1ー5 束の間の休息

 リンドベルク聖王国。

 大陸で一番多く聖女を抱えるこの国は、同時に大陸で瘴気の発生が絶えない国でもある。


 瘴気というのは、動植物を魔物へと変容させる負の存在である。瘴気が発生する理由は解明されていないが、森の奥など、人里から離れた場所にほど発生しやすいと言われている。


 放っておけば動植物を変容させるだけではなく、更に危険な魔物を生み出す。ゆえに瘴気溜りは発見次第、第三階位以上の聖女を派遣する決まりである。


 クラウディアはそんな聖女の一人だ。

 第一階位までしか使えなかった彼女は見習い扱いだったが、第三階位で授かる瘴気を払う奇跡、サンクチュアリ聖域を使えるようになったことで一人前となった。


 もっとも――


「ノア様、こっちの淡いブルーのワンピースと、こっちの刺繍が入った純白のブラウスと黒いスカートのセット、どっちが私に似合うと思う?」


 俺と休日のショッピングに興じる彼女はどこからどう見ても普通の学生である。


「第一階位から一足飛びに第四階位まで至った天才。グランマの再来――とか騒がれているのに、本人はずいぶんとのんびりしたモノだな?」

「だって、気負ったって仕方ないよ。それに、ノア様への愛で階位が上がったんだから、ノア様とショッピングデートをするのも修行のうちだと思わない?」

「……絶対、デートしたいだけだよな?」

「えへっ」


 あざといくらいに可愛らしい。

 この子が堅物聖女と呼ばれてたなんて、以前の彼女を知らない人は信じないだろう。


「それよりノア様、どっちの服を着てる私としたい?」

「――ぶふっ」


 思いっきり咽せた。公共の場でなんてことを言いやがる。さり気なく近付いてきていたお店のお姉さんが、笑顔を張り付かせたまま離れて行ったじゃねぇか。


「ねぇノア様? やっぱりこっちのフィッシュテールのミニスカートの方が好き? それとも、ボタンを外せば一気に脱がせるワンピースの方が実用的かな?」

「比較理由が、そっち方面の意味にしか聞こえねぇ……っ」


 この状況で選択なんて出来るかと呻く。

 そこに、店員のお姉さんが笑顔で戻ってきた。


「メイド服なんていかがですか? 主従プレイで盛り上がること間違いなしですよ?」

「いきなり出てきて、さらっと会話に参加してるんじゃねぇっ!」


 想像以上に商魂たくましかったお姉さんを追い払う。


「ノア……ご主人様?」

「クラウディアも、ふざけすぎだ」

「ふざけてなんてないよ、私はいつも本気だよ」

「なお悪いわっ」


 ――結局、クラウディアはブラウスとフィッシュテールのスカート、それにワンピースとニーハイソックスにガーダーベルト、更にはメイド服まで購入していた。

 ……まあ、いいんだけどさ。



「はい、買い物に付き合ってくれたお礼」


 一通りのお店を回って、いまは憩いの広場で小休憩だ。

 広場に設置された丸テーブルの席に座って荷物番をしていた俺のもとに、カフェラテを両手に持ったクラウディアが戻ってきた。


「ん、俺がカフェラテ好きだって知ってたのか?」

「食堂でたまに飲んでるよね? ずーっと見てたから知ってるよ?」


 にへらっと得意げに笑うクラウディアが可愛らしい。


「クラウディアって、ときどきぐっと来るようなセリフを口にするよな」

「えへへ、襲いたくなったでしょ?」

「なってない」

「……ちぇ」


 なんで残念そうなんだよ。計算ずくなのか?


「さっきも言ったけど、こんなことしてて良いのか?」

「私もさっき言ったけど、ノア様への思いで第四階位に至ったのは嘘じゃないよ。それに、もうすぐ学園祭でしょ? 必要な物を買っておかないと、買い物に行く余裕なくなっちゃうよ」

「……ふむ。まぁ、考えてるなら良いんだけどさ」


 俺としては、学園祭とかがあるからこそ、あまり剣の稽古を休んでいられないと言いたかったんだが……クラウディアが楽しそうだから良いか。

 剣の稽古は、別の日にしっかりしよう。


「そういえば、うちのクラスは学園祭でなにをするの?」

「ん? うちのクラスはカフェをするらしいぞ」

「うわ、普通だね」


 クラウディアは苦笑いを浮かべ、それからカフェラテに口を付けた。


「特派クラスは模擬訓練が大変だからな」

「模擬訓練? ……あぁ~、近くの森で瘴気を払う訓練をするんだっけ?」

「そっ、アレが結構大変なんだよ」


 模擬訓練の内容は、森の奥に瘴気溜りが発生したと仮定して、聖女を含むチームの三人で所定の位置まで移動し、聖女に瘴気を払わせるという訓練である。


 舞台となる王都の近くにある森は安全なのだが、魔導具を使って、上空からの映像を学園でリアルタイムに放送される上、魔物役の先生達による妨害が激しいのだ。


「去年なんて、剣術の先生が大暴れして、半数のチームが壊滅したんだぜ?」

「あはは……でも、まぁ……それくらいしないと、一般の人達は、私達がどれだけ重要で危険な任務に就いているか、理解してもらえないって言うのもあるんじゃない?」

「かもだけど、先生は絶対楽しんでる」


 特派は各学年に六クラスほどあり、一クラスにと付き二チーム選出される。加えて、一部の貴族が率いるチームも存在する。その半数近くを壊滅なんて尋常ではない。


「あはは……そういえば、クラスの代表はもう決まってるの?」

「ああ、もう決まってるな」

「むぅ~」


 なぜか不満そうだ。


「なんだよ、クラウディアも出たかったのか?」

「そういう訳じゃないけど……ノア様は私じゃない聖女様をエスコートして、そのまま森で送り狼になっちゃうのかなって思うと、嫉妬で第五階位に至りそう」

「それでごく一部の聖女しか至れない境地に届くのならいくらでも嫉妬してくれ――って言いたいところだが、残念ながら俺はメンバーじゃない」

「え、クラスの代表って優秀な人が選ばれるんでしょ?」


 心底不思議そうにしている。その信頼がなんだかむず痒い。


「俺はエンド王子の護衛騎士だったからな。そっちで出場予定だったんだ」


 彼の護衛騎士を首になったので、エンド王子のチームは俺以外の誰かが出場するはずだ。


「そっか。なら、今年のノア様は私だけの騎士様、だね」


 にへらっと笑うクラウディアは、テーブルについた両腕で頬杖をつく。ついでに、年相応に豊かな胸をテーブルに乗せ、上半身を左右に揺らした。


「おまえ、絶対狙ってるよな?」

「え~、なんのことか、分からないな~」


 とぼけたクラウディアがにへらっと笑った瞬間だった。


「――お話中に失礼をいたします」


 声を掛けてきたのは初老の執事。

 穏やかそうな物腰の彼は、殊更こちらに気遣った口調で話しかけてくる。


「わたくし、第二王子、クリフォード様の執事でございます」

「クリフォード王子の執事が俺達になんの用ですか?」


 第二王子は評判が良い。とはいえ、エンド王子とあんなことがあったあとだ。

 油断は出来ないと、少し身構えて尋ねた。


「主がお二人と直に会ってお話をしたいと申しております。もしご都合が合えば、いまから主の元までご足労いただけないでしょうか?」


 呼び出されたことよりも、都合を尋ねられたことに驚いた。

 

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