3ー1 それぞれの思惑

 本来のメンバーがハニートラップに掛かったため、俺達が代役で模擬訓練に参加することが決定。急いで準備を整えることになった。


 とはいえ、装備品は普段から使用している物があり、森に入るのに必要な装備はもともとのメンバーの物がある。俺達は必要最低限の準備を一晩で終えることが出来た。


 そうして翌日、太陽が真上にあがった頃。俺達はは王都の近くにある森の入り口に集合していた。そこには俺達と同じように、他の模擬訓練に参加するチームが集まっている。


「うわぁ……結構たくさんいるんだね」

「ざっと四十チーム。百二十人は超えているからな」

「そんなにいるんだ。中で鉢合わせする可能性も高そうだね」

「まぁ、な。と言っても、魔導具が空から撮影してるから、チーム同士での足の引っ張り合いって言うのは基本的にないと思っていい。妨害を見られたらアウトだからな」


 基本的にと言うのは、基本外に抜け穴が存在するからだ。

 たとえば妨害するのは禁止でも、助けないのは禁止されていない。他のチームに向かう獣を放置するのはもちろん、他のチームのところへ行くように仕向けることも咎められない。


「そっかぁ……ずっと、空から撮影されてるんだよね」


 クラウディアが空を見上げた。

 いまも、空中を浮遊する魔導具がいくつか上空にあり、その一つの映像が会場に設置されたモニターに映し出されている。


「そうだよ。だからお義姉ちゃん、お兄ちゃんとイチャつくのはほどほどにね」

「わ、分かってるよぅ」


 ティリアに指摘されて動揺している時点で怪しい。

 そんなことを思っていると、向こうから見知った連中がやってきた。


 先頭に立つのはアイリという魔術師、その後ろには聖女がいる。エンド王子のところの模擬訓練の代表メンバーで、俺の仲間だった二人である。

 と言うことは、後ろにいる騎士が俺の代わりだろう。


「ノア……それに、クラウディア。やはりあなた達が出場するのね」


 アイリがぽつりとそんな言葉を呟いた。


「やはり、だって? まるでクリフォード王子の代表チームが出場できなくなるのを知っていたかのような口ぶりだな」


 失言だったんじゃないかと切り込む。

 けれど――


「支援者達は最近、エンド王子を見限ろうとしているわ。それが分かっているから、エンド王子も、もう後がないと思っているのよ」


 どこか疲れた表情で紡がれたのは、俺の追及を肯定するかのような言葉だった。


「……おまえ。自分がなにを言っているか分かっているのか?」


 言質こそ取られるような言い回しではないが、自分達の悪事を認めているも同然だ。


「ノア、貴方は知ってると思うけど、エンド王子の仲間として残っている多くの者は、家の事情とかで、エンド王子に逆らえない者達ばかりよ」

「……そうだな」


 後ろ盾には、甘い汁を吸うのが目的の者や、エンド王子を傀儡にしようとしている者もいる。だが、エンド王子に味方する生徒の多くは、事情を抱えている者が多い。

 少なくとも、アイリはそういった事情を抱えている。


「だから私はエンド王子の指示に従うし、今回だってあなた達に負けるつもりはない。だけど、だからって、平気でエンド王子に従ってる訳じゃない。あのときだって……」


 あのときが、俺やクラウディアを追放したときを指しているのはすぐに分かった。

 だけど彼女はその言葉の続きを口にしなかった。

 代わりに顔を近付け、俺に耳打ちをした。


「今回の学園祭、クリフォード王子に大きく差を付けられるようなことになれば、エンド王子は本当に後がなくなるわ。だから……気を付けなさいよ」

「……あぁ、もちろん分かってる」

「そうよね。ノアがその程度、考えてないはずもないわよね」


 アイリは苦笑いを浮かべ、それじゃもう行くわと踵を返す。

 残りのメンバーも俺に会釈をして立ち去っていった。



「ノア様……大丈夫? 仲間、だったんだよね?」

「心配ない。どっちにしても、俺達がやることには変わりないからな」


 たとえどんな事情があろうとも、彼らが俺達を追放した事実には変わりない。


 彼らに勝って、クリフォード王子に貢献する。

 その結果、エンド王子が破滅しようとも、エンド王子の取り巻きをしている連中がその立場を失うことになろうとも、俺達には預かり知らぬことだ。


 そんな風に話していると、彼女達と入れ替わりでガゼフがやってきた。


「ガゼフ、こんな形でおまえと戦うとは思ってなかったぞ」

「それは俺のセリフだろ。出場しないとか言ってたくせによ。だが……良い機会だ。せっかくだから一つ賭けをしようぜ」

「……賭ける? なにを賭けるんだ?」


 首を捻ると、ガゼフはニヤリと口の端を吊り上げた。


「俺が勝ったら、おまえの隠してる秘密を俺に教えろ」


 息を呑んだ。

 ガゼフがそう口にした瞬間、クラウディアに視線を走らせたからだ。


「おまえ、まさか……気付いていたのか!?」

「ばぁか、あれだけイチャイチャしてて気付かないはずないだろ。せっかくおまえから打ち明けやすいように、お子様だ、童貞だと煽ってやったのにスルーしやがってよぅ」

