさ。あまり危険な目には遭って欲しいとは思わないが……」
「ないが?」
「俺の代わりに、ガゼフがコテンパンにやっつけてくれないかな、とは期待してる」
ガゼフは目を丸くして、それからニヤリと口の端を吊り上げた。
「くっ、ははっ。俺に任せときな、親友!」
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