3ー2 森の中での襲撃

 そんなこんなで各チームが森を囲うように半円状に広がって配置につき、スタートの合図が下された。各チームが一斉に森の中心にあるチェックポイントを目指す。


 俺達三人は、直前に俺が引いたクジの結果、一番端での開始である。


「ノアお兄ちゃん、くじ運ないよね」

「……なんかすまん」


 基本的に、開始位置からチェックポイントまでの距離は同じために、どこが有利と言うことはあまりない。

 ただし一番端は別だ。なぜなら、それ以上外側には他の参加者がいないから。

 野生の獣と遭遇する可能性が高いのだ。


 とはいえ、そんな気にするほどのことではないのだが――


「ノア様、大丈夫。きっと、いつか良いことあるよ」

「……ありがとう」


 クラウディアに素で励まされて余計にへこんだのは秘密である。


「取り敢えず、これからのことだ。俺達は準備期間がなかったし、森での訓練はもちろん、連携の訓練すら出来てない。森を進みながら摺り合わせをするぞ」


 獣道を進みながら、二人、主にクラウディアに向かって話す。

 ちなみに、クラウディアは聖女のローブを身に纏っていて、俺はティリアは騎士としての軽装を纏っている。クラウディアはローブをひらひらとさせながら俺の横を歩いている。


「私達の目的は、チェックポイントまで言って戻ってくること、なんだよね?」

「単純明快に言えばその通りだな。本来なら、そのチェックポイントで瘴気を浄化する訳だが、今回は訓練だから瘴気溜りは存在しない」


 そもそも、高等部の生徒で第三階位に至っている聖女は各クラスの代表と言えど少ない。もし瘴気を払えと言われても、払えない聖女が大半である。


「瘴気溜りがないことが前提なのは分かるんだけど、人里離れた場所ならどこにでも発生するんだよね? 突然、森で瘴気が発生することはないのかな?」

「王都近くにあるこの森は、もう十年近く瘴気は発生してない。可能性が零って訳じゃないが、いま発生してないものが今日発生する可能性は限りなく零だろうな」

「そっか、じゃあ……安心なんだ?」

「まぁ、な」


 ただし――と、俺は心の中でだけ続ける。

 瘴気が発生していないこの森は、野生の動物がたくさん生息している。狼やイノシシ、それに熊と言った危険な動物は、毎年の訓練で討伐しているが、そうじゃない獣も多い。

 もし瘴気が発生したら、多くの魔物が発生して想像以上の被害が出る可能性はある。


 年の一回この森で模擬訓練をするのはその対策でもある。もし、今日この日に瘴気が発生したら、とんでもなく運が悪いと言わざるを得ない。


「瘴気の心配より、獣が多いことに注意だな。いつ狼とかが襲ってくるか分からない。それに、先生は妨害役として確実に襲ってくるからな。これらは要注意だ」


 脅威度で言えば、先生が一番危険。


 ただし、怪我などの観点では獣も油断できない。先生は殺さずの魔剣などを使うので、怪我を負うこと自体は滅多にないが、獣の方は思わぬ怪我を負う可能性もある。

 治癒の奇跡があるからと楽観は出来ない。


「先生かぁ……剣術の先生とか、強そうだよね。でも……森って広いよね。そうそう遭遇したりはしないんじゃないの?」

「いや、俺達は、ほら……」


 上を指差した。

 木々の間を縫うように魔導具が浮かび、こちらの様子を撮影している。


「映像を送れるってことは、逆も出来るってことだ。先生達は、会場にある本部から各種情報を受け取って、俺達の位置を把握してるんだ。だから――」


 俺は足を止め、森の茂みの方へと視線を向けた。


「そこに隠れているのは分かっていますよ」


 声を掛けるが反応はない。


「……出てこないのなら、獣と判断して殺傷用の武器を使いますが、かまいませんね?」

「おまえ……話が終わるのを待ってやったのに、なかなかエグいことを言うな。いやしかし、まさか気付かれるとは思わなかったぞ」


 噂をすればなんとやら。剣術のカルロス先生が姿を現した。

 去年、多くのチームを全滅に追いやった強敵である。


「さっそく、大暴れするつもりですか?」

「いや、いまはやめておこう。まずは不意打ちの一発で、各パーティーに活を入れて回っている最中だからな。本格的に襲撃するのは野営中の予定だ」

「後で強襲されると聞かされて逃がすはずがないでしょう。――ティリア!」


 俺の合図に、ティリアが剣を抜いて襲いかかる。

 だがそれより一瞬早く、カルロス先生は足下になにかを叩き付けた。


「これは――煙幕?」


 不意打ちを警戒して、クラウディアを庇って後退する。

 ほどなくして煙が晴れるが、そこにカルロス先生の姿はなかった。周囲を警戒するが、先生が潜んでいる様子もない。本当に撤退したようだ。


「わぁ……あっという間に消えちゃったね」

「去年、一番多くチームを壊滅させた先生だからなぁ。妨害チームには、エイブラ隊長よりヤバイ騎士が一杯参加してるぞ」


 俺の言葉に、クラウディアが目を瞬いた。


「エイブラ隊長って、この国の最高クラスの騎士なんだよね?」

「騎士としては、だ。森の中での戦いは、魔術師や弓使いなんかも厄介だ。一応魔物役だから暗殺なんかは心配しなくて良いけど、本気で来られたらヤバイ」


 そんなことを話しているとティリアが「お兄ちゃんっ」と声を上げた。


「どうした?」

「うん、なにか、おかしな匂いがする」

「ふえぇっ!?」


 匂いと言われて動揺するクラウディア。

 今日はなにもしてないのに、なぜ動揺しているんだろうか?

 完全に条件反射だな。ひとまず、いまはクラウディアの誤解をといている場合ではない。


「ティリア、なんの匂いか分かるか?」

「さっきの煙、なんか妙な匂いが残ってる。これは……獣寄せのに香りだよ!」

「――っ! クラウディア、風を起こして、煙の残り香を吹き飛ばせるか!?」

「え、えっと……ただ吹き飛ばすくらいなら」

「やってくれ」


 魔力を上げるために魔術に手を出していたクラウディアは多少なら魔術も扱える。クラウディアは握った右手を胸の前に添え、足下に魔法陣を展開した。


 魔法陣に魔力を注ぎ込めば、クラウディアを中心に突風がおこって残り香を吹き飛ばす。

 けれど――


「ダメ、私達に染みついた匂いが残ってる」


 ティリアが顔をしかめる。

 だから――


「まかせろ――っ!」


 こんなときのために覚えた魔術の魔法陣を足下に展開する。騎士である俺は魔術が不得手だが、こうして落ち着いた状況で時間を掛ければ、簡単な魔術くらいは使うことが出来る。

 ましてや、必要に駆られて覚えた魔術ならなおさらだ。


 展開を終えた魔法陣に魔力を注ぎ込めば――発動した魔術が残り香を分解した。


「……お兄ちゃん、いまの魔術は、なに?」

「こんなときのために覚えた消臭の魔術だっ!」

「……こんなときのため?」


 ティリアがクラウディアに視線を向けているが、俺はそれに気付かないフリをした。


 だが、幸か不幸か、それ以上の追及はなかった。

 森の奥から、悲鳴が近付いてきたからだ。


 狼の群れに追われ、駆け寄ってくる顔ぶれは見覚えがある。

 先頭はアイリ、エンド王子のチームだった。

 

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