「…………マジか」


 まさかあれが、ガゼフの気遣いだったなんて。

 まったく気付いてないだけだと思ってた。


「その顔、俺が気付いてないだけだと思ってたなこの野郎」

「なんか、すまん」


 俺はかなり本気で反省した。

 いまなら分かる。ガゼフはかなり露骨に話を振ってくれていた。それなのに、俺は完全に乏えて、ガゼフを失望させてしまってもおかしくない。


「まぁ……いいさ。おまえが、トラウマを抱える俺を気遣ってくれてるのは知ってたからな」

「……おまえ、本当にいい奴だな」

「惚れるなよ?」

「ばぁか、惚れるかよ」


 言い合って、それから二人で笑い合う。

 一息吐いて、ガゼフが再び口を開いた。


「で、俺が勝ったらちゃんと話してくれるか?」

「ああ、いいぜ。その代わり、俺が勝ったら……」

「勝ったら、なんだよ? 俺におまえが聞きたがるような秘密はねえぞ?」

「いや、俺が勝っても全部話すから、その代わり嫉妬で暴れるのはなしだ」

「……おまっ。それはつまり、俺が嫉妬で暴れるような内容があると言うことか!?」


 俺は答えず、無言で明後日の方を向く。

 ガゼフは「ふふふ……」と不穏な笑い声を上げた。


「いいぜ。俺が勝って全部聞いて、嫉妬して暴れてやるから覚悟しやがれ!」

「ガゼフ、おまえには負けねぇ」

「それはこっちのセリフだリア充めっ!」


 そういってガゼフ達が立ち去っていった。

 それを見届けたティリアが「男の子だねぇ~」と呟いた。


「あ、あのあの、ノア様、話すって、どこまで……?」


 でもって、クラウディアはなぜか動揺している。


「なんだ、どうしたんだ?」

「だ、だって全部って、その……空き教室でしたこととか、メイド服でしたこととか……だ、ダメだからねっ!? 毎晩私からノア様に迫ってるとか、絶対話しちゃダメだからね!?」


 ……物凄いことを言いだした。

 俺が反応に困っていると、ティリアがクラウディアの服の袖を引っ張った。


「とってもえっちなお義姉ちゃん、あれ」


 指は空に浮かぶ魔導具を指差している。

 当然、撮影中である。


「ひゅわぁっ!? い、いまのなしなし、なしだからっ!」


 クラウディアが両手を振って否定しているが完全に手遅れである。

 だけど、まぁ……と、近くにあるlive映像を見る。


「放送は免れたみたいだな」

「そ、そっか、じゃあセーフ、セーフだよね!?」

「まぁ……たぶんな」


 映像を編集する人は見るはずだが、野営中なども撮影することなどから、確認は女性がおこなっているとの話だ。さすがにあの内容を編集して流したりはしないだろう。


「俺は良いけど、気を付けような?」

「あうぅ……」


 クラウディアは意外とドジっ娘な気がする。

 いや、ただエッチなのが隠しきれないだけかもしれないが……取り敢えず、落ち込んでいるクラウディアを励ましていると、今度は品のある初老の女性がやってきた。


「クラウディア、あの人……」

「……え? あ、グランマ!」


 クラウディアがそう言って駆け寄っていった。

 初老の女性はグランマ。偉大な聖女にして、クラウディアの師匠である。


 クラウディアの声に、周囲の注目が集まる。魔導具も二人の元に近付いていくが、それをグランマは手で追い払った。もちろん物理的な効果はないが、魔導具は遠ざかっていく。

 グランマ……さすがの影響力である。


「久しぶりね、クラウディア」

「グランマ、グランマ、私、第四階位まで上がったんですよ!」

「ああ、聞いているよ。しばらく会わないうちに色々あったそうだね。エンド王子との婚約も破棄されたんだろう。良かったねぇ」


 ……うっわ。ストレートに言った。


「はい、グランマのアドバイスがとても役に立ちました」


 むしろ、グランマが一枚噛んでいた。魔導具は離れて行ったから撮影はされていないはずだけど……これ、周囲には聞こえないか? 大丈夫か?


「悪かったね、あんたの望まない婚約なんてさせてしまって」

「いいえ、エンド王子を支援する侯爵様が、陛下に許可を取っての後押しがあったと聞いています。それに反対したグランマが色々動いてくれていたことも知ってます」

「ああ、あの侯爵ね。私がいないあいだに好きかってしてくれたものだよ、本当に」


 うわぁ……これ、噂になったら大騒動になりそう。俺は思わず、明後日の方を向いて聞こえないフリをする。だが、騒動の種から俺のもとへとやってきた。


「貴方がノアだね」

「お初にお目に掛かります、偉大なる聖女様」

「あぁ、良いよ。そんなにかしこまらなくて。グランマで十分さ。悪かったね。あのとき、クラウディアを勝手に連れて行ってしまって」

「あぁ、グランマ、待って、ストップ!」


 クラウディアが慌てて止める。

 それで色々察したグランマは苦笑いを一つ。


「そうかい。とにかく、収まるところに収まって良かったよ」


 目を細めて、心の底から嬉しそうに笑った。

 

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