2ー13 メリッサの思惑
空き教室から出た瞬間、学園の制服を身に纏う女子と出くわした。あっと息を呑む俺達に、女子は怪訝な顔をして――ハッとした顔をした。
「見つけたわよっ! って、ホントに可愛くなってる! なに考えてるのよっ!?」
開口一番、ビシッとクラウディアを指差して仁王立ちする。王子の前とは違って猫を被っていないが、ピンクゴールドの髪の彼女は間違いなくメリッサである。
それに気付いたクラウディアが、ちょっと動揺しつつも小首をかしげた。
「メリッサさん、どうしてここに? 療養中じゃなかったのですか?」
「――くっ。誰のせいよっ! ……いや、それはいいわ。それより、そんなに可愛くなってどういうつもりよ! せっかく王子の婚約者から解放してあげたのに馬鹿なの!?」
その言葉に俺達は目を瞬いた。
「もしかして、私がエンド王子の婚約者の地位を望んでないって、知ってたんですか?」
「……はあ? 化粧まで使って地味な容姿にして、その豊かな胸まで小さいように見せかけてた。あげく、エンド王子相手にはろくに笑いもしない。それで隠せてると思ってたの?」
「うぐぅ……」
クラウディアが唸った。
それから、困惑した顔でメリッサを見る。
「えっと……それじゃ、メリッサさんが嘘を吐いて、私とエンド王子の婚約を破棄させたのは、私のため……だったりするんですか?」
「はあ? そんな訳ないでしょ。貴女を解放したのはただの利害の一致。私の目的はただ一つ。あのチョロ可愛い王子様を手玉にとって、私だけのものにしたいだけよ!」
……物凄く欲望に忠実だった。
と言うかこの子、王子の前では『私は嘘なんて吐いてないですよ~』とか甘ったるい声で言ってたのに……女って怖い。
なんて思っていたら、メリッサがクラウディアに詰め寄った。
「……それで?」
「はい?」
クラウディアが首を傾げる。
「だーかーらーっ! どうして、そんなに可愛くなってるのよ。いくら貴女が落ちこぼれの聖女でも、あの節操のない王子は貴女を取り戻そうとするわよ? って言うか、してるわよ!」
……節操のない。
おまえが言うのか……?
と言うか、落ちこぼれの聖女って、情報が完全に遅れてるな。
「メリッサ、知らないようだから言っておくが、クラウディアは第四階位に至ったぞ」
「はぁっ!? それホントなの!?」
素っ頓狂な声を上げ、メリッサはクラウディアに詰め寄った。
「え、えぇ、まぁ……」
「馬鹿なの!? そんなことをしたら、また王子に連れ戻されるわよ」
「もしかして……心配してくれているんですか?」
「当然よ。貴女が連れ戻されたらエンド王子を私のものに出来ないでしょ。貴方に彼は渡さないし、傀儡の王にだってさせないわ」
まさか、メリッサはエンド王子を心から愛して――
「私はね。実家に圧力を掛けられて、エンド王子の仲間になるしかなかったの。それで、仲のよかった幼馴染みとも離ればなれにさせられたわ」
ではなく、まさかの復讐――
「だから、私が落ちぶれた彼を操って、ほどよい権力とお金が手に入れるのよ!」
というより、やっぱり欲望に忠実なだけだった。
……いや、復讐を兼ねてもいそうだけど。
クラウディアをついでとはいえ助けようとした辺り、決して性根の腐った人間ではないのかもしれないが……いや、騙されてるか? なんかこう、悪人がちょっと良いことをすると、実はいい奴のように見える現象な気がしないでもない。
「それで、どうするつもりなの? まさか、気が変わって王子と結婚したいとか思ってる訳じゃないわよね? それなら、私とは敵同士になるけど?」
「いえ、そんなことはありません。と言うか、エンド王子と婚約はもう絶対にありません」
どういうことと問い掛けるメリッサと、まさか言うつもりなのかと慌てる俺。
クラウディアはメリッサに顔を寄せ――なにかを囁いた。
メリッサは目を見開いて、信じられないとばかりに俺とクラウディアを見比べた。続いて、その顔が真っ赤になって、視線があっちこっちに泳ぎ始める。
「へ、へぇ、そそっそうなんだ~」
これ、言ったな。言っちゃったなぁ!
「メリッサさん、なんか動揺してる?」
「なっ!? べ、別に動揺なんてしてないし。たしかにそれなら、エンド王子と婚約をし直すのは無理だなって感心しただけだし! って言うか、私だって経験くらいあるわよっ!」
混乱のあまり、物凄いセリフが飛んできた。
自分の発言に気付いたのだろう。メリッサの顔が真っ赤に染まっていく。
そして――
「お、覚えてなさいよっ!」
意味不明な捨て台詞を残して走り去っていった。
その背中を見送ったクラウディアがぽつりと呟く。
「覚えてなさいって……経験があるってことを、かなぁ?」
「あの初心な反応は、どう考えても見栄を張っただけだから忘れてやれ?」
そんな他愛もないやりとりをしながらメリッサを見送る。嘘でクラウディアを学園から追放しようとしたことは許せないが……なんとなく、憎めない女の子だった。
いや、だったというか、また絡んできそうではあるが……
「あぁ、やっと見つけた。ノアお兄ちゃん達、探したんだよ?」
メリッサと入れ違いで歩み寄って来たのはティリアだった。
「探したって、俺達になにか用事か?」
「うん。クリフォード王子から伝言だよ。話があるから、手の空いたときに屋敷に顔を出して欲しいって。どうも出場選手の件みたい。私も呼ばれてるんだけど……」
歩み寄って来たティリアは怪訝な顔をした。
と思ったら、ぽすんと俺の胸に抱きついてきた。
「……ティリア?」
「すんすんっ」
「……はい?」
ティリアは鼻を鳴らし、続いてクラウディアの胸へと顔を埋めた。困惑している俺達を他所に、ティリアは再び鼻を鳴らすと――クラウディアを見上げてにんまりと笑った。
「ふふ~ん? えっちなお義姉さん、匂いには気を付けなきゃダメだよ?」
「な、なんのことかな? 引っ掛けようとしても無駄だからねっ」
その発言自体が……いや、なんでもない。せめて背後から斬り掛かるような真似だけはすまいと、俺は無言で明後日の方を向いた。
「引っ掛けるもなにも、前にメイド服を着てたときと同じ匂いがしてるよ」
「……え? それって、どういう?」
「あのときは知らない匂いだったからカマを掛けたんだよ。でも、同じ匂いがしてるってそういうことでしょ? 気を付けないと、経験のある人なら匂いですぐ分かると思うよ?」
メリッサは気付かなかったけどな。
図らずも、見た目性女様が実は乙女な事実が証明されてしまった。
それと同時、クラウディアの逃げ場もなくなった。ティリアがカマを掛けている訳ではないと気付いたクラウディアがうろたえる。
「ま、待って。そ、それって、つまり……」
「現場はそこの空き教室だね? さすがに時と場所は選んだ方が良いんじゃないかなぁ?」
「~~~っ」
クラウディアは顔を真っ赤にして静かに身悶えた。
声を掛けるべきか、そうっとするべきか、迷っていると――
「ノ、ノア様が悪いんだからねっ!?」
物凄い責任転嫁がきた。
だが、まぁ……誘惑に負けた身として、ここは甘んじて悪者扱いを受け入れよう。と言うか、恥ずかしそうなクラウディアがとても可愛い。
……とかいったら怒られるだろうか?
なんてことを考えていたら、ティリアにジト目で睨まれた。
大丈夫、次からはちゃんと消臭する。
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