2ー12 三人称:メリッサの日常

 学園祭の初日のお昼頃。

 つまりは、クラウディアとノアが空き教室にいた頃のことである。


 自宅療養という名の自宅謹慎が解けたメリッサが学園に戻ってきた。メリッサはその足で、自分の所属する特派クラスへと顔を出した。


 メリッサのクラスは代表チームの模擬訓練に力を入れていて、出展自体は魔獣についての研究発表を展示しているだけ。

 いまは暇のようで、教室に残っている生徒達は思い思いにおしゃべりとかをしていた。

 そのうちの一人が、メリッサに気が付く。


「あっ、メリッサじゃん。もう病気は大丈夫なの?」

「おひさー。もう元気だよ。それより、文化祭の準備手伝えなくてごめんね。せめて、片付けとかはちゃんと手伝うから、そのときは声を掛けてよね」

「うん、ありがとう。でも無理しなくて良いからね~」


 と、そんな感じで挨拶を交わし、メリッサは教室を後にした。

 向かうのは特別クラスのある校舎、目当てはエンド王子である。自宅謹慎でしばらくエンド王子に会えなかったので、あれからどうなったのか早急に確認を取りたかった。


「いらっしゃいませ、メリッサ様。エンド王子にご用ですか?」


 校舎の受付で、使用人に顔パスで入出の許可を得る。

 ついでにエンド王子の居場所を確認し、彼のいる教室へと顔を出した。


 ちなみに、特別クラスとは、基本的には王侯貴族とその縁の者だけが通うクラスである。そのため、特派クラス以上に出し物には力を入れていない。

 エンド王子のいる教室を覗き込むと、彼とその取り巻きだけが残っていた。


「くそっ! あの分からず屋の侯爵めっ! 今度の学園祭で活躍できなければ、後援をやめると遠回しに通告してきやがった! その取り巻きの伯爵共もだっ!」


(あらら……意外とピンチみたいだね)


 エンド王子とクリフォード王子は次期国王となる王太子の座を奪い合っていた。

 能力的にはクリフォード王子が抜き出ているのだが、第一王子であることに加え、操りやすいという理由で、エンド王子を支持する貴族達も少なくはない。


 だがそれも、エンド王子に王太子になる可能性があればの話である。

 ノアやクラウディアを追い出した時点でこうなることは分かっていた・・・・・・ことでもある。この状況は、メリッサにとっては予想の範疇だ。


「それで、指示通り妨害工作は上手くやったのだな?」

「はい。工作班から足止め成功の知らせが入っています」

「そうか、これで俺の勝利は確定だな。なにしろ、弟のチームは選手層が薄いからな」


 続けて不穏なやりとりが聞こえてきた。

 とはいえ、足の引っ張り合いというのは珍しくもない。むしろ、ある程度は社交界での予行練習だと見逃される傾向にある。


 エンド王子を騙すという、メリッサの行為はさすがに咎められた訳だが。

 それはそれ。

 巻き込まれたくないメリッサは、さもいま近付いてきたかのように声を上げる。


「ふふっ、エンド王子はこの教室ですね。こっそり顔を出して、驚かせちゃいますよ~」


 きっとエンド王子やその取り巻きは、声が丸聞こえだぞと思ったことだろう。だからこそ、メリッサが立ち聞きしていたなんて疑いもしない。

 呆れた声で、エンド王子が呼びかけてきた。


「メリッサ、外にいるのは分かっているぞ」

「ふえっ!? ど、どうして分かったんですか!?」


 驚いた振りをして教室の中に入る。

 エンド王子が、メリッサを見て少しだけ懐かしそうな顔をした。


「メリッサ、久しぶりだな。もう病気は治ったのか?」

「はい。でも……エンド王子に会えなくて寂しかったですぅ~」


 全力で媚びを売って駆け寄り、ボタンを外したブラウスの胸元を見せつけるようにエンド王子の腕にしがみつく。

 エンド王子はだらしない顔をして、メリッサの胸元に視線を注ぎ込んだ。


 だが、いつもなら、メリッサが話しかけるまで見惚れているエンド王子が、ふとなにかを考えるような素振りをして胸元から視線を外した。

 キュピンと、メリッサは女の勘でなにかあったことを悟った。


「エンド王子、私がいないあいだ、なにかありましたか?」

「む? あぁ……あったぞ」


 それだ――と、メリッサは確信した。その上で、なんでもない風を装いながら、なにがあったんですかと甘ったるい声で問い返す。


「クラウディアがな。健気にもイメチェンをして、俺に惹かれようと必死なんだ」


 素で『はぁ?』と言いそうになるのを必死に我慢した。メリッサはキョトンとした顔を意図的に浮かべて小首をかしげる。


「おまえが療養しているあいだに、むちゃくちゃ可愛くなったんだ」

「信じられねぇだろ、あの堅物聖女が、胸が零れ落ちそうなメイド服で接客してたんだぜ!」

「普段の制服もだいぶ改造してましたよね」


 エンド王子の言葉に続いて、王子の取り巻きが口々にクラウディアの変化を口にする。

 そのどれもが信じられない内容ばかりだった。


「あのクラウディアが、ですか?」

「よほど俺と寄りを戻したいらしい。もっとも、まだ大胆さは足りない。なにしろ、俺がカフェに行っても、恥じらって目を合わせようとしなかったからな」

「なるほど、びっくりです」


 その思考回路にびっくりしたとは口にせず、メリッサはその情報を吟味する。

 少なくとも、クラウディアがイメチェンしたというのは事実だろう。同時に、エンド王子がクラウディアに興味を示しているのも事実のようだ。


「それで……彼女をどうするつもりですか?」

「無論、連れ戻すさ。一番効果的なタイミングでな! そうすれば、彼女との婚約を破棄した俺を愚かと罵った後援者も俺を見直すだろうからな!」


 再び呆れた顔を浮かべそうになる。だが、エンド王子が再び婚約を望めば、周囲が無理にでもよりを戻してしまう可能性も零ではない。

 せっかく二人の仲を引き裂いたのに……と、メリッサは唇を噛んだ。


「なんだ、メリッサ。もしかして妬いているのか?」

「えへ~。私はエンド王子が普段なにしようと気にしたりしませんよぉ。あ、でもでも、私のこと、ほったらかしにするのはダメですよ~?」


 ちょっと胸元をみせれば、エンド王子は鼻の下を伸ばす。メリッサはそんなチョロ可愛いエンド王子にしなだれかかりながら、クラウディアをどうするか考えた。

 

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